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現代ダンジョンのF級探索者の俺、常に美少女魔王が1m以内にいるせいで一人になれず詰んでいる。  作者: 水乃ろか


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第13話 背中の傷は、男の勲章

 意識の深淵、俺と繋がったコロモチの、気の遠くなるほど長い孤独の記憶が流れ込んできた。

 

 何百年、あるいはもっと長い間。

 暗い闇の底で、誰に触れられることもなく、ただ消えゆくのを待っていた記憶。

 絶望に苛まれ、冷え切ったコロモチの心が、痛いほど伝わってくる。


 ……こいつは、コロモチは、俺たちと同じだったんだ。


 身寄りがなく、社会の底辺で「掃除屋」なんて呼ばれながら、誰にも必要とされていないんじゃないかと怯えている俺。

 このポンコツ魔王も、その本質は俺たちと何も変わらない、ただの寂しがり屋だ。

 

「大丈夫だ、コロモチ。……お前を孤独にはさせない」


 気づけば、言葉が口をついて出ていた。

 俺はそっと、震えるコロモチの背中を両腕で包み込んだ。


 華奢な身体。魔王なんて物騒な肩書きが嘘のように、その温もりは儚く、脆い。


 だが、コロモチを包んだのは、俺の腕だけじゃなかった。


「大丈夫だよ、コロモチちゃん。もう怖くないからね」

 

 反対側から、ヒナタさんが優しくコロモチの背中に手を回し、抱きしめていた。

 慈しむように、コロモチの銀色の柔らかな髪をそっと撫でている。

 

「ここはね、貧乏で底辺なギルドかもしれない。でもね、ここは孤独な者の居場所を作るための場所――『アンバーローズ』なんだから。誰もコロモチちゃんを独りぼっちにはしないよ」


 そうだ。このギルドは、いつだってそうだった。

 身寄りも、才能も、住む場所すらなかった当時中学生の俺を、二つ返事で受け入れてくれた時のように。

 

 聞けば、ヒナタさんのお父さんがこのギルドを設立した目的自体、行き場を失った探索者たちの受け皿になることだったらしい。


「なるほど……『アンバーローズ』とは、そのように高潔な理念を掲げたギルドだったのですね。道理で、マオさんのような方が育つわけです」

 

 少し離れた場所で俺たちの様子を見守っていたレイカが、感心したように、どこか誇らしげに頷いた。


「ま、理想を追いすぎて経営は火の車なんだけどね。借金の取り立ての怖いおじさんたちが、定期的に顔を出すくらいには」


 ヒナタさんが「てへっ」とおどけるように苦笑し、レイカに答える。


「……借金、ですか? S級ギルドの傘下でもないのに、これだけの施設を維持されているのは不思議だと思っていましたが……」


 レイカが少し意外そうに聞き返した。


 そういえば、レイカが加入した時は色々とバタバタしすぎていて、このギルドが抱えている『負の遺産』については説明していなかった気がする。

 

「うん、私のお父さんがね。お人好しが過ぎて、悪い人たちに騙されちゃったの。まあ、お父さんの自業自得なんだけど」


 そう言って力なく笑うヒナタさんの表情に、俺の胸の奥が熱くなる。

 自業自得なんて、そんなわけがない。


「ヒナタさん……悪いのは全部、あの『ドクアーク商会』です。あいつらが、卑怯な手を使って無理やり……っ!」


 つい、口調が荒くなった。

 あいつらの名前を出すだけで、古傷が疼くような錯覚に陥る。


「……マオくん。ごめんね、まだ怒ってくれてるんだ。私のせいで、マオくんにあんな傷まで負わせちゃったのに」


「傷……? マオさんに、傷があるのですか?」


 レイカが鋭く反応した。

 俺の胸に抱きつきながら涙を拭いていたコロモチも、不思議そうにこちらを見上げている。


「うん。昔ね、ドクアーク商会が無理な取り立てに来て……私に乱暴しようとした時、マオくんが庇ってくれたの。その時、ひどい怪我を負わせてしまって。今も、マオくんの背中にはその時の痕が残っているわ」


 忘れるはずもない。

 あの『ジョロキア』という男の凶刃。


 当時はまだ中坊だった俺には、なす術もなかった。

 ただ、ヒナタさんだけは守らなきゃいけないと、それ一心で飛び込んだ結果だ。


 その後、未成年への暴力が公沙汰になり、警察も介入したことで、ドクアーク商会からの直接的な物理的嫌がらせは止まった。……表向きは、だが。


「……お主、意外と殊勝なやつだったのだな」

 

 俺にしがみついていたコロモチが、じっと俺の顔を覗き込んできた。

 いつの間にか泣き止み、いつもの不遜だが愛嬌のある顔に戻っている。

 

「ふむ。お主が風呂で、やけに背中をコソコソと隠すような仕草をしていたのは、そのせいか」


「……っ、なんだ、お前。気づいてたのか」


 不覚だ。

 風呂では1メートルルールを守りつつ、お互い見ないように細心の注意を払っていたはずなんだが。


 ……待てよ。気づいていたってことは。


「お前……まさか、俺の裸を覗いてたのか……?」

 

「へぅっ!? な、何を破廉恥なことを! 我が、そのような下俗な真似をするはずなかろう! ちょっと、ほんの少ぉし、気配で察しただけだ!」


 コロモチは鳴ってもいない口笛を吹き、視線を泳がせながら、真っ赤な顔で言い訳を並べ立てている。


 こいつ、確信犯だ。

 

「……マオさん。やはり、あなたは私の見込んだ通りの御方です」


 今度はレイカが、宝石のような瞳をキラキラと輝かせながら詰め寄ってきた。

 

「恐怖に屈せず、大切な人を護るために身を挺する。口で言うのは容易いですが、実践できる者は一握りです。……ああ、素晴らしい」

 

「いや……そりゃ、怖かったよ。足だってガクガク震えてたし。だけど、俺にだって譲れないものくらい、あるんだ」


 俺は照れ隠しに後頭部を掻きながら、苦笑いした。


 本当は、あんな怪我を負わずに済むくらいの圧倒的な力が欲しかった。

 無力だったあの頃の自分を、俺は今でも忘れていない。

 

「そうね……だからこそ、マオくんを『傷物』にしてしまったのは、私の責任。一生かけて償わなきゃいけないって、ずっと思ってるわ」


「よして下さいよ、ヒナタさん。俺は気にしてませんって。この背中の傷は、大切な人を守り通せたっていう、俺なりの『勲章』なんですから」


 精一杯の格好をつけた俺の言葉に、ヒナタさんは一瞬虚を突かれたような顔をした後、ふっと、これまで見たことがないような妖艶な笑みを浮かべていた。

 

「……大切な人、か。ふふっ」


 いつも通りの穏やかな笑顔。……のはずなのに、何故だろう。


 ヒナタさんの瞳の奥に、得体の知れない熱が灯った気がした。


「マオくん、最近いきなりモテモテだよね。女の子がどんどん増えて……。私も、ちょっと悠長には構えてられなくなっちゃったかも」

 

 冗談めかした口調のまま、ヒナタさんが俺の眼前にスッと顔を近づける。


 1メートル、どころじゃない。鼻先が触れそうなほどの至近距離。

 

「ねえ、マオくん。その恋人候補、私も立候補していいかな?」

 

 「「「へっ?」」」


 俺、コロモチ、そしてレイカ。


 3人の間抜けな声が、ギルドのリビングに重なって響いた。

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