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現代ダンジョンのF級探索者の俺、常に美少女魔王が1m以内にいるせいで一人になれず詰んでいる。  作者: 水乃ろか


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第12話 人間、魔王に怒られる

「お、おい! そ、そういうの良くないと思うのだがな!?」


 コロモチが裏返った声を上げ、詰め寄ろうとするレイカを必死に制止した。


「なるほど……コロモチさんは、マオさんの力の検証にはあまり乗り気では無い、と?」


 レイカは小首をかしげ、至極真面目な顔で問い返す。


「いやいやいや! そうではない! その、なんというか……唇を重ねる、とか……そんなことを、気軽にしていいものではないと思うのだが……ッ!?」


 俺は目の前で繰り広げられる奇妙な押し問答を、どこか他人事のように眺めていた。


 魔王が人間に向かって倫理観を説いている。

 そんなこと、あっていいんだろうか。


 確かに、レイカの突発的な行動には心臓が止まるかと思った。

 そして、コロモチの言いたいことも分かる。

 

 レイカが俺の力に執着するのは、探索者として当然の心理かもしれない。

 何しろ、目の前でS級を凌駕する力を見せつけられたのだから。

 

「ええ。コロモチさんのおっしゃる意味は私も重々理解しています。完全に同意です。しかし、コロモチさんは一つ、大きな誤解をされています」


「誤解? それは一体なんだ?」


 レイカの射抜くような視線が、真っ向からコロモチを捉えた。

 そして、レイカは静かに、だが力強く断言した。


「私は決して、気軽な気持ちではありません。真面目に、真剣に、マオさんとキスがしたいのです!」


「くっ! 正直すぎる上に、なんて力強い言い方なんだ……! だ、だがな、マオは我のものだ! 一人の男が、おいそれと複数の女と唇を重ねるなど、あってはならんだろう!」


 ……俺は一体、二人の何を聞かされているんだ?


「なあレイカ。さっきから『キスがしたい』って言ってるけど、それって……どういう意味で言ってるんだ?」

 

 このまま流されるのは危険だと思い、俺はどさくさに紛れて言ったレイカの爆弾発言の真意を確認することにした。

 

「マ、マオさん!? ……いらっしゃることを失念していました。こうなれば、もう隠しません。正直に申しますが……不肖このレイカ、マオさんに惚れてしまいました!」


「お、俺に!?」

「なんじゃとぉ!?」


 いきなりの告白。

 レイカが林檎のように頬を赤らめる。

 

 しかも相手は日本を代表するS級のトップアイドル探索者。

 

 正直に言おう。

 俺もレイカのことは、嫌いじゃない。というか、たぶん好きだ。

 だって、元々ファンだったし、超絶かわいい。


 おまけにこんな風に真っ直ぐ「好き」なんて言われたら、落ちない男がいるはずがない。

 自分でも呆れるほどチョロい人間だとは思うが、抗いようがなかった。


「マ、マオ……我を捨てないでくれぇ……」


 ふと横を見ると、服の袖をぎゅっと掴み、捨てられた子猫のような目で見上げてくるポンコツ魔王がいた。

 ……そんな顔をされると、こっちまで胸が痛む。


 しかし反則的にかわいいな、こいつも。

 

「大丈夫だ、コロモチ。俺はお前を捨てたりはしないさ」


「マ、マオ!? よくぞ、よくぞ言ってくれたッ!」


「うん、だからさ、コロモチ。お前も俺と付き合えば良くないか?」


「……は?」


 一瞬、空気が凍った。


 だが、俺としては本気だった。

 そもそも俺とコロモチは一メートル以上離れることができない運命共同体だ。

 これから先、誰と恋仲になろうとも、コロモチは一生ついてくる。


 なら、コロモチとも良好な……というか、それ以上の関係を築いておいた方が、色々と円満にいく気がしたのだ。


 しかし、当のコロモチの顔は驚愕に染まっていた。

 そんな顔も、どこか愛嬌があって目を離せない。


「マオ……お前、考え方が魔王を凌駕するほど恐ろしいな。本当に、本質が魔王になってしまったのか……?」


「致し方ないだろ。俺とお前は、一メートルも離れられないんだぞ?」


「あ、阿呆! レイカにマオ! ちょっと話を整理するぞ! すぐギルドに戻るぞ!」


 顔を真っ赤にしてぷんぷんと怒るコロモチに、俺とレイカは両腕を引かれ、強制的にギルドへ連れ戻されることになった。

 レイカの特訓に疲れ果てた俺にとっては、ちょうどいい引き際だったのかもしれない。


 ――――――――


 そして、ギルドに戻った俺たち。

 ギルドのリビング。


「おかえりなさい! ダンジョンの様子はどうだっ……て、どうしたの、みんな?」


 ヒナタさんがいつもの明るい笑顔で出迎えてくれたが、俺たちの異様な雰囲気に言葉を詰まらせた。

 怒り心頭のコロモチ、疲れ果ててボロ雑巾のようになっている俺、そして、どこか吹っ切れた様子のクールなレイカ。


 この三者三様の状態で帰還すれば、何かあったと勘繰られるのも無理はない。


「ヒナタよ! ちょっと聞いてくれ!」


 コロモチがテーブルを叩かんばかりの勢いで叫んだ。


 俺たちは促されるまま椅子に座り、重苦しい沈黙の中でテーブルを囲む。


「……という事があったんじゃ! ヒナタよ! お主はどう思う!?」


 一気に捲し立てるように、ダンジョン内での出来事を説明するコロモチ。

 それを横で聞きながら、俺は次第に冷静さを取り戻し、冷や汗が流れるのを感じていた。


 ……俺、もしかして最低なことを口走ったんじゃないか?

 レイカに告白されて舞い上がり、あまつさえ「二人まとめて」みたいな提案を……


 コロモチに対して、ずいぶん酷いことをしたような気がしてきた。


「うん、なるほどね……そんな事があったんだ。でもこれじゃ、レイカちゃんが『ギルドクラッシャー』になっちゃうね」


 ギルドクラッシャー。

 特定のメンバーと恋愛沙汰を起こし、人間関係をめちゃくちゃにしてグループを崩壊させる存在。

 ヒナタさんの言葉が突き刺さる。


「確かに、そういう側面はあるかもしれません。ですが、一つ大事なことを確認させてください、コロモチさん」


「わ、我か!? いったい、なんだ?」


「コロモチさん。あなたにとって、マオさんとの関係は何ですか? そもそも、コロモチさんはマオさんのことがお好きなんですか?」


 レイカの直球すぎる確認に、俺は思わず息を呑んだ。


 だが、コロモチは案外、毅然とした態度で言い放った。


「マオとの関係か? そりゃ……恋人を超えて、夫婦に決まっているだろう!」


「「えっ!?」」


 俺とヒナタさんの声が見事に重なった。


「そりゃ、我はマオと唇を重ねたのだし? ダンジョンという場所は雰囲気的にどうかと思ったが、すでに(ちぎり)は結ばれたのだ。残念だったな、レイカ!」


 コロモチは腕を組み、フフンと鼻を鳴らしてレイカを見下ろした。


 ……おいおい、本気でそう思っていたのか。

 あの時、コロモチが言った「責任を取れ」という言葉の重みが、今になってようやく理解できた。


 魔王と夫婦。

 

 そんな生活、想像もつかない。

 だが、目の前の美少女が俺の嫁だと考えると、不覚にも鼓動が速くなる。

 悲しき男の(さが)というやつだ。


「コロモチちゃんにレイカちゃん。二人とも、そういうのはダメだよ? さすがに飛躍しすぎだし、もう少し冷静になって。それにマオくんは――」


「そうだ、失念しておりました。ヒナタさん、本日の収穫です」


 ヒナタさんの言葉を遮って、レイカが突然立ち上がり、腰に付けていたポーチを手に取った。

 そして、そのポーチをテーブルの上に逆さにすると――


 ドサドサドサドサッ!!


 ポーチの体積を遥かに超えた、大量の魔石がテーブルを埋め尽くした。


 妖しく紫に輝く魔石の山。

 これだけで、ざっと見積もっても百万円は下らないだろう。


 ……これがS級の稼ぎか。

 おまけにあのポーチ、大量に収納できる高価なマジックアイテム『マジックポーチ』じゃないか。


「えっと、この大量の魔石は……? レイカちゃん?」


「ええ、本日の収穫です。どうぞ。配分に関してはギルドマスターであるヒナタさんにお任せします。それと、これだけの量を運ぶのは大変でしょうから、このマジックポーチも自由に使ってください」


 レイカが無造作にポーチを差し出すと、ヒナタさんは呆然と固まっていたが、やがてハッと意識を取り戻し、流れるような手つきで魔石をポーチに収納し直した。


 そして、ヒナタさんはコホン、とこれ見よがしに咳払いをした。


「……レイカさんの言うことにも、一理あるわね。この話は……今後もじっくり話し合いましょうか」


「お、おい!? ヒナタよ! お主、今ので買収されたのではないか!?」


「い、いえ! ……これはギルマスとしての適切な判断です。それに、まだ何も決まったわけじゃないし、コロモチちゃんの気持ちも分かってるから。今は一旦、頭を冷やす期間ってことで、ね?」


 ヒナタさんの言い分はもっともらしいが……


 ……いや、これ絶対買収されてるよな?


 確かに、俺が必死に稼ぐ額とは文字通り桁が違う。

 F級とS級の差、底辺とトップの差を、こんな形で突きつけられるとは思わなかった。


「ううう……人間とは、こんなにも恐ろしい生き物なのか……」


 コロモチがガックリと項垂れ、魂が抜けたようになっている。

 さすがに見ていられなくて、俺はコロモチの肩にそっと手を置いた。


 俺はコロモチの肩にポンと手を置いた。


「コロモチ。俺はお前の気持ち、ちゃんと受け止めたから。どんなことがあっても見捨てたりしない。……というか、できないだろ? 命も繋がってるんだ、俺たちはもう離れられない。だから――って、うわっ!?」


 言葉の途中で、コロモチが弾かれたように俺に抱きついてきた。


「ううぅ……マオよ……我を……我を一人にしないでくれぇ……」


「お、おい、どうしたんだよ。泣くなよコロモチ。……あれ?」

 

 コロモチに抱きしめられた瞬間、頭の中に強烈な違和感が走った。

 自分の記憶ではない、他人の記憶が、濁流のように脳内へ流れ込んでくる。


 ……これは、コロモチの記憶か?

 

 暗く、冷たい闇の中で、数百年もの間、たった一人で彷徨い続けていた記憶。

 誰も見つからず、膝を抱えて、気の遠くなるような年月を泣き続けていた一人の少女の姿が、俺の脳裏に焼き付いて離れなくなった。


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