第10話 史上最悪のラッキーボーイ
「マオくんが……逮捕、ですか?」
ヒナタさんの震える声が、ギルドのリビングに響いた。
だが、その言葉を遮るように、ダンジョン保安庁の門倉と名乗った男が柔和な笑みを浮かべる。
「いえいえ、滅相もない。語弊がありましたね。『逮捕』ではなく、あくまで重要参考人としての事情聴取ですよ。お話を伺えれば、すぐに帰宅していただけます。そんなに不安がらないでください」
門倉は少しおどけたように肩をすくめて見せたが、その背後には五人の屈強な男たちが控えている。
中には明らかに警察関係者と思われる、鋭い眼光の男も混じっていた。
たかが事情聴取に、なぜこれほどの人数が必要なんだ。
俺たちが困惑しているのを察したのか、門倉が補足するように言葉を継いだ。
「わざわざ大人数で押しかけてしまい、申し訳ありません。これも灰咲マオさん、およびそちらのお嬢さんを役所までお連れするのに必要な警備体制でして。……今や、外はどこもかしこも貴方方の話題でもちきりですからね」
その言葉に、俺とコロモチは顔を見合わせた。門倉の物腰は丁寧だし、今のところ敵意は感じられない。
だが、この物々しさが今の俺たちの置かれた状況を物語っていた。
気になるのは、四条レイカが俺を訴えたとかいう「罪状」の件だ。
本当にそんな不名誉な理由で呼ばれているんだろうか。
結局、俺とコロモチは門倉たちに周囲を固められる形で、役所へと向かうことになった。
心配して付いてこようとしたカエデとイチカも、「すぐ済みますから」という門倉の断固とした拒絶に阻まれ、ギルドで見送るしかなかった。
――そして、役所へ向かう道中。俺は自分の認識が甘かったことを思い知らされる。
「あ、あの灰咲マオだ! おい、写真撮ってもらおうぜ!」
「見て、あの隣の女の子……本物だ! マジで人間離れした美少女じゃん……」
「ってことは、あいつが例の『四条レイカの彼氏』か?」
すれ違う人々が次々と足を止め、スマホを向けてくる。
そのたびに門倉たちが壁となり、観衆をシャットアウトしていった。
……なんだこれ。まるで、指名手配犯か超大物芸能人になった気分だ。
ほんの昨日まで、日陰でスライムを叩いていた掃除屋だったっていうのに。あまりの激変ぶりに、眩暈がしそうになる。
だが、俺のそんな複雑な心境をよそに、隣を歩くコロモチは面白そうに首を振っていた。
「おいマオ! 聞け、人間どもが我を美少女と抜かしておるぞ! ふふん、見る目があるではないか! がっはっは!」
このポンコツ魔王、完全に悦に入ってやがる。
緊張感の欠片もない笑い声に少しだけ救われつつ、俺たちは役所の古臭い扉をくぐった。
案内されたのは、職員以外立ち入り禁止と思われる入り組んだ通路の先。
突き当たりの重厚な扉が開かれた瞬間、俺は思わず足を止めた。
そこは、役所の一室とは思えないほど豪華な空間だった。
ふかふかの高級カーペットが敷き詰められ、置かれたソファやテーブルはどれも歴史を感じさせるアンティーク調で統一されている。
そして、その部屋の主賓席には、すでに一人の女性が座っていた。
四条レイカだ。
彼女は俺の姿を認めるなり、パッと表情を明るくして立ち上がった。
「マオさん! お待ちしておりました! ……あの、いきなりこのような形で呼び出してしまって、本当に申し訳ありません」
申し訳なさそうに眉を下げる彼女を見て、確信した。
どうやら、恨みを買って呼び出されたわけではないらしい。
勧められるままにソファへ腰を下ろすと、レイカは深々と頭を下げた。
「ダンジョンでは、命を救っていただきありがとうございました。S級の身でありながら、あのような失態を……なんと御礼を申し上げればよいか、言葉も見つかりません」
「いえ、気にしないでください。あの場にいた全員が無事だったんですから、それで十分じゃないですか」
「マオさん……なんて心の広い方なの。本当に、素晴らしい御方です……」
レイカの瞳が、なぜかキラキラとした熱を帯びて潤んでいく。
その頬がわずかに赤らんでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
「それで、四条さん。今日は一体どういうご用件で? 連行なんて仰々しい真似をしてまで」
俺が本題を切り出すと、レイカは少し真面目な顔に戻って頷いた。
「はい。まず、強引な連行という形をとったことをお詫びします。ですが、こうして一時的にマオさんたちの身柄を『拘留』という形にすることで、他組織の干渉を物理的に遮断しているのです」
「他組織? 俺、何かまずいことでもしましたか?」
「いえ、逆です。マオさんの底知れない実力を目の当たりにした国家機関や、国内外の大手ギルド、果ては不透明な裏組織までが、貴方たちに異常なほどの興味を示しています。私が直接迎えに行ければよかったのですが、私が動くと目立ちすぎて事態を悪化させるため、保安庁の門倉さんにお願いしたのです」
「国家機関に、裏組織……?」
嫌な汗が背中を伝う。一気に話の規模が大きくなりすぎて、現実感が追いつかない。
だが、そんな俺の不安を吹き飛ばすように、コロモチがふんぞり返って鼻を鳴らした。
「うむうむ! 当然よな! 皆、我が力の片鱗を目の当たりにして恐れおののいたというわけか!」
勝ち誇るコロモチに、レイカは苦笑しながら一枚の資料を差し出した。
「恐れられているというよりは……そうですね、コロモチさんには現在、アイドル事務所からの引き抜きやモデルのオファーが殺到しています。探索者課の問い合わせ電話は、貴女の所属先を確認する連絡でパンク状態ですよ」
「ア、アイドルだとぉ!? この我が、人間どもの愛嬌振りまき人形になどなるか! ……まぁ、どうしてもと言うなら、考えてやらんでもないがの……」
めちゃくちゃ乗り気じゃないか。
「それより四条さん――」
「マオさん」
俺が呼びかけようとすると、四条レイカがそれを遮るように身を乗り出してきた。
「私のことは、『レイカ』とお呼びください。これは業務上、必須の事項ですので。必ず守ってくださいね?」
「……え? どういうことですか?」
「いいから、一度呼んでみてください。さあ、どうぞ! 業務ですから!」
レイカの顔がぐいぐいと迫ってくる。
その勢いに圧され、俺はたじろぎながらも口を開いた。
「え、ええと……じゃあ、レイカ?」
「はいっ!」
パーッと花が咲いたような笑顔。
……これ、本当に「業務」なんだろうか。
「お、おい!? 我のマオをそんな熱っぽい目で見るでない! こやつは我の物なのだぞ!」
なぜかコロモチが割り込み、俺の腕をぎゅっと抱きしめてレイカを牽制し始める。
そんな二人を前に、レイカは居住まいを正して本題を告げた。
「話を戻します。今後、有象無象の手からマオさんを守るため、マオさんの探索者ランクを特例で引き上げたいと考えています。試験抜きで、実質A級と同等の待遇を与えます」
「ランクを? そんなことできるんですか?」
「はい。私はS級ですので、特別な推薦枠を所持しています。具体的には『EX級』という階級を授与します。これは功労者や特別な役職者に与えられる名誉ランクで、これがあれば変な組織も手出しがしにくくなるはずです」
EX級。
聞いたこともないランクだが、要するに特別扱いということだろう。
……だが、その提案を聞いて、俺の胸の中に小さな違和感が芽生えた。
「ありがたいお話ですが……それは受け取れません」
「え……? なぜでしょうか?」
「俺は、曲がりなりにも探索者ですから。ランクは、自分の力で積み上げていくものだと思ってます。名誉職としてのランクを貰っても、それは俺が目指した場所じゃないというか……やっぱり、違う気がするんです」
自分でも青臭い理屈だとは思った。
だが、ずっと底辺で泥水をすすってきたからこそ、そこだけは譲りたくなかった。
レイカはポカンと口を開けて固まっていたが、やがてその表情をさらに輝かせた。
「そ、そうですよね! マオさんのような実力者なら、名誉なんて借り物、必要ありませんよね! 差し出がましい提案をしてしまい、申し訳ありません!」
今日の彼女は、感情がジェットコースターみたいに激しく動く……
レイカは決意を秘めたような目で俺を見つめ、満面の笑みを浮かべた。
「であれば! 私に良い考えがあります。世間の目をマオさんから隠しつつ、私の恩返しも兼ねた最高の工作です! ぜひ、私に協力させてください!」
――――――――――
数時間後。
ギルド『アンバーローズ』に戻ってきた俺たちは立ち尽くしていた。
ヒナタさんが、笑顔で一同に紹介する。
「えー……では。本日より加わる、新しいギルドメンバーを紹介するね。S級探索者の……四条レイカちゃんです!」
「四条レイカです! これからよろしくお願いいたします!」
深々と頭を下げるレイカ。
その光景に、カエデもイチカも、言葉を失って石のように固まっていた。
無理もない。国内最高戦力の一角が、なぜわざわざ経営難の底辺ギルドに移籍してくるんだ。
「というわけでマオくん。レイカちゃんの身の回りの世話や指導はお願いね」
「え!? 俺がですか!?」
「うん。それが、レイカちゃんからの強い要望でね」
俺が恐る恐る隣のレイカを見ると、彼女は頬を染めてにっこりと微笑んだ。
「マオさん。今日からこちらに住み込みでお世話になりますので、隅から隅まで……色々と教えてくださいね?」
――四条レイカが『アンバーローズ』に電撃移籍。
そのニュースは、瞬く間に世間を駆け巡った。
レイカの言う「世間の目を逸らす工作」とは、要するに『S級のレイカが、無名のF級探索者に惚れ込んで弱小ギルドに押しかけた』という特大のスキャンダルをぶち上げることで、俺の「魔王の力」に関する疑念を「痴話喧嘩」の話題で塗りつぶすという力技だった。
おかげで俺は、正体不明の強者としてではなく、日本中の男たちを敵に回す「史上最悪のラッキーボーイ」として、最悪の意味で際立ってしまうことになった。
「……これ、余計に一人になれなくなってないか?」
俺の独り言は、コロモチとレイカの賑やかな言い争いにかき消されていった。




