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堕天使ちゃんは逃げ惑う  作者: 霞灯里
第1章 神都ニフル

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第5話 始祖との邂逅

リィィィンゴォォォォォォン……!リィィィンゴォォォォォォン……!


天界の空気さえ震わせるような巨大な鐘の音が、不気味に響き渡った。

厚い雲すら砕け散り、白金の光が溢れてくる。


その瞬間、体中の細胞が、悲鳴をあげた。


冷たい氷柱を背骨に突き刺されたような、理屈では説明できない“恐怖”。

心臓が勝手に震え、呼吸が浅くなる。


怠惰でグータラな堕天使たちが、一斉に硬直し――

まるで導かれるように 大宮殿へ向かって飛び立った。


俺も、同じだった。

いや、否応なく“行かされている”感じすらある。


本能か、魂に刻まれた刻印か。

“あそこへ行け”“絶対に行け”

そんな命令が、脳の奥へ直接響いた気がした。


大宮殿に着いた瞬間、圧が襲いかかる。

扉の前の広場では堕天使たちが全員そろって膝をつき、

額を地面につけるようにして震えている。


セラフィナを見つけ、俺も慌てて隣に跪く。

体がカタカタ小刻みに震え、冷たい汗が背中を伝い落ちる。

涙が出そうだ。


怖い。

怖い。

怖い。

怖すぎる。



そこへ――



カツ……カツ……カツ……カツ……カツ……



乾いた、ゆっくりした足音が、近づいてきた。

足音が一歩近づくごとに、胸の奥で悲鳴が上がる。


“来るな”

“来ないでくれ”

“見られたら終わりだ”


だが足音は止まらない。


やがて、光が揺れ――

それは、現れた。



始祖さま。



言葉はいらない。

名を聞く必要もない。


存在を見ただけで、魂が理解した。

圧倒的な畏怖と、底の見えない悦楽が入り混じる奇妙な感覚で、

心臓がきゅうっと締まった。



「――よい。顔を上げよ」



その声ひとつで、堕天使たちが揃って顔を上げた。

俺も震える首を無理やり動かし、恐れながら視線を上げる。


……?


体中が叫ぶ怖気に対し、目に映った“堕天の神”の姿は、

あまりにも想像と違っていた。


白金の髪は、光を孕んだ糸のようにさらりと頬へかかり、

ひと筋ふれただけで世界が歪みそうなほど繊細だ。

整いすぎた面差しは、剣のように鋭く、雪のように静謐で——

美麗という語をもってしても足りない、異様なまでの完成度。


堕ちた神などではない。

むしろ、堕とした側が罪深いと錯覚するほどの美貌だった。


頭上の光輪は、淡く脈動する神光を放ち、

二対の翼は大聖堂の天井画のごとく荘厳。

羽一枚が震えるたび、空気が祈りに似た音を奏でる。


まとった白い礼装は、絵画の王子というより、

“神話の中心に立つべき存在そのもの”の気品を宿していた。


――だが。目が死んでいた。


金色の瞳は濁りきり、深い深い闇を湛えている。

その視線を向けられるだけで、背筋に冷たいものが走る。

それは恐怖より重く、悲哀より深く、ただただ“不幸”だった。


表情から、全身から、「世界終末級の絶望」が滲み出ている。



始祖さまは、堕天使たちをゆっくり見回す。



そして俺をみると動きを止めた。

ピタッ、と。


えっ……?


えっ?

なに?

なに?怖い。

なにこれ?殺される???


そのまま、じいぃぃぃっと俺を凝視しながら硬直する。

動かない。

瞬きすらしない。

始祖の目と口が大きく広がる。

ひどく驚いているように見える。


怖い。怖い。怖い。怖い。

ハトが豆鉄砲を食らったような顔?

なあに、エサ欲しいの?お前もハトなの?



長い……本当に長い沈黙のあと、


カツカツカツカツカツカツッ!

と、突然高速でこっちに歩いてきた。怖い怖い怖い!


目の前に来ると、また驚愕の表情のまま目を見開き、じぃっと俺を、頭からつま先まで舐めるように見つめてくる。その濁った瞳で。


いや、だから何なの!怖すぎるんですが!!



やっとその視線がほどけた時に、始祖さまは声を出した。


「きみ……名前は?」

「エ、エリュシェルです……」

「……そう。いい、名前だね」


美しい指先がすっと差し出され、思わず取ってしまうと、

王子様のように優雅な仕草で俺を立たせた。


「ぼくはルシフェルだ。君たちの始祖だよ」


それは分かるわ。


そしてぐいっと腕を引かれ、俺を抱き寄せてきた。

綺麗な濁った瞳で見つめてきて――微笑んだ。

花が舞った気がした。


…………えっ、えっ、えっ、なぁに、このムーブ……!


まるで王子様が姫様を抱きしめるが如く、成すがままをされる俺。

戸惑い、焦り、赤面する俺に、ルシフェルは目を合すと

さらに「ふふっ」と笑いかけてくる!



きゅんっ!



ラブストーリーは突然にぃ~。


ふっ、……ふぅん?ふぅぅん?

そうなのね?わかってるじゃない、ア・ナ・タ?

これだけの美貌の乙女たちの中で、

私を選ぶだなんて、分かってるじゃなぁい……?ふぅん??

悪い気は、全くしないわねぇ、嬉しいわっ!


あっ、あっれぇ?えっ、えーーーーっ?

わたしぃ……これぇ、もしかしてぇ……お持ち帰りされちゃうのぉっ!?


脳が薔薇色に染まり、恍惚な笑みを浮かべる俺。




あっ、ダメだダメだ、飲まれるな!

それは違う!飲まれるな、俺!!


俺、男なんだわっ!


男に触られるとか、無理!

死んでも嫌だわ!!




「い、いやっ!やめてください!!」


バシィッと、その腕を振り払い距離をとった。


堕天使たちが、血の気が引く音まで聞こえそうなくらい青ざめた。

俺も……「あ、死んだ」と思った。



しかし。

ルシフェルはそれに驚愕したあと――

世界の悲哀すべてを背負ったような絶望の表情を浮かべた。


……ただ、それだけだった。


静寂が落ち――ルシフェルのその濁った瞳からぽろりと、涙が落ちた。


「ル、ルシフェル様、この娘は生まれて間もなく、何も分からないのです……。お許しくださいませ」

「……ぐすっ」


セラフィナが必死に取り成し、ルシフェルは鼻をすすりながら小さく頷く。


「娘に説明しますので……どうか、少しお時間を」

「……ああ。頼むよ」


くるりと俺を振り返って、

弱々しく笑う。


「すまなかったね……また今度、話そう」


そして背中に最大級の絶望のオーラを濃厚にまといながら、

大宮殿へと戻っていった。


ゆっくりと、カツ……カツ……カツ……カツ……カツ……、と。




……。



……おいおい。

始祖さまを泣かしちゃったわ、俺……!

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