第50話 黒聖女
黒冠が捕らえられ、世界に激震が走った一か月後。まだまだその熱は冷めなかった。
カリオン王国が中心となり、十葬から情報を得た調査団は、世界各国に情報を共有した。次々と明らかになる黒冠の手口。それは想像を絶する規模だった。長年霧の中にあった闇の流通経路、裏資金の流れ、偽装商会、密輸航路、闇の支部拠点等、まるで腐った木の根を引き抜いたかのように芋づる式に露呈した。
明らかとなった事実より、世界中で捜査と粛清が始まった。
黒冠の拠点は全て押収され、共犯者は一網打尽に捕縛された。各国の裏政財界に潜んでいた協力者まで全て炙り出され、数千規模の逮捕劇へと発展した。
世界最大の犯罪組織“黒冠”は、史上初めてその王冠を地に落とした。ついに人々は奴らへ反撃の狼煙を上げたのだ。
そして穏やかな農業大国であったカリオン王国は、この大きな貢献により国際社会で一気に注目されるようになり、そして当然、英雄エリュシェル・フォールンは時の人となった。
――ルヴァニア王国、冒険者ギルド本部にて。
「……俺の髪、まだ生きてるよな?」
「現在のところは確認できます」
グランドマスターのカインは頭を抱えていた。抱えているというより守っている。
まだまだ職場は地獄のようだ。その中でもとりわけ大きな二つの大きな問題に、ストレスで生え際の砂漠化が僅かに進んだ。そんな彼は全ての中心にいる新米冒険者について秘書リーシェより詳細報告を聞いている。
エリュシェル・フォールンは、黒冠の存在を独自に察知し、偽金貨を盗み出した。そしてそれを現恋人の借金を偽金貨で完済、奴らを煽った。無名の冒険者と侮った黒冠は、彼女を潰そうと大きく動いた。それを単身で悉く返り討ちにし、更に拠点へと殴り込むと一網打尽にした。要約するとこういう流れだった。
「単身での討伐。そして強いだけではなく彼女は策士です。計算された殲滅……間違いなく逸材ですね」
「なんか、片手で軽く捻った感がすげーするんだが……そんな簡単にいくものなのか?黒冠相手に」
「だからこそ恐ろしいのです。自分がまだ無名であることまで利用し、奴らを油断させたのでしょう」
そして、エリュシェル・フォールンの能力――――
「剣士として登録されていますが、魔法を使います」
「魔法剣士か?」
「いえ、そんな域を超えています。現在確認できているだけで、炎と氷の二属性、少なくとも第八位階クラスと思われる魔法を使うそうです」
「はっ、はああぁ!?」
第八位階は最早、伝説級の魔法だ。もし使えるとしたら「森の大賢者」くらいだろう。
「そして、魔法収納、転移まで使うそうです」
「まっ、マジでエェ!ほんとに伝説の魔法じゃねえか!!」
カインはようやく、あの穏やかで知的なカリオン王の珍しい熱量の理由を知った。
「だ、だからか……!」
「ええ、一連の経緯もあり……カリオン王は彼女の”オリハルコン”への昇格を望んでおられです」
前代未聞の大手柄を上げた新米冒険者の昇格。経験が浅すぎる点だけが難だが、アダマンタイトへの昇格は妥当だとカインは考えていた。
従来ミスリル以上の上位ランクは第三者の推薦が必要だ。だが、エリュシェルは既に英雄という国の最大の称号まで得ている。誰も文句は言えない。
しかし、カリオン王はそんなをレベルを超えてきた。老王はアダマンタイトどころか、オリハルコンへの昇格を推薦してきたのである。
オリハルコン冒険者とは、生ける伝説であるたった一人の冒険者を指す称号。或いはその超問題児を隔離する為の檻。
「お、オリハルコンとか与えたら……あの竜姫が暴れるぞ……!?世界が燃える……!」
「で、ですね……慎重に協議と検討の上決定する、と回答するのが無難でしょう」
一先ずは、エリュシェル・フォールンのアダマンタイトへの昇格は決定した。
「しかし、オリハルコンはやりすぎじゃねえか?」
「彼女の逸話はまだあります。どうやら聖剣を呼んだらしいのです」
「はあぁあ!!?」
「彼女が舞い謳うと神々しい光が満ちて、空を割り天空より聖剣が降臨したそうです」
「多数の目撃証言があります」と告げる秘書に、ごくりとカインは唾を飲み込んだ。
「……ま、真面目にエリュシェルは……伝説の勇者なのか……?」
「その可能性があると思われます」
ソファにうなだれ天井を見上げるカインは、己をこんな激務に突き落とした新米冒険者を憎んだ。
「……それで、当のエリュシェルは今、どこで何してんだ?」
「恋人の受付嬢の家に毎日入り浸ってるそうです。ラブラブです」
「冒険しろよォオオ!!!」
「ギルド本部に来るように伝えた件は、”めんどくさ~い”との回答があったそうです」
……ああ、もういいや……オリハルコンへの昇格については――――未来の俺が考えよう。
大きな問題はもう一つある、カインは遠い目で気を取り直した。
「黒聖女の件はどうだ?」
「取り調べは全て終わってます。やはり十葬の証言通り”白”。黒冠との関係は一切ありません」
黒冠の手は、冒険者ギルドにまで伸びていた。その規模は大きく、職員や冒険者、関係者等、多くの悪事に加担した犯罪者を捕らえることになった。
そしてその悪事に加担したと疑われる人物リストの名簿に――ギルド最高峰に位置する一人のアダマンタイト冒険者の名が記されていた。
「黒聖女」「死を告げる微笑み」「聖哭の死神」「罪喰らい」等、様々な二つ名で呼ばれ恐れられる少女。
ルヴァニア王国で最も有名な冒険者であり、問題児だらけのアダマンタイト冒険者の中でも、特にとびっきりの危険人物。カインの頭皮を攻める筆頭である。
「孤児となった幼い黒聖女を十葬が保護した……良くえば育ての親。只それだけのようですね」
「真っ黒な悪人の、純粋な善意ねぇ……俄かに信じ難いが……」
「まぁ、恐らく彼女は相手を悪人だと気づいてたと思います……」
捕らえた十葬、ジェイドの自白により明らかになった事実。ジェイドは犯罪者に両親を殺害され、独り残された少女を保護した。少女の生活を支援し生きる術を教えた。黒冠とは一切関りを持たせないよう、己の身の上は隠し、少女には何も話していなかった。
そんな少女は冒険者となり犯罪者を狩る者、アダマンタイト冒険者「黒聖女」へと成長した。
「黒聖女は無罪放免、念のためしばらく監視はつけておけ。この件は各国に極秘で回せ」
「はい」
カインはほっと溜息をつき、背もたれに体を預けた。大きな問題のもう一つは解決したからである。
「……そ、それでですね、黒聖女はカリオン王国へ向かったそうです」
「ッ!?はっ、はああぁああ!?何でぇ!!?」
しかしそれは、うっすらとカインが予感していた事態だった。背筋に冷や汗が流れる。
ですよねェ?カリオンで育ての親が捕らえられたもんねェ??
嫌な予感しかしねええ!問題終わってねえええ!!
悪寒に恐怖する毛根、じりじりと後退の兆しを見せる。しかし、無情な秘書は更に言葉を続けた。
「あとですねぇ、少し昔の話ですが”焔嵐の魔女”もまた、カリオン王国へと向かったそうです」
「は、はぁ!?な、何なのあいつら!何しようとしてんの!?」
なぜ!?今、カリオンなのか!!?
「お目当てはきっと……エリュシェル・フォールンでしょう……」
ですよねー…??
アダマンタイト冒険者という名の二人の問題児が、カリオン王国へと旅立ってしまった――。
遠い目をする二人。
「……俺、休んでいい?」
「ダメです、私が先に休みます」
この恐ろしい事実がまた、カインの頭皮の寿命を削る要因となるのであった。
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