第45話 堕天使は舞い謳う
「……うう、ぐ……あぁ……っ……!」
全てが凍り付く白い聖地の中で、黒衣の暗殺者の一人がついに限界を迎えた。冷気に蝕まれる全身を奮い立たせるも、その両脚は地面に縫い付けられるように固着した。力任せに引き剥がそうとした反動で、氷が嫌な音を立てて軋み、男は悲鳴とも呻きともつかない声を漏らした。
その様子を傍目に見据えながら、暗殺者のリーダーは駆けながら歯を食いしばって耐えていた。こちらも余裕がない。必死に魔力を循環させ、体中に展開した防護膜で凍結の侵食を抑え込もうとしているが、それが只の時間稼ぎにしかならないことを彼自身が理解しているだろう。
――そんな中。
黒衣共が絶望した表情を浮かべる目前で、私は上機嫌でニッコニコだった。
ああ、最高の舞台が整ったわ……!
あなた達は私の尊い百合の花園の肥料になるの、光栄に思いなさい。
派手に……華やかに……仕留めてあげるわっ!
乙女達との情欲に満ち溢れためくるめく夜を妄想し夢見心地でいると、最後の悪足掻きのように闇魔法の凝縮された無数のナイフが、私へ向かって一斉に放たれてきた。だが一歩も退かずに踊るように身を捻り刃を躱し、指先や聖域の凍結を利用して次々と叩き落としていく。
私が浮かべていた冷たい微笑は彼らの生存本能を直撃したようだ。黒衣たちの顔が恐怖にひどく歪んでいる。理解を拒む存在を前にした、抑えがたい拒絶。それでも彼らは必死に絶望を振り切り、魔力を注ぎ込んだ刃を投げ続ける。
「う、うああぁッ!何なんだよお前はアァ!」
「エリュシェル殿!!」
ナイフを躱していると背後から焦るレオンの声が再び響いてきた。だが私は振り返らない。飛び交うナイフの雨の中で、私は余裕の表情でロングコートのボタンに指を掛け、ゆっくりと外し始めた。そして、澄みきった美しい声で謳い始める。
「遠き夜空に――瞬くものよ――」
「えっ……?」
あまりに場違いな行為に、誰かが息を呑んだ。
「――名を持たぬ祈り――涙となりて――零れし光よ――」
「う、歌……??この状況で……?」
この場にいる全ての観衆は理解が追いつかない様子でざわめきが広がった。突然の出来事に黒衣の暗殺者共の動きさえもが止まり、目を大きく見開いている。
私はロングコートを大きく翻し、ぱさぁと高らかに空へと脱ぎ捨てた。ロングコートが風を孕んで舞い上がると、その下から現れたとんでもなくどエロい神聖なセクシードレス――もとい聖鎧、光衣クラルエルさんを纏いし女神の肢体があらわになる。その姿に観衆の視線が釘付けにされた。
「うっ、うおぉお!!?」
更に一層ざわめきが広がる中で白と金を基調とした聖鎧の力が解放される。衣の表面を水のような光が流れ始め、白い聖域が神聖な金の色彩を帯びていく。私は美しき肢体を惜しげも無く披露し、陶酔するように美しく舞い謳い続ける。
「――幾千の願いを束ね――刃のかたちを取れ――」
「……め、め、女神さま……?」
巫女のように謳い舞いながら、歌を紡ぎ続ける。一歩踏み出すたびに光の粒子が星屑となって零れ落ち、聖域を金色に染め上げていった。幻想的な光景に観衆が喉を鳴らす。
「――星は砕け――しかし消えず――希望は泣き――なおも輝く――」
「う、うつくしぃ……」
「――我が声に応えよ――澄みきった奇跡――星が祈りで――形を成した証を――」
「………!!?」
私の身体は金色の輝きに包まれた。人間の領域を超えた神話の光。神々しき女神の姿を顕現したかのような私に、心を奪られ固唾をのんで見守る観衆たち。その前で天を掴むように右手を掲げ見上げた。
次の瞬間、遥か天空よりオーロラのような神聖な光が私を中心に降り注いでくる。昼の空を裂き、都市全体を覆い尽くすほどの輝きが周辺一帯を照らし出した。
「来たれ――聖剣、星涙ルクスティア!」
オーロラの中心から、空を割り天空より舞い降りる濃密な光の奔流が、凄まじい轟音と共に一直線に降り注ぎ大地を揺るがした。沢山の悲鳴が上がり、視界は完全な白の世界に包まれていく。
――永遠に続くかのようなひと時の後。光と音が鎮まった。
光と音が収束した後、私の右手には美しく装飾された細身の長剣が収まっていた。星雲のような光を放つ、神威を宿した聖剣。聖涙ルクスティア。
私は光り輝く聖剣を軽く振るってから、顎の下にゆっくりと添えて静かにモデルのようなセクシーな決めポーズを魅せた。
………。
沈黙。ながーい静寂。
完全に凍ったように誰も微動だにしない。……やりすぎた??
凍り付いたゴロツキたちは苦痛すら忘れ、口をパッカーンと開けたまま固まり、騎士と冒険者はレオンも含めて腰を抜かして地面に転がっている。黒衣の暗殺者ですら、目を見開き唖然とした表情で固まり思考が停止してるようだ。
その場にいる人間全員が呆然自失している中、バルガスの立派で大きな屋敷へと視線を向ける。そして、聖剣を軽く一振りした。
「えっ?」
ズッ……ズズズズ……ズン……ゴシャア!!
空間に走った剣閃は光の軌跡を残しながら、大きな屋敷を斜めに下から上へと一刀両断に断ち斬った。遅れて二つに分かたれた上半分がズレ落ちてくる。
「ひ、ひいいい……!」
「さてと……?」
豆腐のようにさっくり切断された屋敷を前に、暗殺者もゴロツキも恐怖に支配され、ガタガタと震え始めた。私は聖剣を携え一歩を踏み出す。全身から溢れる神力の圧に、暗殺者のリーダーですら顔面蒼白となり、恐怖のあまり歯を鳴らし始めた。逃げようと影に溶け込もうとするが、その魔法はすでに封じてある。「クソッ、クソがああぁ!!」と影を踏みつけ叫び声を上げていた。
「私を怒らせたことが――運の尽きね?」
「ヒッ、ヒイイィイ!!」
暗殺者のリーダーがついに情けない悲鳴を上げた。リーダーは震える体を駆り立てその場から逃げようとするが、無理でぇ~す。そんな黒衣の暗殺者二人に向かい私は聖剣を振るった。
「えいやっ♡」
「ア”ア”ーーッ!?」
次元ごと断ち斬るかのような煌めく剣閃が走る。それは暗殺者たちの両手両足を根元から斬り飛ばし、
噴き上がり舞った血と四肢は瞬時に凍り付き、地面に落ちて「パリイィーン」と砕け散った。
「あっ、あががぁ!?」
「死なせてあげないわ、有難く思いなさい」
胴体が地に落ち苦しむ二人の黒衣の暗殺者に、にっこり微笑みながら”上級解毒”の魔法をかけてから、傷口を凍らせ血止めをしてやった。こいつらはすぐ自決しようとするもん。これからの人生、しっかり達磨さんを堪能するのよぉ!
オシオキは終わり、舞台は終幕だ。
白い聖域を解除した中庭には、凍結し四肢が砕け嘆き苦しむ大勢のゴロツキ共が転がっていた。大惨事だが神眼で凍結を調整していた、死人はいないだろう。騎士たちが後処理に慌ただしく動き出す中、高揚した観衆たちが私に大きな歓声を上げてくれていた。私はロングコートを拾いふわりと身に纏う。そして格好よく身を翻すと、愛しきミィちゃんの元へと向かい歩き始めた。
「エリュシェルさぁあん……!うぅ、うわぁーーん!!」
涙で顔を濡らしたミィちゃんが全力で駆け寄ってくる。必死に抱きついてきて私の胸に顔を埋めると、感極まったかのように大号泣し始めた。私はそんな彼女をぎゅっと抱きしめ、優しく頭を撫でた。
「ねっ? 大丈夫だったでしょう?」
「はっ、はいぃ!あ、ありがとう、ございましたぁ!うぅ、えぇーーん!」
彼女が落ち着くまで、安心できるまで、優しく抱きしめて頭を撫で続けてあげた。
この物語を読んで頂き有難うございます。
もし宜しければ、ブックマーク・評価を頂けると励みになり有難いです。
また、評価いただいた方、有難うございました!
今後ともよろしくお願いします。




