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堕天使ちゃんは逃げ惑う  作者: 霞灯里
第2章 カリオン王国

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第42話 容赦はしないわよ?

「う、うああぁっ!?」

「え、えっ……エ、エリュ……シェル、しゃあぁん……!!?」


外門を蹴り破り、中庭に足を踏み入れた瞬間――発動した《神眼(しんがん)》に映ったのは、黒箱を沢山積んだ三台の馬車と、荒い鼻息を立てる多くの馬。そして、突然の侵入者を前に思考が停止したかのように固まる、五十人以上のゴロツキ共だった。連中は呆然としながら私を見つめ、ひどく怯えていた。街中で仲間を一瞬で蹴散らした様子が知られているのだろう。


さらに巡らせた目には、馬車の影へと素早く身を溶かした黒ずくめの二人を捉えている。そして正面中央には、金糸をこれでもかとあしらった豪華な服に身を包む、丸々と太った豚野郎――バルガス。


……なるほど。逃げる気満々だったわけね。逃走の準備の最中だったのは明白だわ。


その中で――目に焼き付いたのは、背後から組みつかれ、首元にナイフを突きつけられたミィちゃんの姿だった。胸の内で、怒りが炎となって荒れ狂い、抑えがたい熱を放っていた。


小さな身体は強張り、肩は跳ね、呼吸は浅く早い。恐怖で足先までぷるぷると震えているのが、遠目にもはっきりと分かる。――怪我はどこにもない。それだけで、ほんの一瞬、胸の奥が安堵した。


私は怒りの業火を押し殺しながら、奴らの元へとゆっくりと歩き出す。


「え、エリュシェルしゃん……!」


ミィちゃんは必死に涙を堪えようとしていたが、声は完全に裏返っていた。潤んだ大きな瞳からは、次々と涙が溢れ落ち、唇は恐怖で震えている。


「来ては、だ、ダメれしゅ……!わ、わらしは、いいでしゅから……!おねがい……にげれ……逃げてくだしゃい……!」


一生懸命に紡いだ言葉は噛み、息は詰まり、体はぷるぷると震え、今にも崩れ落ちそうだ。それでも――それでも健気で純真無垢な愛しき乙女は、自分よりも私を心から案じていた。


……ああ、もう怖くてしょうがないだろうに。ナイフを突きつけられた状況で、こんなにも必死に他人を想えるなんて。どこまで心の綺麗な娘なの。


「大丈夫よ、ミィちゃん」


私は彼女に、柔らかく微笑んだ。


「安心して?すぐ助けるからね」


その一言で、ミィちゃんの瞳がさらに大きく見開かれ、堰を切ったようにポロポロと涙が溢れ出す。


《神眼》には、この場の全員の動きがはっきりと映っている。弓を構えようとする指の震え、魔法詠唱に入ろうとする喉の動き――全部、見えている。


「お、おい!止まれぇ!!」


顔を赤く染めて私に惚けていたバルガスが、ようやく我に返ったように汚らしい声を張り上げた。


「この娘が見えねえのかぁ!?一歩でも動いたら、どうなるか分かってんだろうなぁ!!」


私はぴたりと素直に歩みを止めた。それを見て、人質に縋るバルガスは露骨に安堵の表情を浮かべる。


「手をあげろ!動くんじゃねえ!おい、相手は一人だ!弓だ、弓を構えろぉ!!」

「へ、へいっ!」


慌てて弓や魔法の準備を始めるゴロツキ共。その様子を見て、ミィちゃんがさらに取り乱し叫んだ。


「や、やめれぇぇ……!やめてぇえ!おねがい……エリュシェルしゃん、にげてぇ……!!」


言う通りに両手を上げる私を見て、泣きじゃくり今にも過呼吸で倒れそうなミィちゃんが悲鳴を上げた。


……これは一刻も早く、安心させないと。精神がかなり追い込まれていてる。


私は、彼女ににっこりと微笑み声をかけた。


「大丈夫よ、ミィちゃんが安心できるように、おまじないをかけてあげるわ」

「……ふぁっ?」

「う、動くんじゃねえ!!」


バルガスの怒鳴る声を完全に無視し、私はミィちゃんだけを見つめた。


「私の目を、よく見ててね~?」

「……ふぇっ?」


涙を沢山零し続ける大きな潤んだ瞳で私の目を見るミィちゃん。


そして――


「……はいっ♡」


パチリとウィンクした、その瞬間にミィちゃんに転移(テレポート)を使った。


正に瞬きの間で、ミィちゃんはゴロツキの腕の中ではなく、私の目の前にいた。そのまま下ろした両腕で愛しき彼女をぎゅっと抱き寄せる。


「……ふぁっ!?ふえ……?ふええぇぇっ!?」


訳が分からず動転し混乱しきったままの、愛しきミィちゃんの顔を覗き込み、優しく微笑んだ。


「ほら、よく効いたでしょう?おまじない、もう安心でしょう?」

「え、エ、エリュシェルしゃぁぁん!!」

「よく頑張ったわね、ミィちゃん。もう何も心配いらないわ、大丈夫よっ」


その言葉が引き金になってミィちゃんは私の胸に顔を埋め、「ふわぁああぁん」と声を上げて大泣きし始めた。


一方――


「……は?」

「な、何が起きた……?」

「ど、どうなってやがる……?」


一瞬で人質を奪い返された現実を理解できず、ゴロツキ共は揃って口を半開きにし、完全に思考停止していた。さっきまでの威勢はどこへやら。弓は中途半端に下がり、魔法の詠唱も途切れている。


私は安心してもらえるようにミィちゃんの頭や背を撫で、髪を優しく整えながら、落ち着くまでしっかりと抱きしめていた。


――さて。


呆然自失、命綱も失った悪党共が、ようやく事態を理解し始め後ずさりしたところで。私はゆっくりと顔を上げ、にこやかに奴らに告げた。


「……じゃあ、始めましょうか」


その冷たい笑顔に、ゴロツキ共の顔からザーッと音が聞こえるほど血の気が引いていった。


「容赦は――しないわよ?」

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