第41話 悪徳商人の屋敷に殴り込む
「お母さん!?」
詰め所の入口で、ミィちゃんのお母さんが衛兵に縋りつくようにして立っていた。息は荒く、髪は汗で額に貼り付き、指先は小刻みに震えている。普段の朗らかな姿からは想像もできないほど、顔色は蒼白で、まるでこの世の終わりを目の前にしているかのようだった。
「ああっ、エリュシェルさん……!ここに居ると聞いて来てしまって……ごめんなさい……!」
言葉の途中で声が裏返り、膝が崩れそうになるのを、必死で支えている。後ろから領主と側近たちが、息を切らせながら追いかけてきていた。
「全然大丈夫です、どうしたんですか!?落ち着いて、ゆっくり――」
「そ、それが……店に……こんな、置き書きが……!」
紙切れを差し出す手は小刻みに震え、息は乱れ、まるで手の中の文字が彼女の命まで奪うかのように見えた。そこに書かれていた汚い文字を読んだ瞬間――プチン、と私の頭の奥で何かが切れた。
『ルリミィアを預かった。返してほしくばエリュシェル・フォールンが一人でバルガスの屋敷に来るべし』
――あんの、豚野郎……!!……そんなに地獄を見てぇかぁ……!?
静かに激怒する私に、その場の空気が凍りつく。
「な、何事だ!?」と駆けてきた領主にその紙切れを渡した。隣で紙を覗き込んだ領主は、眉をひそめ、顔色を変えた。そんな中で、私は泣き崩れるお母さんの前にしゃがみ込み、目線を合わせて優しく微笑んだ。
「お母さん、大丈夫です。私が必ず、ミィちゃんを無事に連れ帰ってきます!任せて下さい!」
「え、エリュシェルさん……!」
「ま、まさか誘いに乗るつもりか!?駄目だ、危険すぎる!我々が――」
「行ってきます」
嗚咽を漏らすお母さんの手を一度優しく握ってから、領主の言葉を待たず転移を発動した。
そして視界が反転し次の瞬間には、私はバルガスの屋敷の重厚な外門前に立っていた。
―――ミィちゃんを攫った罪、万死に値する……絶対に許さねぇ。楽に死ねると思うなよ?
バルガスの屋敷の中庭は地獄絵図だった。荒れ散らかすその中で、クロウリー商会一同が必死に逃亡の準備を進めていた。
「い、急げええぇ!はっ、はやく書類と黒箱を積みこめぇ!急げっ、急げぇ!!」
青ざめたバルガスが体中から脂汗をまき散らし血走った目で、狂ったように叫ぶ。指示を飛ばし、今ある三台の馬車の荷台に、部下たちが黒箱や重要書類を次々と詰め込んでいる。
黒衣の男は冷静さを保とうとするが、事態の大きさに体は震え心は焦燥に満ちていた。
あまりに想定外過ぎたこの状況、当然何の準備も出来ていなかった。黒箱は重量があり、運ぶのに時間がかかる。荷積み作業は捗らない。馬車の台数も足り無い。そして屋敷に隠してある国外逃亡に向けて集約していた三百個以上もの黒箱を運びだすのは、時間的にも荷台的にも不可能。積めない黒箱はこのまま屋敷に置き捨てるしかない。
――大失態、大損失だ!くそがあぁ!!
そして今、屋敷には“証拠と情報の山”が残る。黒箱や書類からは、偽金貨の流通、資金洗浄、密輸経路。ありとあらゆる情報が芋づる式に暴かれてしまうだろう。
突如として現れた、たった一人の無名な駆け出しの冒険者。正体不明の謎の女に、狙いすましたかのように深謀遠慮の策を張り巡らされいた。掌の上で転がされ、良い様に絡み取られた。
実に巧妙すぎる罠に嵌めてきた謎の女の手玉に取られた――黒箱が幾つも奪われ、捕らえようとすれば制圧され街中が大騒ぎになり、白昼の下で精鋭の直属の部下三人までもが捕縛された。更には中央広場で女の元に、騒ぎを聞きつけた領主までもが現れ、その率いる騎馬隊が続々と集結しているという。
満を持したというこの状況――。
駆け出しの冒険者だと相手を舐めて、怒りに思考を奪われ感情のままに下手を打ってしまった。油断と慢心も丸ごと含めて、ここまでの全てが――謎の女の策だったのだ!
――一網打尽、その言葉が頭を掠め背中が凍りつく。
完全にしてやられた――!まさかこんな目に遭うとは――!!
ギリギリギリ……、と目を見開き泡を吹きながら歯ぎしりする彼の表情には、怒りと焦り、そして恐怖が混ざり合っていた。憤死しそうな彼の名は、黒冠の幹部たる十葬、”影葬のジェイド”。
「ちくしょうがぁ、領主が来る!もういい!出るぞ、間に合わん!!」
「はっ、はいぃ!!」
ジェイドの怒りの号令とともに、荷台に詰められた黒箱の山がわずかに揺れた。その詰め込むことが出来た黒箱の数は余りにも頼りない。
「い、嫌ぁっ!はっ、離してくださいっ……!」
入れ違いで攫った食堂の娘をバルガスの部下が連れて来た。こんな事態になってしまった以上、もはや用済みではあるが人質に使えるかもしれない。念の為にこのまま一緒に連れて行く。
ジェイドと一同の気持ちが焦り急く、そんな最中に突然として凄まじい轟音が響いた。
バッガアアァンッ!!
凹んだ屋敷の重厚な外門そのものが、高く宙を舞い「グワシャァーン!」と粉塵を巻き上げながら中庭に叩きつけられた。
「はっ、はあぁ!?な、何だ!?」
「ひぃいいい!?」
粉塵の中、外門のあった場所に白いロングコートを纏った一人の美女が凛として立っていた。その冷たい眼差しと落ち着いた佇まいは、混乱するジェイドを凍りつかせた。
「まっ……まさか、もう来たのか……!?」
一同が言葉を失い呆然としながら、女神の如き美女と破壊された外門を眺める中で、ジェイドの喉がひくりと鳴った。
「エリュシェル――フォールン……!!」
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