第3話 堕天使の掟
聖域の中心、光を閉じ込めたような鏡の間。
そこに、一糸纏わぬ姿で百合の女王が、静かに玉座へ身を預けていた。
その肢体は美しく、どこか罪めいた妖しさを帯びている。
浮遊する無数の鏡が彼女を囲み込み、きらきらと光を散らしながら、
角度を変えてはその姿を映し出し、万華鏡のように広がっていく。
女王は一枚一枚の鏡に視線を移し、
自らの姿をうっとりと眺め、指先で肌をなぞりながら、満ち足りた笑みを浮かべた。
どこか悪戯めいて、何かを企んでいる者のそれだ。
とある鏡に映る“他者”の影を見つけると、女王の瞳がゆっくり細められる。
小指を唇にあてる仕草で、甘えるように囁く。
「……欲しいわぁ」
くるりと体をひねり、別の鏡を覗き込む。
両手を小さく握って顎の下に添え、きゅるんと上目遣い。
どこか子供のような愛らしさと、深い欲望が混ざった奇妙な可憐さ。
「ねぇ、手に入れてもいいでしょう……?あの美しい子たち……」
鏡の中で揺れるのは、神都の乙女たち。
清純で、冷たく、美しく、我が身に匹敵するほどの美貌を宿した存在たち。
その美を眺めながら、女王はふっと微笑む。
その唇は甘く、どこか危うく。
「ふふっ……聖域で並んで咲く百合の華……どんなに素敵な楽園になるかしら」
夢想はさらに深まり、女王の瞳は熱を帯びていく。
まるで宝物を見つけた子供のように、しかし内には底知れない情欲を秘めて――
その笑みが鏡の間に満ちた瞬間――
ふわりと甘い笑い声が響き、聖域の空気が揺らめく。
こうして、
堕天使の乙女による”堕天使の乙女ナンパ作戦”が幕を開けたのである!
……だがしかし
「ああああっ……」
俺は近くにあった大きな柱にもたれ、ずるずると地面に崩れ落ちた。
まさかここまで上手くいかないとは……。
百合の聖域を築くことを目指し、奔走すること一か月ほど……
堕天使どもを誰一人として、口説けない……。
神都にいる堕天使の乙女は全部で十四人。
俺は一人ひとりに「百合の華を咲かせませんかぁ?」と声をかけて回った。
さりげなく距離を詰め、甘い声でささやき、肩や腰にタッチ――
さらに、ちょっと大胆にモミッと、さわさわッと――しながら。
……だがしかし。
乙女たちは、こっちをきょとんと見てるだけでまるで無感情。
不思議そうな顔するだけだ。
抵抗ゼロ、警戒ゼロ、反応ゼロ。
本当に、何なのか彼女たちは分からないのだ。
まるで美しい彫像を触ってる感覚になり虚無る。
無感情すぎて、こっちの心が削られていく。
だが、折れない。
まだだ、まだ終わらんよ!と大きく一歩を踏み込むと――
「……めんどくさーい」そんな目をして、
ばさぁっと綺麗な羽で軽やかに飛び去っていく。あああっ
それでも諦めずに頑張ったが、もうダメだ。
前世はドブネズミだ、そもそもナンパの仕方が分からない。
最近では俺が少し近づいただけで、乙女たちはスススッと滑らかに回避していく。
公園のハトでももう少し情がある。乾いた笑いしか出ない。
うおおおん……
堕天使どもがぁ……
いや、俺も堕天使だったわ。
テヘッ☆
拗ねた俺は、柱に抱きつき躰を押し付け「あなた、固くて大きくて立派ねぇ」などと、一人で盛り上がっていた。
で、柱をうっとり眺めたところで、自分がどこにいるかようやく気がつく。
ここは、神都中央の広場にそびえる荘厳な大宮殿だ。
無法地帯な神都において、一つだけ“掟”がある。
それは、『宮殿内に許可なく入らない』ということ。
大宮殿には俺たちの主人にあたる、“始祖さま” が住んでいるらしい。
しかしあの大きな扉が開かれたところを一度も見たことがない。
外に出てくることは一切無く、主人とか言われても分からん。
「始祖さまねぇ……」
これ、ノーカンだよね、まだ外庭だよね!?柱に絡んでたのバレてないよね!?
――ビビった俺は、そそくさとその場を離れた。




