第38話 最悪の犯罪組織 "黒冠"
交易都市フィオル北部の、重厚な石造りの領主館。
その最奥にある会議室では、この地を治める若き領主レオン・ヴァルクと側近たち、さらに街の重役たちが一堂に会し、緊張感に満ちた会議が連日行われていた。
円卓を囲む顔ぶれは皆、疲労と警戒を隠せない。商会長にして冒険者ギルドマスターを務めるガルドの、暑苦しいほど屈強な体躯もそこにはあった。
議題は一つ。
偽金貨を大量に流通させた容疑で浮上したクロウリー商会――その会頭バルガスの拿捕、そしてその背後に潜む、世界最大規模にして最悪の犯罪組織、闇ギルド黒冠についてである。
黒冠――
その名は、各国の領主や王族や聖職者、世界中の民にとって悪夢そのものだった。
彼らは世界各地で、偽金貨・偽証文書の流通、国家経済を揺るがす金融操作。違法奴隷の大量売買、誘拐、人身売買。暗殺請負、要人殺害、政争への介入。麻薬・禁呪薬物の精製と流通。都市への放火、爆破、水源への毒物混入。疫病を意図的に拡散し、混乱の中で利益を貪る外道行為。さらには、戦争の火種を裏から煽り、死体の山の上で金を数える――。
思いつく限りの「悪」を、彼らはすべて実行してきた。
その上級幹部十名、十葬は、アダマンタイト級冒険者に匹敵、あるいはそれ以上と噂される化け物揃い。だがその実態は影に包まれ、世界は彼らの輪郭を、かすかに捉えることしかできていなかった。
「ただの商人が、これほど大規模な偽金貨流通を行えるはずがない」
レオンは低く呟く。
だからこそ、クロウリー商会を泳がせ慎重に監視と調査を重ねてきた。クロウリー商会自体は掘れば掘るほど真っ黒。数多の余罪につき一斉捕縛は決定している。そしてついに、カリオス王国は黒冠の“尻尾”を掴んだのだ。
「バルガスを捕えた瞬間、黒冠は奴を必ず切り捨てる……だからこそ、この機を逃すわけにはいかん」
これは国王直々の命、失敗は許されない。
クロウリー商会本部を擁する領地を治める若き侯爵は、闇に潜む黒冠もろとも全て拿捕する意気込みで、連日の会議が続いていた。
――そんな時だった。
「た、た、大変ですうぅぅ!!」
ドンドンドンッ!!
会議室の扉が、今にも壊れそうな勢いで叩かれる。
返事を待つこともなく扉が開き、一人の衛兵が――転がり込んできた。
「なんだ!?今は重要な会議中だぞ!!」
「そっ、それがぁ……!」
息も絶え絶え、顔面蒼白。どう見てもパニック状態だ。
「とっ、とんでもない美女様がぁ!商店街でぇ!食べ歩きをしておりまぁす!!」
「……はぁ?」
あまりの報告にレオンの思考が停止し、同時に呆れ返った。だが、会議室の男たちの大半がピクリと反応していたのを、彼は見逃さなかった。
「な、何を言っているのだお前は……!?」
「ああっ、も、申し訳ありませぇんっ!混乱しておりましたぁ!」
衛兵は慌てて姿勢を正し、深呼吸する。
「と、とんでもない美女様がぁ!商店街で偽金貨をばら撒いてぇ!クロウリー商会一同をおびき寄せたようでぇす!」
「な、なんだとっ!!?」
「そっ、その美女様を武装し白昼堂々と襲撃した構成員たちがぁ!全員返り討ちにされぇ、一網打尽に相成りましたぁ!!」
「はっ!?……は、はあぁぁ!!?」
「さっ、さらにぃ!その後に現れた暗殺者三人までもぉ、美女様が返り討ちにしましてぇ!その三人がぁ……なんと、黒冠の構成員でしたぁ!!」
「なっ、なにぃいい!?……そんなバカなっ!?」
「身体に黒い冠のタトゥーを確認!!現在、枷を付けて詰め所の牢に厳重に拘束中でありまぁす!!」
ガタンッ、と音を立て、勢いよく全員が立ち上がった。
「その美女殿の名は……!?」
「冒険者のエリュシェル様でぇす!!」
「おお~!エリュちゃんかぁ!お手柄じゃあ、やりおったのう!!」
「ガルド、知っているのか!?」
「知っとるも何も、わしも娘と一緒に助けられたばかりじゃ!最近冒険者になったばかりの、最っ高な美女じゃぞ!がっはっは!!」
「……なっ、なにぃ……?」
さすがにここまで“美女”を連呼されると、レオンすら興味を抑えきれなくなった。
「詰め所へ向かう!全員、急ぎ続け!」
領主一同は、衛兵から続けて詳細報告を受け取りながら、現地へと急行した。
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