第2話 これぞ我が聖域よ
カツ、カツ、カツ、カツ、カツ――。
透明な水晶で象られたハイヒールが、床に澄んだ音を刻む。
その他に一糸も纏わず、存在そのものが装飾とばかりに堕天使が歩を進める。
肌は光を吸い、反射し、歩くたびに豊かな果実がたゆんと弾け、光が尾を引いた。
彼女は、レッドカーペットを歩く女王の如くゆるりと歩み、
正面に鎮座する巨大な水晶製の玉座へと向かっている。
途中、ふいに立ち止まり、首だけをこちらへと滑らせるように向ける。
「――男なんて、不要」
囁きは鈴の音のように甘く、しかし底に冷たさを孕む。
「男なんてナンセンス。そうは思いませんか?」
ふふっ、と笑い、くるうりと身を翻しながら両手を広げる。
身体のラインがしなり、まるで舞踏の一節を切り取ったようだった。
すっと背を反らせて声を張る。
「男なんて滅ぶべき、そうは思いませんか?」
白い指先がリズミカルに弧を描き、問いかけるように。
そして、彼女はコクリとうなずいた。
「ふふふっ、そう。無用の産物なのです」
彼女は、ばさぁと翼を広げる。
純白の羽が鮮烈に弾け、堕天使はふわりと宙へ舞う。
「さぁ、咲かせましょう――百合の華を――」
「さぁ、育みましょう―――百合の園を――」
宙に掲げた手から光が溢れ、周囲を白く塗り潰す。
世界が白に染まり、ゆっくりと戻ったとき――
彼女は水晶の玉座に片肘をつき、脚を組み、腰を掛けていた。
「私はいつまでも……貴女を待っています」
にっこりと慈しみの微笑みを浮かべながら……。
――というお遊びを始める数刻前。
俺は壮大なるプロジェクトを立ち上げた。
とある堕天使が、ぽけぇっとした顔でこう言ったからだ。
「なんか最近、気色悪い変な声聞こえるんだよ~」
そら聞こえるわ。
「ふ、ふうん、そうなんだー」と言いながらついっと目を逸らし、
さすがに恥ずかしくなった俺は、我が城を創造することにした。
都のはずれの人気のない場所。
俺はそこに、どーんと白亜の巨塔を生やした。
塔は上へ行くほど太くなり、先端は大きな白い鐘のようだ。
鐘に窓は一つもない、完全密閉。
外壁には、百合を模した彫刻をこれでもかと刻み込む。
塔に神殿を融合したような、圧倒的な美。
それに五重の結界と防音魔法をかけ、許可なく入れないよう細工をする。
内部は、プラネタリウムのような半球体空間。
壁、天井、床――360度、何もかもが鏡張り。
さらに宙には、無数の鏡がぷかぷかと思い通りに浮遊する。
どの角度も逃さない。どこも死角がない。
我ながら素晴らしいこだわりだ。
中心に立てば、あらゆる角度の“俺”が俺を見つめ返す。
一角には、一段高く床を盛り上げて透明な水晶で大きな浴場を創った。
己自身を象る彫像が肩に抱えた水壺より水を吐く、豪奢な浴場だ。
湯面に百合の花びらが舞う、スケスケ水晶浴場。
それから参道から階段を昇った上座にあたる場所に、
大きく豪華な水晶製の玉座と神聖なる尊き祭壇を設置した。
祭壇とはつまりはベッドである。
我が身を祀るための“神床”だ。
これこそが我が城……
我が身を余すことなく視姦し得る……
これぞ完璧なる我が聖域よ…………!
鏡に囲まれてヤってみろ……?
トブぜ……?
最後に、ビシっと指を指して追加。「録画機能つきぃ!」
こうして我が城できた。
三十分くらいで。




