第27話 何も起きない筈も無く……!?
「はっ、早くしろおっ!早く探せと言っているだろうがぁ!!」
豪奢という言葉を詰め込めるだけ詰め込んだような部屋に、怒声が何度も反響した。クロウリー商会の当主バルガスは、肥えきった腹を前に突き出し宝石をぎらぎらと輝かせた指で部下たちを指差し、真っ赤な顔で唾を飛ばして怒鳴り散らしていた。
額からは脂汗が滲み、血走った目は焦点を失ったまま、周囲を威圧するように泳いでいた。
「数え直せぇ!探せぇ!黒箱が五つ足りん、五つもだぞ!!運搬は完璧だったはずだろうがっ、警備も道中も俺が直々に確認したんだ!!」
「は、はいっ!」「ただちに――」
叱責されるたびに部下たちは背をすくめ、半ば逃げるように部屋を飛び出していく。やがて扉が閉まり、静寂が訪れた。
「……っ、はぁ……はぁ……」
その瞬間、バルガスの体から力が抜けた。椅子に崩れ落ち、ぶるぶると震えながら、親指の爪を汚らしく噛みしめる。怒号も虚勢も消え去り、残ったのは箱を失った恐怖だけだった。
「……み、見つからなければ……、俺は終わりだ……」
黒箱を無くしたとなれば、背後にいる“恐ろしい連中”が黙っている筈もなかった。
脂肪に覆われた体を抱きしめるように丸め、バルガスは子どものように小刻みに震え続けていた。
至福の宴の翌日、私はご機嫌そのものだった。手には昨日見つけた喫茶店で買った、ふわっふわのシフォンケーキ。これを差し入れに、私はミィちゃんに会うため意気揚々と冒険者ギルドへ向かったのである。
「ミィちゃーん、いっるかな~?」
ギルドの中は相変わらず慌ただしく、ミィちゃんは書類と冒険者に囲まれて、華奢な体で大きな胸をぷるんと揺らしながら、ぱたぱたと忙しそうに動き回っていた。
そこで私が現れフードを下ろして素顔を見せると、周囲の空気が変わった。
「……ああっ!?」「……お、お先にどうぞ!」
男どもが妙に気を利かせて順番を譲ってくれた。うん、悪くない。世界は私中心に回っている。私は学んだのだ。
「おはようっ、ミィちゃ~ん!」
「あっ……、お、おはようございます、エリュシェルさん……」
「エリュでいいわよ~。はいこれ、差し入れ~」
箱にラッピングされたシフォンケーキを差し出すと、ミィちゃんは一瞬きょとんとしたあと、ぱあっと顔を輝かせた。
「わぁ……、ありがとうございますっ!いいんですか?」
うえ~ん、尊いよぉ。
私は両肘をカウンターに乗せ、指を組んでその上に顎をのせ、にこにことミィちゃんを眺める。カウンターにはいつの間にか、ハト避けのような木柵が取り付けられていた。ちぇ、飛び越え防止か。
最初こそミィちゃんは緊張して、声も動きもぎこちなかったけれど、私が普通に変なことをせず、にこにこ朗らかに話していたらだんだん肩の力が抜いてくれたようだ。
大きな瞳が視線が泳いで、指先がもじもじして、それでも――ふっとした拍子に、「ほわぁっ」と、人懐っこい柔らかな笑顔を見せてくれた。
キャッッワーー!!!
初対面で昇天させたけど許されたと思われる。よかった。
「それで……今日は、どのような御用でしょうか~?」
「もうすぐお昼時だから、一緒にご飯食べにいかない~?」
「えっ……?えっ、えっとぉ……?」
ミィちゃんは完全にフリーズした。ダメかなぁ?
話を聞くと受付の仕事が忙しすぎて、普段はこの場で適当に済ませているらしい。……はあ?何、その労働環境。ギルドに静かな怒りを向けかけた、その時だ。
「あのぉ、……あ、明日は、ギルドのお仕事、お休みの日なんですけど……」
ミィちゃんが、そっと上目遣いで続けた。
「明日でよければ……、も、もしよければ……お昼ご飯を、ご一緒に……どうでしょうか……?」
「………えっ?」
「わ、私……、実家が小さな食堂を、しているんです……」
ピッシャアアアァァン!
――と雷が落ちた。
……いっ、いっ、いきなり家ェ!!?
いきなり、この私を家に連れ込む気ぃ!?
いいの?それって、本当にいいのぉ??
何も起きない筈も無く……!?
起きるわよぉ!?
ミィちゃん、意外とだぁいたぁん……!!
「いくぅ!ぜったい行くぅ!!」
食い気味に即答した私に、ミィちゃんは「ぱあぁっ」と花が咲いたように笑った。
さらに話を聞けば、ミィちゃんはギルドの受付と実家の食堂を掛け持ちでお仕事しているらしい。働きすぎでは?心配である。
それとついでに、都市のすぐ近くに初心者向けのダンジョンがあることを教えてくれた。
ダンジョンかぁ……興味はあるのよね~。
ファンタジーの王道だし、ミィちゃんのお薦めだし――観光がてらちょっと行ってみるぅ?
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