プロローグ 堕天使は前世を思い出す
「はっ……!!」
私こと”エリュシェル・フォールン”は、庭園で目を覚ました。
夢の中で思い出したのだ。
前世の記憶を……!
私は……いや、俺は……間違いない。
この世界ではないどこか……そう、日本。
俺は、オタクで無職独身で、人生のラスボスが市役所な……
最底辺のアラフォーなおっさんだった……!
歌舞伎町の裏通りでエログッズ買ってウキウキ帰宅してたら、
酔いどれキャバ嬢が涙と酒をまき散らしながら、酒瓶で俺の頭をホームランしたんだ。
パリーーーンと世界が割れ、青空と血飛沫がスローモーションで交差したところ目にして記憶が途切れた。
――そして今。
俺は頭を抱えながら、ふらっふら立ち上がる。
今世の記憶と前世の人生が濁流のように混ざり合い、現状を理解した。
ここは――神都ニフル。
世界の北端、神の血を引く者たちがひっそり暮らす都。
中心にドーンとそびえる巨大樹、その根元の広場に荘厳な白亜の宮殿と、見栄張ったような白い塔がズラリと並ぶ。
……と都と言っても住んでる一族は、三十人くらいなんだけどな。
見た目だけは神聖だが、実態は田舎の限界集落のようなもんだ。
都の外は魔獣が跋扈する大森林。
俺はこの地に生まれて、たぶん四十年くらいは経っている。
「たぶん」なのは、年齢を数えるということがないからだ。
なぜなら――
ここにいるのは皆、堕天使だから。
寿命は永遠。不老不死。
食べなくていい、寝なくていい、金はいらない、大抵なんでも魔法で作りだす。
外敵もいない、魔獣に襲われてもワンパンだ。
堕天使たちは、毎日ふわふわと惰性で何となく過ごしている。
究極の怠惰を貪る一族だ。
勉強ゼロ、努力ゼロ、苦労ゼロ、やることゼロ。欲もゼロ。
感情が薄く、性欲はほぼ無い。ごく稀に恋愛の真似事をするだけだ。
ぽけーと日光浴したり、水浴びしたり。
必要ないのに昼寝してみたり、食べてみたり。
楽器をポロンポロンとつま弾いてみたり。
なんとなく塔を増やしたり、森に狩りに出かけてみたり。
――生きてるけど、死んでいる。
そう感じた時、自分の内側からふつふつと湧き上がるものに気づいた。
堕天使にはないはずの、感情。欲望を。
ククク……クククククッ……!
前世はドブネズミみたいな人生だった。
だが今世は違う!!
バハアアアアーン!(擬音)
俺は右手で顔を覆い、左手を腰に巻き足を交差させると――劇的なポーズを決めた。
イージーモードが約束された人生にほくそ笑む。
そしてふと、自分の身体を見下ろした。
薄衣の下に透けて見える、雪より白い肌。
そこから滑り落ちそうなほどの特大な果実を実らせ、淫らに吸い込まれそうな谷間が見える。
指先まで艶めく手足は、しなやかで触れたら折れそうなほど華奢で、とても官能的。
……エッロッ……!
そこで俺は、近くの石を拾って魔法で巨大な鏡に変えた。
そして――己という存在を、目に焼き付けたのだ。
腰まで流れる絹糸のような白金の髪。
長い睫毛は羽ばたくように軽やかで、
その下の瞳は宝石のように澄んだ薄碧、星屑が浮かびキラキラ輝いている。
鼻筋は端正な彫刻のようで、唇は濡れた花弁のように柔らかく妖艶。
頭上には光輪、背には大きな純白の翼、そして全身が淡く光っている――
神が本気出して造形した女体。
女神か?
いいえ――俺です。
「アアアアアァァァァーーー!!! エッロォォォォーーーーーーッッッ!!!!」
俺は叫ぶとともに近くの白塔に駆け込み、躊躇なく行為に及んだ。
――何をしたかは言うまでもない。




