第一章 7話 再会の破片
そうして一同は、ひと目で老舗だと分かる佇まいをしている古本屋にやってきた。
店主であろうおじいさんはカウンターに座っているが、滅多に客が来ないのだろう。フラフラと揺れ、気持ちよさそうに眠っている。
颯太
「今がチャンスってやつだな。手分けしてそれらしい本や資料を探すぞ。キーワードは『猟犬』と『犬』だ。」
本棚はそれほど数はない。お目当ての本を見つけるのにさほど時間はかからなかった。
1冊目は「リトルの旅路」という題名の絵本。英語の話を子供向けに翻訳したもののようだ。
絵本:リトルの旅路
ある村に恐ろしい犬があらわれました
モヤのようなその犬は次々と村人をころしていきました
そこに通りかかったリトルはあっという間に犬をたおしました
リトルは村人たちのお墓を立てて冒険をつづけます
リトルが旅立ったあと、お墓からたましいが出て、空へとんでいきました
羽弛
「また、"魂"……。」
2冊目はどうやら、伝承を簡略化してまとめたもののようだ。
伝承:猟犬について
猟犬はほどに敏感なり。ほどを渡らば足り憂ふべし。
猟犬は時間に敏感である。時間旅行をする際は十分気をつけなければならない。
"そいつ"に見られてしまったら、もう命はない。
黒いモヤの獣、まさしく猟犬のように四足歩行、全身から膿を滴らせ、鋭い舌を持つ。
その下には、"旧神の印"という文字と共に、星の中に目玉がある模様が描かれている。
渚
「これは?」
颯太
「これは古くから伝わる"邪を祓う印"だ。ビンゴだな。」
見つけた本を戻して古本屋を後にする。これからどうしようかと考えていると、横の路地裏から吸い寄せられるような力を感じた。
抗うことも出来ず、為す術なく路地裏に引きずられていく。
照夢
「ちょっと、何これ、身体が勝手に……。」
路地裏の奥の行き止まり、そこにはフードを被った男がいた。那月と羽弛は彼に見覚えがあるだろう。
フードの男
「おや?君たちか。昨日はよく眠れたかい?」
男の声を聞いて、羽弛の疑問は確信に変わる。間違いない、道頓堀でぶつかってきた男だ。
羽弛は、無意識に左手の甲の印に触れていた。
フードの男
「正直生きていることに驚いているよ。大学生の彼……、山岡正樹、だったかな……?彼はきっと、自分が死んだことにすら気づいてないだろうね。」
「まぁ、君たちの命も、ここまでだ。」
フードの男はそう言うと、落ちていた鉄パイプで横に置いてあった木箱を叩き割る。そうして出来た鋭い角から、黒いモヤが噴き出した。そっちに気を取られている隙に、フードの男はどこかへ消えてしまった。
それを理解したのと同時に、目の前のモヤから、この世に存在する邪悪の全てが集約されているかのような明確な殺意を感じ、背筋が凍りつく。
人が心の底から恐怖を感じた時、意識していた時間は止まるのかも知れない。これが走馬灯ってやつなんだろうか。
5人が周囲に漂う悪臭に気づく頃には、『ソレ』はそこに居た。
ゆらゆらと揺らめき、輪郭が定まらない4本足の『ソレ』は、青みがかった膿のようなものを全身から滴らせながら、今にもこちらに襲いかかろうとしていた。
那月と羽弛は、何故だかその光景に見覚えがある。──フラッシュバックする死の気配。再来した『猟犬』に、足が竦んで動かない。
それは照夢と渚も同じだった。初めて向けられる明確な殺意に、那月と羽弛を殺したのはコイツだと、脳が勝手に結論を出す。
漂う悪臭と殺気に当てられ、目眩と動悸が止まらない。その時──。
颯太
「──飲まれるな!!!」
颯太の喝が、4人を正気に引き戻した。
颯太
「コイツが『ティンダロスの猟犬』だ。恐らく昨夜襲ってきたのもコイツ。照準のマークから推測するに狙いは羽弛だ。羽弛は俺の後ろ、俺が攻撃を受け止めた隙に残りの3人が攻撃を繰り返す。」
那月、羽弛、照夢、渚
「「──はい!!」」
『猟犬』は推測通り羽弛を狙って鉤爪を振りかぶる。颯太はそれを素手で受け止めた。
その隙を見逃さず、那月、照夢、渚はキックや落ちていた角材で攻撃をする。
手応えとかはよく分からなかった。ただ今は攻撃が効いていることだけを信じて殴り続ける。
その時、『猟犬』の鋭い舌が、颯太の脳天を目掛けて放たれたのを、4人は見ていた。
羽弛
「颯太さん!!」
颯太
「──調子に乗るなよ、犬風情が。」
刹那、『猟犬』の舌、前足、首が宙を舞った。
『猟犬』は黒いモヤとなりどこかへ去ってしまった。しばらく様子を伺っても出てこないことから、『猟犬』を撃退できたと見ていいだろう。
照夢
「……いやいやいや!は!?何今の!?」
颯太
「何って……手刀で切断しただけだが。」
渚
「知らないかもしれないけど、手刀で切断は普通できないのよ?」
颯太
「そうか?訓練が足りないだけだろ。」
那月
「てか、最初からそれで良いじゃねぇか!」
颯太
「そういう訳にはいかなかったんだ。お前らが削ってくれたおかげでスムーズに撃退できただけだ。」
「そして、撃退しただけだ。まだ完全に退散させてはいない。」
その時、『CAMO』にメッセージが届く。ブライトだ。
ブライト
『犯人は通天閣の屋上に逃げました。すぐに追ってください。』
颯太
「話は移動しながらだ。」
奇しくも通天閣はすぐ近くだ。5人は足早に駆けていく。
照夢
「なんでブライトちゃんは居場所分かったの?」
颯太
「ブライトの仕事は俺たちのサポートなんだ。寝ている時以外ドローンを使って俺たちを見守り、怪しい者を尾行する。それがブライトの仕事。とはいえ、今回は指示なんて1つも出してないのに、流石だな。」
「それで、話を戻す。『ティンダロスの猟犬』はまた出てくるぞ。相手は俺がする。お前らはあのフードの男だ。」
「諜報員は殺人が許可されている。意味は分かるな?」
那月
「おう、でも捉えた方が良くはあるんだろ?」
颯太
「まぁ、そうだな。聞き出せる情報があればだが。」
やがて通天閣に辿り着く。集合が遅かったこともあり、時刻は17時を回っていた。辺りも暗くなり始めている。
通天閣の入口に「本日臨時休業」という張り紙が貼ってあるのが見えた。
まぁ、そんなのはお構いなしに中へと入るのだが。エレベーターは問題なく起動している。
颯太
「覚悟を決めろよ。」
そうして屋上に着くと、拳銃を持った男がいた。もうフードは被っていない。沈んでいく夕陽の逆光で照らされるその姿は、まるで神のような神々しさすら感じられる。
男
「夕焼けというのは実に素晴らしいものだ……。」
「ふむ……やはり生きていたか。君たちは相当神に気に入られているみたいだ。」
男は恍惚とした表情で、自語りを続ける。
スコット
「僕は空が一層紅く染まるこの時間帯がとても好きでね。この床が一面紅く染まったら、一体どれだけ素晴らしい景色になると思う?」
「僕はスコット。名前だけでも覚えてくれよ。」
スコットと名乗ったその男は、ポケットから小さなグラスを取り出し、それを思い切り地面に叩きつける。そうして出来た鋭い角から、モヤが噴き出す。
目の前のモヤから、この世に存在する邪悪の全てが集約されているかのような明確な殺意を感じる。周囲に悪臭が漂い始めると同時に、『ソレ』は頭から徐々に実体化していく。
やがて実体化が完了するが、心なしか先程より小さくなっているように見えるだろう。
ゆらゆらと揺らめく四足歩行に、青みがかった膿のようなものを全身から滴らせている猟犬のその姿は、何度見ても慣れることはない。
スコット
「もう逃げるのは終わりだ。今度こそ、相手になってあげるよ。」
そう言ってスコットは拳銃を構える。
颯太
「ベラベラとうるさい野郎だ。自語りはモテないぞ。」
スコット
「煽ったってムダさ。これから死ぬ人間に何を言われても、ちっとも響かない。」
颯太
「構えろ。予定通りに行くぞ。」
各自頷き、颯太は『猟犬』へ、他4人はスコットの相手をする。
スコット
「質より量ってことね。てことは向こうはワンちゃんを1人で倒す算段がある、と。」
那月
「本当にうるさい野郎だな!自分よりあの『犬』の心配か、よっ!」
先陣を切った那月の拳がスコットの頬を掠める。然し、スコットはその隙を見逃さなかった。
スコット
「力に任せた大振りな攻撃、実戦経験は皆無だね。──だから捕まるんだよ。」
スコットは那月に組み付き、側頭部に拳銃を突きつける。
スコット
「はいストップ。動いたら撃つよ。」
照夢
「ったくバカ!何してんの!!」
那月
「オレのことは気にすんな!やれ!!」
渚
「無茶言わないで。出来るわけないわ。」
スコット
「ま、どっちにしろ撃つけどね──。」
スコットは引き金を引こうとする。が、こうして注意を引きつけるのが羽弛の狙いだった。
羽弛
「──自己犠牲は関心しませんね。」
グイッと上に向けられた拳銃は、空に向かって発砲された。
スコット
「これが狙いか……ッ!!」
手が緩んだ隙に、那月が組み付き返し、すかさず渚が拳銃を取り上げる。
渚
「これは危ないから没収ね。」
那月
「お前の負けだぜ、スコット。敗因は慢心ってところか?」
スコットは俯いてしまった。
羽弛
「どうせですし、1人1発ずつお見舞いしませんか?」
那月
「サンドバッグ代わりにパンチの練習すっか!」
何故か全員乗り気で、スコットの腹を目掛けて拳をお見舞いした。滅多に受けない痛みによって、スコットは気を失ってしまった。
一方颯太も、問題なく『ティンダロスの猟犬』を足止め。スコットが気を失ったのと同時に消失した。
颯太
「お疲れ、無事で何よりだ。羽弛の手の甲はどうだ?」
羽弛は思い出したように左手の甲を見るも、そこに照準のようなマークは既に無かった。
羽弛
「あ、綺麗に消えてますね。」
照夢
「良かった。これでもう狙われることはないってことだよね?」
颯太
「そうだな。今回スコットを倒したことで、恐らく殺人事件はもう起こらないはずだ。『大阪府連続殺人事件』は解決!だ。」
「──さて、……おい、起きろ。」
颯太は気絶しているスコットの額に銃口を当てて問いかける。
颯太
「名前を答えろ、フルネームだ。」
スコット
「……スコット・スミス……。」
颯太
「18時12分、スコット・スミス、殺人未遂とその他諸々の現行犯で逮捕する。」
スコットに手錠がかけられた。
颯太
「こいつの身柄は警察が責任を持って預かる。この件は新田にも伝えておこう。」
「お前らは大いに活躍してくれた。今日からしばらく休みだ。来週の水曜、10時に探偵社に行ってみろ。きっと新しい事件に会えるぞ。じゃあな。」
そうして大阪で颯太と別れ、せっかくなのでたこ焼きやお好み焼きなんかを食べて、各々家に帰ることになる。
それにしてもこの2日間は大変だった。不透明統制部隊、不透明事件、蛸神様、ティンダロスの猟犬、シャノワール教団。この世にあんな化け物が存在していたなんて考えもしなかった。
ベッドで横になってそんなことを考えていると、余程疲れが溜まっていたのだろう。意識がだんだん遠のいていくのを感じる。
夢か現か曖昧な記憶の中、那月は目にする。触手が密生しているタコに似た頭部、ウロコに覆われた身体に大きなかぎ爪、背中には細長い翼が生えている山のような大きさの怪物を。
那月は、この方こそが話で聞いた蛸神様であり、目の前にいるのは崇めるべき神なのだと理解する。
それを取り囲むように、黒いローブを纏った人間が数十人、何か言葉を唱えているのが分かるだろう。それを見た直後、意識は闇に飲まれていった。
意識が沈む直前、那月はその片鱗を聞いてしまった。
???
「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」
那月
「──ッ!?なんだ……?」
瞬間、那月は頭痛によって目を覚ます。その時には既に、夢の内容は全く覚えていないのだった。
──時間は少し遡り、4人と別れた後の颯太とスコットの行方だ。
颯太
「さて、行くぞ。お前は大阪府警に引き渡す。ついでに情報も吐いてくれると嬉しいんだがな。」
スコット
「君たちに話すことは、何も無いよ。」
スコットは不敵に微笑む。それが酷く不気味だった。
颯太
「……そうか。それでも……、おい。おい!」
スコットの口から血が流れる。舌を噛み切って絶命したのだ。
颯太
「クソ野郎が……。」




