第一章 6話 悪意と善意
集合したのは駅前のビジネスホテルの前だ。那月と羽弛が既に待機しており、そこに颯太、照夢、渚が合流する。
颯太
「お疲れ、話は後でしよう。俺はそこのビジネスホテルを取ってくる。お前らはその間にそこのコンビニで飯買って来い。あ、俺の分も適当に選んでくれ。」
颯太は早口でそう告げると、足早にホテルへ向かってしまった。
那月
「ったく、ムズいこと言うぜ。」
羽弛
「面倒ですので、ここは全員同じものにしませんか?その方が合理的です。」
照夢
「さんせーい、ボクもう疲れちゃった〜。」
渚
「私もそれで良いわ。」
そうして4人はコンビニで色々買った後、颯太と合流する。
颯太
「買ってきてくれたか、ありがとな。」
「部屋が316、317、318の3つしか空いてなくてな、それぞれベッドが2つずつあるからどこに泊まっても変わらないんだが、お前らどこがいい?」
那月
「男と女で別れようぜ。いいだろ?」
羽弛、照夢、渚は頷くことだろう。
颯太
「生憎ベッドが2つしか置かれてないらしい。俺は余った部屋で良いよ。」
那月
「そっか、じゃあ俺と羽弛は316号室、照夢と渚は317号室、颯太さんは318号室ってことで!」
颯太
「それじゃあ318号室に集まってくれ。飯食いながら情報整理だ。」
318号室にて、一同は情報交換をする。殺人事件については収穫が少なかったこと、羽弛がフードの男に手の甲を触られたこと、山岡正樹のこと、大阪城で見つけた蛸神様の資料と意味深なメモのこと。
情報整理をし、明日は街で見つけた古本屋で資料を探すことを決めたところで、時刻は既に1時を回っていた。そろそろ寝ようと、各自部屋に散らばることだろう。
那月
「っあー!流石に疲れたな!」
伸びをする那月に、羽弛はあくびで返す。
羽弛
「そうですね。那月、先にシャワーどうぞ。」
那月
「じゃあお言葉に甘えるよ、ありがとな。」
そうして各々シャワーを浴びた後、すぐにベッドに横になる。
OCFにスカウトされてからまだ1日しか経っていないらしい。内容が濃すぎる。というか普通当日に遠出するか?前もって言っといてくれよ。今後もやって行けるのだろうか。
目をつぶってそんなことを考えていると、相当疲れが溜まっていたのか、あっという間に眠りに落ちてしまった。
火夜那月は、微かに聞こえるガタガタという音で目を覚ます。
音の出処を見つけようと周囲を見ると、机の角から黒いモヤのようなものが出ているのを見つけた。
那月
「……『角から煙』……。おい!羽弛!起きろ!!」
大阪府連続殺人事件の被害者のメールを思い出し、それが颯太から聞いていた『ティンダロスの猟犬』であると推測した那月は、迷わず羽弛を叩き起した。
羽弛
「……なんですか?……って、まだ夜じゃないですか……。」
那月
「いいからあれ見ろって!!」
祖月輪羽弛も、『ソレ』を見た。眠気が一気に吹き飛ぶ感覚に目眩を起こす。夢かと思い目を擦り頬をつねるが、間違いなく現実だ。
それを理解したのと同時に、目の前のモヤから、この世に存在する邪悪の全てが集約されているかのような明確な殺意を感じ、背筋が凍りつく。
人が心の底から恐怖を感じた時、意識していた時間は止まるのかも知れない。これが走馬灯ってやつなんだろうか。
那月と羽弛が周囲に漂う悪臭に気づく頃には、既に『ソレ』はそこに居た。
ゆらゆらと揺らめき、輪郭が定まらない4本足の『ソレ』は、青みがかった膿のようなものを全身から滴らせながら、こちらへ飛びかかって来る。
那月は素早く前に出て、『猟犬』の鉤爪を枕でいなした。鋭い鉤爪に当たった枕は無惨にもバラバラになる。
那月
「みんなを呼んでこい!!早く!!!」
その判断がまずかった。『猟犬』は標的に迷いなく飛びかかる。部屋を出ようとする羽弛の首が、──刎ねられた。
那月
「あ──、ああああぁあ!!!!」
理解が及ぶのと同時、那月は深い絶望と喪失感に襲われる。当然だ、『猟犬』の鋭い舌が那月の脳天を貫いているのだから。
『猟犬』の膿が那月の頭をグズグズに溶かしていく。──初めて経験する死。その間際、那月は羽弛の左の手の甲に、照準のようなマークが浮かび上がっているのが見えた。
照夢と渚は朝になって目が覚める。昨日はビジネスホテルに泊まったんだった。おはようと声をかけ合い、身支度をして廊下で皆を待つことにした。
しばらくして颯太が出てくる。
颯太
「おはよう。早いな。」
照夢
「社会人の基本だからね。」
渚
「それにしても、那月と羽弛は遅いわね。」
既に集まろうと決めていた時間は過ぎている。
照夢
「……ねぇ、起きてる?そろそろチェックアウトの時間だから出て来てよ。」
──返事はない。照夢は嫌な予感がしたのを必死に押し殺しながら、ドアノブに手をかける。
照夢
「ちょっと、返事も無し?いつまで寝てんの──、」
照夢は何故か重いドアを開ける。部屋の床には、もう固まってしまった赤黒い液体が広がっていた。
照夢
「なに、これ……?ねぇ!那月!羽弛!いるんでしょ!?」
途端、ゴトリと何かが倒れる音がする。恐る恐るドアを開けきって部屋に入ると、照夢は見つけてしまう。
首と胴体が刃物のようなもので斬られて真っ二つになった羽弛と、頭が溶けてグズグズになった那月の姿を。
渚
「ウソ、でしょ……。」
照夢
「──うっ、」
短い時間だが、育んだ友情は確かなモノだった。失うのは一瞬、仲間の繋がりというのはこんなにもあっさり断ち切られてしまうものなのか。
悲壮感、絶望、無念。その全てに嫌気がさし、照夢はその場に吐瀉物をぶちまける。
颯太
「はァ……、渚、照夢を連れてこの部屋から出ろ。」
渚
「……何する気?」
颯太
「どうにかする。信じてくれ。」
颯太は食い気味にそう言うと、渚と照夢を追い出して鍵を閉めてしまった。中から声が聞こえる。何かをブツブツ呟いているようだが、内容までは聞こえない。
渚
「照夢ちゃん、大丈夫?」
渚は照夢の背中を擦りながら、昨日買っていた水を手渡す。
照夢
「ありがと……。少し、落ち着いた。……これからどうなるんだろ。」
──どのくらい眠っていたのだろう。火夜那月が目を覚ますと、目の前には知らない天井があった。
どうやらそこは古い木造の家のようだ。人が住んでいる痕跡と暖かさがある。
ゲニウス
「目覚めたか、迷い人よ。無事で何よりじゃ。」
声のする方を見ると、金髪の小学生くらいの女の子が立っている。
ゲニウス
「全く……、正規の道を通ってきて欲しいものじゃ、面倒で仕方がない。」
那月
「──ッ!!……??」
何者なのか、ここはどこなのか、聞きたいことは山ほどあるのに、那月の口は言葉を紡げなかった。
ゲニウス
「言ったじゃろう、正規の道を通ってきて欲しいと。隣のそやつも含めて、声が出せぬのじゃろ?」
隣を見ると、そこには羽弛がすやすやと眠っていた。起こすのは忍びないが、状況を把握する為にも起こすことにした。
羽弛
「──ッ!!」
羽弛は絶叫しながら飛び起きたように見えたが、やはり声を出すことは叶わなかったようだ。
ゲニウス
「まぁ良い、ちょうど暇しておったのでな、主らの疑問に答えよう。」
「ワシはゲニウス。この死者の世界、ニライカナイを護っている守護神じゃ。主ら人間には、──"閻魔大王"なんて呼ばれておるかの。」
突然自らが閻魔大王であると打ち明けた眼前の少女に、那月と羽弛は目を見開くしか出来ない。
ゲニウス
「ふむ、信じられないのも当然じゃろう。閻魔は大柄な男という伝承が多く残っておる。ワシの姿は逆に映っておるのか?」
「『守護神ゲニウスは助けを求む者の望む姿に変貌する』。現代ではそう残っておるはずじゃ。つまり、主らはロリっ子に救われたいと思っておる。」
「なに、ワシはそれを知ったところで何とも思わん。救いの神は人によって様々であると知っておる。……して主ら、火夜那月と祖月輪羽弛じゃな?」
「どうして名前を知っておるのか、それはワシが神であるからじゃ。」
「災難な子じゃのう、主らは不審死を遂げた。死んだんじゃよ。じゃから声が出せない。」
その後も、ゲニウスと名乗った少女はこちらの脳内を覗いているかのように疑問に答えてくれた。
体感で20分程が経った時、ゲニウスは突然話すのを辞めた。
ゲニウス
「ふむ、外から主らを呼ぶ声がするのう。そろそろ時間のようじゃな。ほれ、早う行くがよい。」
「あ、覚えておるかは分からんが、ワシのことは口外禁止で頼むぞよ。」
幼女の言葉によって意識が切り離される感覚がする。眠りに落ちるのに近い感覚だ。2人の視界は徐々に暗転していく。
那月
「……ん、あれ、」
羽弛
「うわあああ!!……?」
ゆっくりと目覚める那月と、飛び起きる羽弛、そしてそれを隣で見ていた颯太の姿。
那月と羽弛は何かに襲われたことを覚えている。
那月
「お、おはよう、颯太さん。」
颯太
「おはようさん、よく眠れたか?」
羽弛
「それが……昨夜何かに襲われたんです。何かまでは覚えてないんですが……。」
颯太
「なるほど、それで?なんともなかったのか?」
羽弛
「それが分からないんです。何に襲われたのかも、どうなったのかも。」
颯太は怪訝な顔をする。分からないものは分からないのだから仕方がない。
颯太
「そうか。ひとまず準備をして廊下に来い。そろそろチェックアウトの時間だ。」
しばらくすると颯太が部屋から出てくる。
颯太
「待たせたな……もう大丈夫だ。」
颯太の後ろを見ると、元の清潔で綺麗な部屋に戻っていた。更に、見間違いだろうか。死んだはずの2人が、五体満足でそこに立っている。
那月
「悪ぃな、寝すぎちまったみたいだ。」
照夢
「え、……なんで?」
羽弛
「なんで、とはどういう意味でしょう?」
照夢
「だって、2人は死ん──、」
照夢の言葉を颯太は遮った。
颯太
「なんでもない。照夢も、こいつらはただ寝すぎてただけだ。」
そんな会話をしながらロビーへ向かう。
渚
「調子はどう?」
羽弛
「……正直、いつも通りという訳ではありません。僕たちは昨夜、何かに襲われたんです。」
那月
「そうそう、でも何に襲われたか覚えてないんだよなぁ。……あ、そういえば羽弛の左手!」
一同は羽弛の左手の甲を見る。確かに、昨夜見た照準のようなマークが描かれている。
羽弛
「これ、は……。昨日フードの男に触られた場所です。やはり何かされていた……。」
フロントでチェックアウトを済ませた颯太が戻ってきたところで、どこからかニュースの声が聞こえてきた。
ニュース
『本日未明、府内に住む大学生の山岡正樹さんが、自宅で亡くなっているのが見つかりました。警察は、遺体に刃物で斬られたような傷があることから、先月から府内で立て続けに起きている殺人事件との関連性を調べています。』
照夢
「ねぇ、山岡正樹って、昨日水族館にいた人だよ!」
颯太
「あぁ、聞こえた。……これは悠長にしていられないぞ。」
那月
「もしかして、山岡もオレらみたいに襲われたんじゃないか?」
颯太
「……友人が殺された翌日、そして俺たちと接触した日の夜に死んだ……。そうだな、襲われて殺された可能性は高い。」
「急ぎたいが手がかりがあまりにも少ない。まずは昨日決めた古本屋に向かう。」




