第二章 7話 浄土
一同はその後また遊園地に戻り、奥の方にあったレストランに来ていた。
照夢
「レストランは今までと比べて新しいね。……ん、鍵かかってるわ。」
羽弛
「そう言えば、先程の空間で鍵を見つけたんです。」
羽弛小さな鍵を差し込むと、見事に鍵が開いた。何故レストランの鍵があんな場所にあったのか、そんな疑問はこの場所の特性を考えれば無駄であると分かる。
レストランの中も、外装と同じようにそこそこ綺麗だ。天井には明かりのついていないシャンデリアが飾られており、各テーブルに置かれたミニランプが淡い光を零している。
那月
「店員は見当たらないし、やけに静かだな。」
渚
「何だか不気味ね……。あら、あのテーブルのミニランプだけ光ってるわ。」
ミニランプが灯るテーブルの側面には、49番と書かれている。
羽弛
「……うわっ!」
テーブルに近づくと、意思に反して身体が勝手に動く。
意識はハッキリしているのに、身体が動かせない。まるで乗っ取られているかのようだ。
照夢
「か、金縛り!?」
4人の身体は49番テーブルに歩み寄り、そのまま席に座る。
瞬間、突然視界が真っ暗になり、同時に身体の自由が効くようになった。
那月
「ただの停電だ! みんな座ったままで復旧するまで落ち着こうぜ!」
那月が諭して数分後、停電が復旧する。
照夢
「っはぁー、ビックリした……。」
那月
「──ッ! 伏せろ!!」
那月は背後からの殺気にいち早く気づき、隣に座っていた羽弛の頭を下げた。
直後、何かが物凄い勢いで4人の頭上を通り過ぎる音がする。
周りを見れば、銃を構えた店員が那月たちを取り囲んでいた。
渚
「随分手厚い歓迎ね。」
羽弛
「ざっと見て20人、彼らも死人のようです。可能であれば銃を取り上げて、49番テーブルの上に集めてください!」
羽弛が言うように、店員の目は虚ろで操られているようだ。これまで見てきたように、彼らも『魂消失事件』の被害者なのだろう。
4人は一斉に散らばり、店員と戦闘を開始する。由芽高に行く前に那月に軽く教わっておいて良かったと心から思う。自分でも驚くほど戦闘が簡単になった。
那月はコンバットナイフで店員の手を切断するプラン、羽弛は遺体を盾にして拳銃で片付けるプラン、照夢と渚は顎先や首を狙った打撃で気絶させていくプランを実行する。
然し店員も馬鹿では無い為、一筋縄では行かない。慣れていない那月以外の3人は、店員1人倒すのがやっとだった。
照夢
「くっ……このままじゃジリ貧なんだけど!」
那月
「もう少し踏ん張れ! こっちはもう少しで片付くから──!」
その瞬間、レストランのドアが破壊され、飛んできた扉が店員に当たる。
ハオ
「大丈夫!? スケダチに来たよ!!」
羽弛
「貴方は!?」
ハオ
「危ないっ!!」
羽弛の後ろに迫っていた店員を、入ってきた青い髪の女は物凄い瞬発力で跳躍し、仕留める。素早い掌底、店員の首はグルンと一回転し、その場に倒れた。
ハオ
「ジコ紹介は後! こいつらをぶっ倒すのが先!!」
那月
「あぁ!」
那月も相手をしていた最後の一人を倒し、青髪の女と分担して周囲の店員たちを倒していく。
拳銃を回収し、集めたことによって、スムーズに戦闘を終えることができた。
店員の死体は白い透明な"魂"になってどこかへ消えてしまう。
同時に集めた拳銃も消えた。この謎の空間が作り出した存在しない物なのだろう。
ハオ
「ふ〜何とか倒せたね、周りも今は安全、もう大丈夫よ!」
照夢
「ありがと、助かったよ。」
渚
「あなた、相当やり手ね。」
青髪の女は掌底や蹴りなど、拳法の使い手のようだった。時折見せた投げ技は、我々のよく知る柔道に近い。
羽弛
「では改めて、貴方は?」
ハオ
「ワタシは浩宇、ハオって呼んでいいよ!」
ハオと名乗った女の胸元には、よく知るバッジが付いていた。
那月
「よろしくな、ハオ! ……そのバッジ、諜報員か!?」
ハオ
「てことは、アナタたちも諜報員?」
羽弛
「はい、僕たちは全員OCFの諜報員です。」
照夢
「ハオはなんでここに?」
ハオ
「えっと、電車で寝過ごして、気がついたらここに来てたよ。」
渚
「私たちと同じね。ここに来る人はみんな電車で来るのかしら。」
ハオ
「この遊園地絶対ヤバいから、みんなと一緒に行ってもいい?」
那月
「もちろん、大歓迎だ!」
一行はハオを仲間に迎え入れ、安全になったレストラン内を調べることにした。
那月は49番以外のテーブルを調べている。
那月
「店員はあんなだったのにテーブルは随分綺麗に拭かれてるな……。お?」
塵一つ乗っていないテーブルの上のホルダーには伝票が入っている。
那月
「『シシャノタマシイココニツドウ』……。死者の魂ここに集う……? あの白いやつは全部死者の"魂"だってのか? ……なんか……棺桶みたいだな。」
羽弛と照夢はレジを調べていた。
照夢
「全然お金入ってないや。まぁ、そりゃそうだろうけど。」
羽弛
「電源が入っていないのでしょうか……これ見てください!」
羽弛が指し示したのは根元の方で断ち切られたレジのプラグではなく、その横の黒い手帳だ。
照夢
「これ手帳? 結構年季入ってるね。」
2001年
3月27日
見知らぬ遊園地に来た。パーク名はアトチェーヤニエというらしい。
誰かに見せるつもりはないが、出られるまで日記を付けていこうと思う。
僕は電車に乗っていたはずだ。少し寝過ごしたと思ったら、乗客は僕しかいなくなっていた。
念の為名前も記しておく。
喜多神 大和 22歳 男
消防士/OCF
3月28日
散々な目に遭った。客が1人も居ないのに陽気なピエロたちが騒いでいるのが妙だと思い、園内を探索したのだが、これといった収穫は無し。
それどころか、観覧車に近づいたら魚のような化け物に襲われた。
何とか逃げて、今はレストランに立てこもっている。奴らが僕を探しているのなら見つかるのは時間の問題だろう。
3月29日
外の様子を少し見てみた。未だに客は来ないが、その代わりに宙に浮いた白い透明の何かが少しずつ増えてきた。これはなんだろう。
魚の化け物共は僕を探しては居ないようで、観覧車の番人をしているみたいだ。
携帯電話は圏外だが、レストランには僅かに食料もある。同期が人数が少ないことに気付き、救助が来ることを期待して待機する。
3月30日
する事もないので、白い透明について調べていた。
正体は分からないが、どうやら実体はないようで、触っても何も起きなかった。
行動は滞空して周囲を飛び回るだけ、規則性は無い。
壁をすり抜けることができ、食事を必要としないことから生物ではないと推測できた。
それにしても、ずっと独りでこんな場所に居るのはかなりしんどい。せめて話し相手が欲しいな。
3月31日
ふと、白い透明は人魂なんじゃないかと思った。根拠はない、ただ漠然とそう思った。
人魂と言えば、上層部の人間は1998年から「魂消失事件」を追っていると聞いたことがある。この人魂と何か関係があるかもしれない。
もしかすると、ここは本来、来ては行けない場所なのではないか。
そう思って、メリーゴーランドやジェットコースターにメッセージを残しておいた。
それにしても暇だ。研究にも身が入らなくなってきた。
3月32日
頭が回らない。疲れた。もう何も考えたくない。
3月33日
救助はまだか。早くしてくれ。
3月34日
気がくるいそうだ。はやくここからでたい。
3月35日
ねむれない。あせる。
3月36日
ねむい。あるいたらさかなに、あしくわれた。
3月37日
ねむい。あつい。さむい。さむい。
3月38日
もうげんかいだ。
3月39日
よばれている。
3月40日
いかなきゃ。
羽弛
「喜多神大和さん……。ここには"魂"が集まっている。」
照夢
「精神に異常をきたしてる……ボクたちも早く脱出した方がいいかも。」
渚と浩宇は厨房を調べようとしていた。
渚
「ホールに居た時は気づかなかったけど、結構臭うわね……。」
厨房に近づくにつれて、異質な悪臭を感じる。口元を抑えながら入った厨房は、見かけによらず大きめで、やはりここも綺麗になっていた。
ハオ
「食器とか全部溜まったまま……ずっと使われてないみたいよ。」
この場所にまともな人間が居たのはいつのことなのだろうか。そもそもここに人間は居たのだろうか。
もう少し奥に進むと調理場に着く。調理台の上には木のまな板が置かれている。
ハオ
「包丁も錆びてボロボロ……、うぇ、」
最も驚いたのは調理しようとしていた物だ。まな板の上には、切断された人間の腕が乗っていた。妙に生々しい現実にハオは立ちくらみを起こす。
渚
「ちょっと、大丈夫? ……この辺、特に臭いが強いわね。」
ハオを介抱しようとして、渚は付近の大きな生ゴミ入れを視界に捉えてしまう。そこに捨てられた、既に調理されてしまった人間の頭部と目が合ってしまった。
一瞬揺らいだが、すぐに気を取り直して見て見ぬフリをする。
ハオは少しだけ落ち着いたようだ。そういえば、臭いにばかり気を取られていて肝心な所を見ていなかった。後ろにそびえる業務用の冷蔵庫だ。
ハオ
「この冷蔵庫も、調べた方が良いよね。」
渚
「覚悟した方が良いわ。ロクなものは入ってないだろうから。」
ハオと渚は腹を括って冷蔵庫の扉を開ける。
予想通り、ハオが見たのは冷蔵された人間の死体だった。かつて人間だった者たちがぎゅうぎゅうに詰められている。
ハオ
「やっぱり……、」
然し、渚が見たのはハオとは違う光景だった。戸を開けた瞬間零れ出した冷気がモヤのようなり、渚の前を覆う。
そうして冷気に映し出されたのは、残酷な姿の人間、否、残酷な死を迎えた自分自身だった。
渚
「趣味悪いわ……。」
2人はそっと冷蔵庫の扉を閉じ、探索を終える。
ホールに戻り全員集合、情報を共有してレストランから出ることにした。
羽弛
「どうやらここには人喰い魚がいるようです。」
那月
「……魚? サメじゃなくてか? いや遊園地にサメがいるのもおかしいけどよ。」
照夢
「みつけた手帳に書いてあったの。20年以上前にOCFの諜報員の喜多神大和さんがここに来てたみたいで、魚に足を食われたって書いてある。」
渚
「用心しましょう。……厨房にはこれといったものは無かったわ。」
渚は厨房で見た光景はノイズになると思って伏せた。ハオもそれを理解しているらしく、それ以上の言及はない。
那月
「そうか、オレが見つけた伝票には、ここは"魂"が集う場所だって書いてあったぞ。」
ハオ
「みんなと会う前に、白いのがたくさんフワフワ浮いてるの見たけど……あれが"魂"?」
羽弛
「そうです。僕たちは今までの不透明事件で同じものを見てきました。」
照夢
「とりあえず出よっか! あんまり長居しない方が良いだろうし。」
5人がレストランから出ると、その後方に大観覧車が見えた。
渚
「あんな観覧車あったかしら……。」
ハオ
「ワタシが来た時はなかったよ。多分、あるって思ったから現れたのかも。」
那月
「そんなのもあるのか……。とりあえず行ってみようぜ!」
5人は観覧車の前にやってきた。
ハオ
「ワタシ観覧車って乗ったことないよ!」
照夢
「じゃあみんなで乗ってみよっか。」
然し、現状ゴンドラは回っていない。制御室には鍵がかかっていて開きそうになかった。
その時、突然後ろに気配を感じる。
那月
「誰だ!?」
振り返ると、そこには身長180cmほどの大柄な男が2人立っていた。
何より驚いたのは、ギョッと見開いた不気味な瞳孔、思い出したのは、山鹿商店街で出会った魚男。アイツに酷似している。
ハオ
「コイツらならワタシ一人で十分よ!」
ハオは4人の前に出る。
那月
「お手並み……はさっき見たか。頑張れハオ!」
ハオはしなやかな身のこなしで、ジャンプしながら2発蹴りを入れる回転蹴りを放つ。確か旋風脚という技だ。魚男の胸と頭を正確に捉える。
ハオの脚力は凄まじく、かかとで攻撃した頭は胴体と切り離されていた。
照夢
「容赦ないな……。」
渚
「そんな筈ないけど、あの魚男が脆く感じるわね……。」
ハオはもう一体の魚男の反撃を許さない。素早く近づき、魚男の腹に拳、肘、回転して勢いを付けた掌底を叩き込む。
魚男は吹き飛ぶ直前、鍵を落とした。恐らく観覧車の番人だったのだろう。
魚男はもう起き上がることはなかった。
羽弛
「お見事です。我々にはあまり馴染みのない技ですね。」
ハオ
「中国拳法よ! ワタシは中国拳法と柔道を混ぜた技使うから。あっこれ、鍵! これで開くかも!」
魚男が落とした鍵で制御室を開けることができた。制御盤の電源を入れれば、ゆっくりとゴンドラが回り始める。
観覧車はかなり古いこともあって、ギイギイと、本来立ててはいけない音を立てている。
那月
「怖ぇけど……乗るしかないよな……。」
5人は回ってきたゴンドラに乗り込む。最初にみつけたのは、ゴンドラの中に書かれた赤い文字の文章だ。
憎い。憎い。
私がここにいるのはあの男のせいだ。
ある日突然あの男に殺された。
許さない。許さない。
男の名は▇▇▇▇。警察手帳を持っていた。
必ず呪い殺してやる。
私と同じ苦しみを味わわせてやる。
照夢
「凄い怨念を感じるね……、塗りつぶされてるのは名前かな。」
羽弛
「恐らく4文字ですね。フルネームかと。」
渚は浮かんだ名前を口に出す。
渚
「……神崎颯太……? 警察って言ってたし……。」
那月
「ははは……まさか! そんなわけないだろ!」
その名前に疑問を抱いたのはハオだ。驚いた様子で質問してくる。
ハオ
「颯太さん、知ってるの?」
那月
「ん、おう! 颯太さんは俺らの上司だ。ハオも知ってるのか?」
ハオ
「うん、ワタシ"WING"のメンバーだから!」
4人
「えぇ!?」
こんな偶然あるのだろうか。『CAMO』のグループチャットを確認しようとするも、携帯は圏外だ。使えねぇな。
那月、羽弛、照夢、渚、颯太、結衣の他にあと5人居たのは見ている。うち2人はブライトと翠だ。残り3人のうちの1人と出会ったのは、運命と言うやつなのかもしれない。
4人が大きくリアクションを取ったせいでゴンドラが激しく揺れる。
照夢
「待って待って落ち着いてみんな! 一旦冷静になろう。」
渚
「私たちも"WING"所属よ。こんなところで会うとは思わなかったわ。」
ハオ
「メンバー増えたんだ! 任務で遠出してたから全然知らなかったよ、みんなこれからもよろしくね!」
ゴンドラはゆっくりと上がり続け、やがて頂点へ達した。上からの景色は絶景、という訳でもなかった。見えるのは白い透明の何かの大群で覆われた遊園地だ。
ハオ
「うーん、あんまり綺麗じゃない……あれも全部"魂"かな?」
羽弛
「恐らく……先程は無かった筈ですが……。」
そんなことを考えているうちに、ゴンドラが一周してしまった。観覧車から降りると、突然地鳴りがする。
照夢
「な、何!? 地震!?」
周囲を見渡すと、観覧車の奥の方から白い波が押し寄せてくるのが見えた。
那月
「雪崩か……!? いや……、」
白い波をよく見ると、間違いない、人魂の大群だ。心なしか人魂は人間の顔になっているように見える。
見渡す限りの混沌、周りの全てを飲み込み、こちらへ迫ってくる実体のない人間たち。
5人は、きっとこれが今までに抜き取られた魂の末路なのだろうと、本能的に理解する。
ハオ
「ヤバいヤバいヤバい! 早く逃げるよ!!」
5人は魂に飲み込まれないよう一心不乱に走る。
そうして着いたのは、始まりの地、アトチェーヤニエと書かれた駅。見ると、駅には電車が止まっていた。
那月
「乗るぞ!!」
あれこれ考えている暇はない。那月たちが乗り込むと、電車のドアが閉まる。
最後に目に映ったのは、悲しそうな魂の顔と、何かを訴えるような叫び声だった。
電車は遊園地から徐々に離れていき、やがて完全に見えなくなる。逃げきれたと見て良いだろう。
ホッとしたからか、安堵による眠気が襲ってくる。那月たちは為す術なく眠りについてしまった。
目を覚ますとそこは平原だった。浩宇の姿は見当たらない。
渚
「私たちさっきまで電車に乗ってた筈よね……?」
羽弛
「その筈です。ここは……、向こうに家がありますよ!」
羽弛が示した先には一軒家があり、手前に小川とそれに架かった橋がある。小川はどこまで続いているのか、先が見えなかった。
照夢
「なんか……嫌な予感がするんだけど。これってお彼岸の……あ、ちょっと那月!!」
那月は3人を置いて先に橋を渡っていた。然し何だか様子がおかしい。驚いているような表情で固まっている。
照夢
「もう! 2人も行こ!」
橋を渡りきると、目の前の家はそのままに、平原だったはずの風景が一瞬で森に変わった。
後ろを見ると、今渡ったはずの橋も川もなくなっている。
那月
「さっきまで平原だったよな……。それにこの家、なーんか見覚えあるんだよな。」
羽弛
「僕も思ってました。どこかで……、」
木造建築の古い家。作られてからかなりの年月が経っているのが素人目にも分かる。
渚
「良い家ね。」
照夢
「ノックしてみたら?」
那月
「あぁ、そうだな。」
家のドアをノックしてみると、中からバタバタと何かが転がるような音が聞こえてくる。
ガチャっと扉が開き、中から出てきたのは小学校高学年くらいの少女だ。金色の髪に蒼色の眼のその少女はこちらを一瞥し、口を開こうとした。然し。
那月、羽弛
「──ゲニウス様!?」
先に口を開いたのは那月と羽弛だった。2人は全てを思い出した。守護神に会ったこと、死の淵をさまよっていたこと、『猟犬』に惨殺されたこと。なぜ忘れていたのだろう。
ゲニウス
「主ら、また来たのか。今度は喋れるようじゃが、難儀じゃのう。」
照夢
「なに、知り合い?」
那月
「知り合いってか……、」
ゲニウスは那月を制止する。
ゲニウス
「これ、ワシの数少ない楽しみを奪うでない。迷い人よ、とりあえず上がってくれ。」
渚
「じゃあ……お言葉に甘えて……?」
ゲニウスと呼ばれた少女に案内されるがまま、家の中に入る。
家の中には少女1人しか住んでいないようだ。ワンルームで見たことの無い道具が置かれている。
家具は木製のものが多く、どれも綺麗に整えられている。怪しいものは特に見当たらない。
那月たちが椅子に座ったのを確認すると、少女は話し始める。
ゲニウス
「ワシの名前はゲニウス。この死者の世界、ニライカナイを護っている守護神じゃ。主ら人間には、"閻魔大王"なんて呼ばれておる。」
照夢
「閻魔大王!? ボクの知ってるのと随分違うけど……。」
ゲニウス
「ワシは見る者によって姿が変わるからの。」
「本題に戻るぞ。自覚はないじゃろうが、主らは今、人魂になっておる。主らが見ているのは魂にこびり付いた肉体の残穢じゃ。このまま肉体と魂が離れている時間がしばらく続くと、取り返しがつかなくなる。」
「突拍子もない話じゃが……、」
そこまで言って、ゲニウスは合点がいったような顔をした。
ゲニウス
「ほう、なるほど。気が変わった。本来は色々やらなきゃならんのじゃが、今は少しだけ気分がいい。ワシが魂を肉体に戻してやろう。」
「じゃが条件がある。ワシと話をしてくれ。なんせ口を動かせる迷い人は久々じゃからの。退屈で仕方なかったんじゃ。」
「長く生きておるから、主らよりかは色々知っておるぞ。主らの質問にできる限り答えよう。」
どうやらこのロリは相当暇だったらしい。那月と羽弛が覚えているよりもずっと饒舌に喋っている気がする。声色からも嬉しいのが伝わってくる。
渚
「じゃあ私からいいかしら。この世界のことをニライカナイって呼んでたけど、詳しく聞いても良い?」
ゲニウス
「うむ、良いぞ。まず、主らの生きる現世のことを覚醒世界と呼ぶんじゃ。」
渚
「覚醒世界……初耳ね。」
ゲニウス
「ワシら神しか使わぬ言葉じゃからの。覚醒世界で死んだ者は魂となって、浄土ニライカナイへやってくる。つまり、冥府ってことじゃな。」
「ニライカナイから現世の様子を見ることはできぬから、退屈で仕方ないんじゃよ。」
照夢
「ボクたちのこと、迷い人って呼んでたけど、それは?」
ゲニウス
「そうじゃのう、簡単に言えば、本来まだニライカナイに来るはずがない人間のことじゃな。」
「死んでおらぬのに何らかの形で魂だけになり、冥府へやってきてしまったから"迷い人"。」
照夢
「だから那月と羽弛はアナタに会ってたんだ。」
ゲニウス
「……最近は何者かの仕業で迷い人が物凄く多いのじゃ。ワシとしては暇つぶしになって良いんじゃが、世界の均衡が崩れかねないからの。嬉しい反面、勘弁してくれ、とも思っとる。」
那月
「ゲニウス様、このまま人魂でいるとどうなるんだ?」
ゲニウス
「うむ、このまま魂だけの状態になっていると、魂が"この状態が普通なのだ"と錯覚し、二度と身体に戻れなくなるんじゃ。」
那月
「じゃあ今結構まずい感じか!?」
ゲニウス
「落ち着け馬鹿者、主らはまだ大丈夫じゃ。」
「魂だけの状態で存在できるのはせいぜい2週間程。魂を保存出来る容器があれば話は別じゃが……ワシでもそんなものは作れん。」
羽弛
「では……『シャノワール教団』について教えてください。」
ゲニウス
「『シャノワール教団』……その名は聞いたことがあるぞ。前に来た口を動かせる魂が言っておったの。あやつは喜多神、と言ったか。」
喜多神、恐らくあの手帳の持ち主の喜多神大和だろう。
ゲニウス
「邪神を使役して悪いことをするのが仕事らしいが、邪神どもはそう簡単に手懐けられはせん。相応の生贄と儀式が必要じゃろう。」
「邪神を呼び出すのと使役するのはまた別の儀式が必要になると思うぞ。なんにせよ、邪神は人間風情にどうこうできる存在ではない。」
羽弛
「邪神も怪異なのでしょうか……、興味本位で聞きますが、神崎颯太という人物についてご存知ですか?」
ゲニウスは微かに驚いたような表情をした。
ゲニウス
「うむ、知っておるぞ。あやつが赤子の頃から知っておる。」
「良き友人というか、育ての親というか……まぁ色々あるんじゃ。」
ゲニウス
「質問はもう良いかの? ではワシからのお願いじゃ、主らの冒険を聞かせてはくれんか。」
那月
「おう、いいぜ!」
そうしてOCFとの出会いから今までを事細かに話した。ゲニウスは心底満足そうに話を聞いていた。
ゲニウス
「──うむうむ、実に面白かったぞよ。」
「さぁ、そろそろ時間じゃ。準備はいいかの?」
那月
「何から何までありがとうな。」
ゲニウス
「ワシが好きでやっておることじゃ。……主らはこれから多くの困難に立ち向かうことになるじゃろう。じゃが、主らには仲間がおる。それを忘れぬことじゃ。」
「あ、そうそう。覚えておるかは知らんが、ワシのことは口外禁止で頼む。まぁでも主らの仲間たちくらいにだったら伝えても良いぞ。」
そうしてゲニウスは、那月たちに向かって手を伸ばす。その手のひらに幾何学模様が描いてあるのが見えるだろう。
次の瞬間、4人の身体が光り出す。そうして世界はゆっくりと闇に包まれていく。
意識を手放す直前、別れ際に声が聞こえた気がした。
『主らにささやかなプレゼントじゃ。……あやつもきっと喜んでおることじゃろう──。』
目を覚ますと、乗客はまばらな電車の中。陽の光を浴び、暗い空気が少しずつ明るくなっていく。先程の光景は夢だったのだろうか。
隣を見ると、気持ちよさそうに眠っている羽弛、照夢、渚と、浩宇がいた。
那月
「ハオ……! 無事だったか!」
時刻は11時、報告も兼ねてこのままOCF本部へと向かってしまおう。




