第二章 6話 絶望へようこそ
──どのくらい眠っていたのだろう。気がつくと辺りはもう完全に暗くなっている。
沢山いた乗客も既に居なくなっており、車内には那月たちしか居ないようだ。
それを確認すると同時にアナウンスが鳴り響く。
『まもなく 終点 ゼツボウ ゼツボウ お出口は左側です。』
物騒な駅名に驚きスマホを見るが、まだ圏外になっている。
寝ぼけているのだろうか。時間が文字化けしていて読むことができなかった。
那月
「ゼツボウなんて駅、聞いたこともないな……。」
「おい、みんな起きろ!」
那月は気持ちよさそうに寝ている3人を叩き起した。
3人はしばらく寝ぼけていたが、車両内を歩き回り、冷静に状況を確認する。
照夢
「外は真っ暗で、どこに進んでるのかも分かんないね。」
渚
「車両移動も出来なかったわ。緊急停止ボタンも押したけど反応なしね。」
突然、ドアの方から刺すような視線を感じる。
警戒しながらドアの奥を見ると、隣の車両に誰かが居る。視線を感じたにもかかわらず、そいつは向こうを向いている。容姿からして完全にピエロだ。
そのピエロはおもむろにこちらを振り向くだろう。4人は驚愕した、ピエロの顔がすり減っていたのだ。
皮膚も肉も骨すらも存在しない。その平らな顔を見ると、目や鼻や口があったであろうところには穴が空いているのが分かる。
羽弛
「あれも怪異なんでしょうか……。」
嫌なものを見た……身体が勝手に目を背けようとするだろう。
気づいた時には、もうそこにピエロの姿はなかった。まるで悪い夢でも見ているようだ。
那月
「何なんだ、どこに向かってるんだ?」
そんなことを考えていると、駅に着いてしまいそうだ。車掌さんのアナウンスが聞こえる。
『まもなく終点です。この電車はこのまま車庫へと向かいます。お忘れ物のないようにお気をつけください。本日もご乗車ありがとうございました。』
そうして着いたのは、「アトチェーヤニエ」と書かれた駅だった。車庫に行ったらどうなるか分からない。とりあえず降りるのが懸命だろう。
渚
「聞いたことない名前だけど……田舎のホームって感じね。」
ホームは至って普通のように見える。田舎によくあるホームと改札だけの駅だ。
照夢
「とりあえず外に出てみようよ。」
駅の外には、栄えていた頃の面影を残した、なんとも不気味な古びた遊園地が広がっていた。
羽弛
「こんな遊園地があったとは……駅から出るまで全く気がつきませんでした。」
突然現れた、そう考えるしかないほど不自然だった。
那月
「客は……オレらしか居ないのか?」
渚
「なんだか寂しいわね。」
そんなことを思っていると、奥の方から賑やかな人影がこちらへと近づいてくるのが見えた。
やがて目の前で止まったそれは、遊園地らしいピエロたちだった。
照夢
「電車のピエロと同じだ。あの、少しお話いいですか?」
カラフルなピエロたちは照夢の問いかけを無視し、楽しそうに踊っているだろう。
一見して楽しそうに見えるが、眼はどこか虚ろで遠くを見つめている。
恐らくこちらの言葉は届いてすらいない。
羽弛
「今までの被害者と同じ、このピエロも既に亡くなっているようですね。」
ピエロたちは、しばらくすると白い煙になって天高く登っていく。その光景は、以前目撃した駅のホームでの人身事故を想起させる。
那月
「……少し園内を歩いてみるか。」
一同はメリーゴーランドの前に来ていた。とうの昔に役目を終えたメリーゴーランドは独りでにゆっくりと回っている。
遊具との間に柵が設けられていないことから、相当古くから使われていたのが見て取れる。
照夢
「結構古いメリーゴーランドだね。」
渚
「それにして、木馬だけやけに綺麗よ。」
確かに、ゆっくりと回る木馬たちだけは辺りとは違い、やけに綺麗で新しく、不気味に感じる。
那月
「……なんでこいつだけ白馬なんだろうな。」
那月はメリーゴーランドの中に入り、新しい木馬に紛れる、古い白馬を調べていた。
羽弛
「那月、危ないですよ。……見てください!ここ、『Run away』と書かれています。」
古い白馬にだけ、そのように刻まれていた。その時、音楽が流れ、メリーゴーランドが起動する。
陽気だった音楽は老朽化が進み、不協和音を奏でている。
那月
「危ねぇ!羽弛!」
羽弛
「は、はい!」
那月と羽弛の目の前で、メリーゴーランドはバキバキと崩れていく。一瞬反応が遅れていたら、この崩落に巻き込まれていた。
メリーゴーランドの中からは白い透明の何か、"魂"が溢れた。それは瞬く間に空高く飛んでいってしまうだろう。
照夢
「ちょっと、大丈夫!?」
羽弛
「はい、ギリギリでしたが。」
那月
「それより、また"魂"が飛んで行ったな。」
渚
「他の場所にも"魂"が閉じ込められているかもしれないわ。探しましょう。」
4人は古びたジェットコースターに来た。ジェットコースターは、嫌な音を立てつつも辛うじてまだ動くようだ。
誰かが乗るのを待っているかのように、その場に鎮座している。
那月
「……ジャンケンで負けたやつが乗るってのは?」
羽弛
「致し方ありませんね。」
照夢
「えー……ボク絶叫系苦手なんだけど……。」
渚
「……見えたわ!」
提案する那月、賛成する羽弛、嫌がる照夢、提案を聞いて手で作った穴を覗く渚、様々な反応を見せながらジャンケンをすると、負けたのは羽弛と渚だった。
羽弛
「こんな筈では……。」
渚
「こんな筈じゃなかったのに……。」
照夢
「いいから、早く乗って!見ててあげるから!」
ニッコニコの照夢に見送られ、やがてコースターは発進する。老朽化が進んでいるからか、スピードはそこまで出ていない。
ギィギィと音を立て、心なしかグラグラと揺れているような気もする。
搭乗中、羽弛と渚は視線を感じる。コースターの周りに見たことの無い人間が何人か居た。
彼らは表情を変えず、ジェットコースターに乗る2人をまじまじと見ている。
たったそれだけの、遊園地という場所にそぐわない行動に、本能的に恐怖を感じるだろう。
羽弛
「2人は……気づいていないのでしょうか?」
地上で見守る那月と照夢は、周囲の人間には気づいていないようだ。いや、もしかするとコースターに乗っている間だけ見えるのかもしれない。
それを見た瞬間、コースターが一際強く揺れ、大破する。
そのまま地面が抜けて為す術なく落下してしまう。
羽弛
「渚さん!」
落下する2人を取り囲むのはコースターではなく、白い透明の"魂"だ。やはりジェットコースターもメリーゴーランドのように"魂"が閉じ込められていたのだ。
渚
「羽弛!!」
空気抵抗を増やすために、スカイダイビングの要領で2人は手を取りあって広がる。
周りに広がっていたのは、青空だ。地下に落ちたはずなのに空がある。いや、よく見ると青く塗られているだけの壁で、厳密には空ではない。
地面に衝突すると思った矢先、2人は何かに持ち上げられるように、ふわりと不自然な着地の仕方をした。
羽弛
「怪我はありませんか?」
渚
「ええ、大丈夫。」
そうして降りた先にあったのは、大きな花畑だ。
羽弛
「なんでしょう、この空間は。まるで地上のようですが……。」
渚
「外れに小屋もあるけど、人の気配はしないわね。」
那月
「おーい!大丈夫かー!うわっ、」
照夢
「何そこ!?明るっ!」
頭上から那月と照夢の声、落下した時の穴から下を覗いているようだ。
羽弛
「大丈夫です!2人は地上から出口を探してください!」
渚
「……花畑、にしては匂いがしないわね。」
羽弛
「これ……造花です、全て。」
置かれている花は、チューリップやひまわり、コスモスなど、季節などは統一されていないようだ。
渚
「本当ね……!プラスチックや布じゃない材質、何かしら。とても繊細で緻密な作り……。」
羽弛は花畑が囲む池を見ていた。水には薄くて硬い膜のようなものが張られていて、触れることができない。
羽弛
「……触れられない……まるでこの場所全てが絵画のようですね……。」
渚
「触れないの?……本当だ。」
渚はこの空間全体を見渡す。香りのない花畑、止まった池、掠める風は小さく夏の薫香を孕みながら、どこかにある太陽がここを照らしている。
渚
「まるで……"楽園"みたいね。」
渚
「向こうの小屋にも行ってみましょ!」
そうしてやって来たのは、小さな物置小屋だ。鍵はかかっておらず、そのまま開けることができた。
羽弛
「ゲホッ……凄い埃ですね……それにカビ臭い。」
2人は鼻から下を布で抑えて、扉を開け切る。小屋に入った光によって照らされる。
そこには、部屋全体を覆い尽くすようにびっしりと御札が貼られていた。
渚
「……何かを閉じ込めているのかしら。」
羽弛
「明らかに今までとは雰囲気が違いますね。」
警戒を強め、小屋の中に入る。調べられるところが少なかった為、壁の中央に小さな鍵が掛けられているのを見つけた。
羽弛
「どこかの鍵でしょうか。」
羽弛が小さな鍵を取ると、僅かにめくれていた床板がガコンと弾かれる。
覗けば、そこには下に続く梯子が現れていた。
渚
「……降りてみるしかなさそうね。」
羽弛
「用心しましょう。」
2人は梯子を降りる、長い時間をかけて。やがて到着したのは、──地上だった。
今度は先程の絵画のような場所では無い。遊園地の入口ゲートの横に出てきたのだ。
羽弛
「ここは……入り口ですか?」
渚
「そうみたいね……コースターから落ちて花畑、そこからまた降りたら遊園地に着いた……?」
「この梯子を昇ると……、え?」
振り返って確認するも、今降りてきた梯子は、どこにもなくなっていた。
羽弛
「混乱してきました……。ここは一体なんなんでしょう。」
那月
「おーい!羽弛!那月!無事か!!」
そんな時、向こうから那月と照夢が手を振りながら走ってくる。
照夢
「怪我は!?見せて!!」
渚
「ふふっ、大丈夫よ、怪我も無いわ。」
大丈夫だと笑って諭すも、照夢は関係ないと身体を調べてくる。
那月
「どうやって出てきたんだ?」
羽弛
「……地下から更に下に降りたと思ったら、地上の上から降りてきたんです。」
照夢
「……?」
渚
「地下から更に下に降りたと思ったら、地上の上から降りてきたのよ。」
那月
「……?」
羽弛
「そうとしか言えないんですよ!!」
そんなやり取りをしていたせいで、電車の音を聞き逃してしまった。




