第二章 5話 変異体
旧校舎はもう使われておらず、入口には関係者以外立ち入り禁止と書かれた紙が貼られていた。
那月
「入るぞ。」
昇降口の鍵はボロボロになっており、もはや鍵の意味を成していなかった。
そうして旧校舎に入る。瞬間、那月たちは感じ取った。周囲を流れる生暖かい空気、身体にまとわりつくようなおぞましい殺気、死を体現したような不快感を。
間違いない。この場所には、何かがいる。そんな予感がする。
羽弛
「凄く嫌な感じです。」
それは階段の上の方、屋上から流れ出て来ていた。
渚
「急ぎましょう。」
屋上へ上がるにつれて、不快感はどんどん強くなる。
ガチャリと屋上の扉を開けて真っ先に目に入ったのは、昆虫とは言い難い大きな生物が、何かを貪る姿だった。
5人はひと目で理解する。あれが写真で見た、シャッガイからの昆虫なのだと。
照夢
「あれが……シャン……。」
シャンは振り向き、霧矢翠をその視界に捉える。次の瞬間には、翠へ向かって飛びかってきていた。
那月
「させねぇ、よっ!!」
那月はシャンの腹部を思い切り蹴り飛ばす。シャンは勢いよく吹き飛び、柵に激突した。
翠
「ありがとっす!」
翠は素早くギターを取り出し、コードを一発鳴らす。
翠
「よっしゃ!オレの"音楽"、響かせるっすよ!」
翠はバッキングで演奏を始める。アンプが見当たらないが、音量は辺りに響くほど大きい。
そんなことを考えていると、なんだか身体に力が漲る感覚がする。
翠
「オレが援護するっす!」
渚
「凄い……!今ならなんでも出来そうね。」
そんなのはお構いなしに、シャンは翠に一直線に飛びつく。鋭い腕が翠を狙うが、すんでのところで那月がコンバットナイフで弾く。
その隙に羽弛はゼロ距離で弾丸を2発撃ち込む。すかさず照夢と渚は打撃、同時に那月はシャンの羽を切り刻む。
シャンは呻き声に似た声を出し、まるで苦しんでいるように見える。
照夢
「効いてるんじゃない!?」
那月
「まだ行くぞ!」
那月はシャンの腹にナイフを突き刺す。照夢はそれに続き、シャンの腕をレンチで殴って潰していく。
シャンは身体を振り、2人を引き剥がした。またもや翠に向かって攻撃をしようとするも、次は渚にパリィされ、その隙を羽弛の射撃でカバーされる。
攻撃が通らないと見たシャンは、攻撃方法を変えた。
今までと同じ大振りの攻撃を繰り出す。今度は翠ではなく、近くにいた羽弛に向けて。
羽弛
「──ッ!?」
大振りの攻撃を受け止めようとそちらへ意識を向けた時には、シャンは羽弛の背後に周り、そのまま組み付いた。
瞬間、シャンの姿が消えた。
那月
「羽弛!!」
羽弛
「──大丈夫です、那月。安心してください。」
羽弛はゆっくりと那月に歩み寄り、目の前に立つ。
那月
「羽弛……?……ッ!」
バンッと、銃声が一つ。那月は羽弛に腹を撃ち抜かれ、吐血する。
予測していなかった仲間からの攻撃。そのショックに吐き気がする。傷口は熱いのに、身体は寒い。火夜那月はうつ伏せに倒れた。
照夢と渚は何が起きているのか理解が出来なかった。
理解する間もなく、羽弛は渚に向かって近接攻撃の連打を始めていた。
渚はギリギリ攻撃を防いでいるが、猛攻に防戦一方。油断すれば銃撃を食らう為、気を抜けない。
渚の身体は翠の演奏で強くなっているのだが、それは羽弛も同じことだ。
照夢は助けに入ったところで足手まといになることを即座に理解し、那月に駆け寄って、持ち歩いている救急キットで手当てをする。
渚は羽弛がシャンに操られていると推測する。
渚
「羽弛!!目を覚まして!!」
羽弛は攻撃の手を緩めない。
照夢
「ちょっと翠!演奏止めて!!」
翠
「──いや、演奏は止めないっす……!!」
照夢の手当てが完了したのを確認し、翠は演奏する曲を変える。次はジャズだ。音色も歪んだ音ではなく、クリーンな音になる。
その音色が耳に届くと、羽弛の攻撃の手が僅かに緩んだ。
渚はその隙を見逃さず、足をかけて転倒させる。倒れた羽弛に馬乗りになり、頬に思い切りビンタをした。
羽弛
「……!!」
羽弛の目に光が戻る。それと同時に、羽弛の身体からシャンが弾かれるように出てきた。
シャンは酷く消耗しているように見える。
渚
「目は覚めた?」
羽弛
「はい……僕はなんて事を……!」
照夢
「バカ!反省会は後にして!!」
3人はシャンに向き直る。シャンは既にかなりの重体。あと一押しで倒せそうだ。
翠は曲をジャズから現代の歪ませたギターソロへ変える。
今までの怪我の痛みが消え、力が漲る。まるで勝利BGMだ。
渚
「踏ん張りどころよ!」
3人は別方向に散り、同時に攻撃を叩き込む。攻撃はクリーンヒット。シャンは動かなくなった。
翠もそれを見て演奏を終える。
翠
「ふぅ、お疲れ様っす。那月さん!生きてるっすよね!?」
照夢
「応急処置はしたから、しばらく安静にしてれば多分大丈夫。」
翠の呼ぶ声に、那月は目を覚ます。
那月
「う……、いって……!」
「あぁ、お前ら!シャンは倒したんだな!」
羽弛
「那月……すみません。僕のせいで……。」
那月
「大丈夫だ、気にすんな!操られてたんだろ?」
羽弛
「はい、本当にすみません。」
やり取りの最中、羽弛は視界の端で捉えていたシャンが、僅かに動いた気がした。
羽弛
「……?」
血にまみれたシャンは、最期の力を振り絞り、自らの力を凝縮した刺突を繰り出す。
羽弛
「まずい……!!」
羽弛が走り出した時にはもう遅かった。
──シャンの最期の一撃が、翠の喉元を抉った。
翠はそのまま倒れ込む。大量の血が流れ、どんどん血色が悪くなっていく。
照夢
「翠!!……ダメ、もう脈が無い。即死してる……。」
シャンは、勢いよく何かを吐き出す。月明かりに照らされたそれは、制服を着た人間だったモノだった。
同時に、シャンはそのまま塵となって消えた。
那月は責任を持って、由芽高で起きたこと、シャンとの戦闘、そして翠の死を神崎に報告する。
その報告から1時間も経たずに、颯太は到着した。
那月
「颯太さん、なんで……、」
颯太
「少し東北まで来る予定があってな。そんなことはどうだっていい。霧矢はどこだ。」
「……まだ間に合う。よし、お前らは離れてろ。」
翠の傍に座る颯太を、ただ眺めることしか出来ない。すると、颯太は翠の胸に手を当て、詠唱を始めた。
颯太
「……秘めし蒼、揺らぐ赫、幽玄なる黒の輪廻、今ここに舞い戻らん。空より甦れ。」
「──アナスタシス:オルモツィダアティ!!」
その詠唱で空から光が降り注ぎ、翠に集束していく。みるみるうちに傷が塞がり、ゆっくりと翠が起き上がった。
翠
「う……ん、?あれ、オレ……颯太さん!?なんで!?」
颯太
「どうかしたか?」
翠
「オレ今……川を渡ってたんすよ!あれって三途の川ってやつじゃ……。」
颯太
「気のせいだろ。そんなことより遺体の確認だ。」
翠
「は、はいっす!」
別れる直前、颯太は那月たちの方を向いた。
颯太
「那月、ちょっと来い。」
那月
「……?」
颯太
「大丈夫だ。悪いようにはしない。」
そう言って颯太は、包帯巻きになっている那月の傷口を見て、触れる。
颯太
「1年ってところか。」
「──フヴァーフ:エルティ。」
颯太が何かを口ずさんだと思った瞬間、那月の腹に光が集まり、傷が綺麗に塞がった。
那月
「……なっ!?」
まるで魔法、それは翠を復活させた時と同じものであることが分かった。
那月
「今の何だ!?」
颯太
「……それについて、お前らに話しておきたいことがある。帰るついでに本部に寄ってくれ。俺は校内を見てくる。」
那月
「あ、あぁ、分かったぜ。ありがとうな。」
4人は翠と共に遺体の確認をする。
那月
「聞きたいことは後回しにするとして、これが遺体か……。」
渚
「遺体と言っていいのかも怪しいわよ……。」
シャンが吐き出したのは、この学校の生徒のようだ。
生徒たちの制服を漁ると、生徒手帳には藤本ミサキ、東ショウゴ、宮永ヤマト、本田リョウスケと書かれている。
翠
「やっぱり……失踪した奴らっすね……。」
「……クソっ……もっと早く見つけてあげたかった……!」
シャンを倒し、遺体を見つけた。事件は解決したと言って相違はないだろう。
翠
「見つけた遺体は、オレが責任を持ってOCFで処理するっす。……いや、このまま行方不明の方が、ご遺族の方々には、良いのかも知れないっすね……。」
翠はそんなことを言いながら、深く深く、遺体に手を合わせていた。
遺体の中にはクラスメイトや先輩、後輩の姿もあったそうだ。
照夢
「ボクたちは部外者、今は一人にしてあげよっか。」
羽弛
「そうですね。……帰りましょう。」
4人は翠と颯太と別れて、東京に戻る電車に乗った。気がつくと、日はすっかり昇っていた。
色んな体験をしてかなり疲れが溜まっていたのか、心地よい日差しと揺れに身を任せて、4人はそのまま眠りについてしまうだろう。
──それが、引き金になるとも知らずに。




