第一章 10話 通りゃんせ
仮設住宅から1時間程度歩いて商店街に着いた。「山鹿商店街」と書かれた商店街の入り口には立ち入り禁止のテープが張られている。
那月
「事件現場はここで間違いなさそうだな。」
4人はテープを跨いで商店街内へ入る。
渚
「当然だけど、随分寂れてるわね。」
あまり大きな商店街ではない。ほとんどが店を畳んでおり、完全にシャッター商店街と化している。
羽弛
「とりあえず、開いてる店を確認するために往復してみましょう。」
往復する途中、照夢は酷く錆びた立て看板を見つける。
照夢
「この看板凄く錆びてる……どのくらい前から置かれてるんだろ。」
『警告:ここに▇▇を捨てないでください。』
錆のせいで一部が読めない。ふと看板の横を見ると、カラスが何かを食い漁っていた。
周囲には衣服が散っている。カラスが食っていたのは原型の留めていない何かだ。判別はできない。いや、しない方がいい。カラスはこちらなど意にも介さない様子で、必死にそれを啄んでいる。
それを見た瞬間、酷い吐き気を催す。即に思考をやめて目を逸らすことだろう。
渚
「何かあった?」
照夢
「ううん、何でもない……というか、見ない方がいいって言うか……。」
照夢が見つけた立て看板の奥、よく見ると道が伸びていた。路地裏に続いているようだ。不気味な暗さと狭さは、那月たちの心をくすぐるだろう。
那月
「なぁ、ちょっと行ってみようぜ。」
*
路地裏を抜けると、そこは先程までいた山鹿商店街だった。ただしここは全ての店がシャッターを下ろしており、更に鏡に映ったように商店街全体が反転している。
羽弛
「同じ商店街……?」
渚
「いいえ、少し違うわね。」
その時、快晴の空から雨が降ってくる。天気雨だ。
──シャン、シャン。
どこかから鈴の音がする。辺りを見ると、いつから居たのか、商店街の入口に狐のお面を被った女が立っていた。
一同が認識すると、鈴の音と共に女がこちらへ向かって歩き出した。なんとも言えない不気味さに吐き気がする。
那月
「……怪異だ。一旦隠れるぞ!」
4人が物陰に隠れようとしている間にも、女はジリジリとこちらへ近づいてきている。見つかったらヤバい。本能がそう言っている。
羽弛
「『猟犬』程ではないですが、匹敵する威圧を感じますね……。」
那月
「オレが奴の気を引く。その隙に入口から脱出してくれ!」
照夢
「アンタは!?」
那月
「どうにかするんだよ!」
那月は一人で飛び出し、怪異に声をかける。
那月
「オイ! ちょっと止まれよ!」
那月を見つけた怪異は突然、9つの尻尾をあらわにする。そう思った瞬間、那月の身体は宙を飛んでいた。
那月
「がっ……! 今だ!! 行けーッ!!」
那月の叫びを合図に、3人は走り出す。入口を探すのだが、どこにも見当たらない。
照夢
「無い……? なんで!?」
渚
「確かにここだったはずよ……!」
探すのに夢中になりすぎて、殺気がこちらに向いているのに気づけなかった。
羽弛
「まずい!! 2人共──、」
次の瞬間には、3人の身体は空中にあった。浮いた身体が地面に叩きつけられる。
──猛烈な痛みにより飛び起きると、そこは元の山鹿商店街だった。不気味な夢を見ていたような感覚がある。
那月
「なん、だったんだ……。」
照夢
「みんな生きてる?」
羽弛
「はい……。」
渚
「何とかね……でも、路地裏が……。」
先程の路地裏はもうどこにも見当たらなかった。
那月
「幻覚だったのか?だとすると……、」
羽弛
「九尾の狐、『妖狐』でしょうか。」
渚
「切り替えましょう、今は任務優先。」
*
そうして精肉店へやって来た。昭和レトロというのだろうか、佇まいなどから古くから親しまれてきたことがわかる。
照夢
「古……味があるね、趣深いっていうか。」
店先に店主と思しき男性が立っている。何もせずただボーッと立っている。話しかけてみるか……
羽弛
「待ってください、ここは今僕たち以外立ち入り禁止のはずです。迂闊に近づかない方がいい。」
よく見ると、店主は虚ろな目をしていた。心ここに在らず。生きているのかすら怪しい。那月たちは"まるで魂だけが抜き取られたかのよう"だと感じるだろう。
するとどこから飛んできたのか、ふと1匹のハエが、店主の眼球に止まった。瞬間、店主は身体中から鮮血を噴き出し、その場に倒れてしまう。
照夢
「ひっ……!」
屍になっているのは一目瞭然。出来れ
ばすぐにここから離れたい。
現場経験の少ない那月たちは、まだまだ人の死に敏感だ。
渚
「弔いだけしてあげましょう。」
きっと運の悪い被害者の1人、そう思って祈りを捧げる。どうか安らかに眠れるように。
那月
「店はオレが調べてくる。」
最初に目に付いたのは張り紙だ。
『オススメ 豚と牛の合い挽き肉 お安くなってます』
那月
「本当だ、……100g68円!? 今じゃ考えられないだろ!」
だが肝心のそれはどこにも置かれていない。ショーケースの中には代わりにバラバラにされた人間のパーツが置かれていた。
那月
「なんなんださっきから……。」
とはいえ任務だ。とことん調べなければ意味が無い。
店の奥からは、ここからでも分かるくらいのすえた臭いがしている。
口を抑え、店の奥に入る。臭いのする方に進んでいくと、そこには壁に描かれた魔法陣があった。
那月
「魔法陣……?」
暗くてよく分からなかったが、那月の足が何かにぶつかる。
そのまま床を見ると、惨たらしい死体がいくつも転がっていた。
呼吸が荒くなる。ここに居たくなくて、思わず店の外へ走ってしまった。
照夢
「ちょっと、大丈夫!? 凄い汗だけど……。」
那月
「はぁ……大丈夫じゃ、ないかもな……。
那月が落ち着いたのを確認してから、一行は文具店へやって来た。古びた店内とインクと紙の匂いは、どこか懐かしい気持ちすら覚える。
羽弛
「人が入った形跡がありませんね。」
渚
「ちょっとホコリっぽいわね、客足も少なかったのかしら。」
照夢は唯一ホコリの被っていないノートを見つけていた。その中を見て、照夢は驚愕する。
君は運命を信じるか?
ヒトの一生は、産まれた時に全て決まっている。
この世に存在する全ての物事は、運命という糸で繋がっている。
運命からは逃れられない。
かつての間違った選択が、不幸となって君に降り注ぐ。そういう、運命。
君も、私と同じだ。
我々の目的は全ての日本国民の悩みを取り除き、それと引き換えに魂を貰うこと。
それもまた、運命だ。
時間は混沌、混沌は神秘、神秘は創造、創造こそが時間。
我らは古から続いている、我らは黄昏時に動き出す。
我らは待ち望んでいる、我らは待ち続けている。
故に我らは近づいている、大いなる彼が目覚める時に。
ふんぐるい むぐるうなふ
くとぅるう るるいえ
うがふなぐる ふたぐん
その下には星の中央に目が描かれたマークが描かれている。確か"邪を祓う印"だったか。
これを読んだ照夢は、文章がまるで自分に語りかけているかのように感じる。そして、あの時と同じ文言。
照夢
「ねぇ、渚さん、これ。」
渚
「大阪城の資料と同じね……やっぱりあれは、誰かが置いた資料だったってこと。」
那月と羽弛はペンのテスターと紙を見つけていた。
那月
「こういうのって、何でか知らないけど何か書きたくなっちゃうんだよな。」
ペンを手に取ったところで、床に何か落ちていることに気づいた。
それに引き寄せられるように自然と手が伸びる。これは本だろうか。表紙が、2人の知る本とは何か違うと感じる。
羽弛
「この本、人皮装丁本……17世紀頃に確立した、人の皮で作られた本です。」
那月
「初めて聞いたな。……この本、中国語か?」
それを理解した頃には、2人の口は勝手に、そのタイトルを読み上げていた。
那月、
『──ルルイエ異本。』
那月
「何だ……? 中国語なんて読めないはずなのに。」
羽弛
「僕もです。でも、タイトルだけは何故か分かる。……少し目を通してみましょう。」
中国語とはいっても、知っている漢字はいくつも出てくる。分かる情報だけを辿っていくと、意外にもさらっと読むことができた。
ルルイエ異本の内容について
ダゴン、ハイドラ、クトゥルフの落とし子、ゾス=オムモグ、ガタノソア、クトゥルフという聞き馴染みのない様々な名前と、理解できない複数の呪文が書かれていた。
その他にムー大陸やルルイエという都市の沈没についての記述も見られた。
スケールの大きさや、未知の不気味さ、そしてその化け物が引き起こす不透明事件と、それと対峙するOCF……。
那月と羽弛は形容し難い感情を覚える。
各々見つけた物を回収して、次は魚屋へやって来た。
渚
「ここは開いてるけど、特に今までみたいなのはなさそうね。」
その時、一行の鼻は独特の刺激臭を捉えた。
生臭さとは別物の臭いが辺りに広がっている。
那月
「この臭い、奥からだ。」
4人で少しだけ店の奥に入ると、そこに人影が見えた。
奥にいたのは店主らしき男性だ。こちらに背を向けて何か作業をしている。匂いの出処は、この店主だ。
羽弛
「また人……この人も被害者かも知れません。用心しておきましょう。」
照夢
「あの! すみません!」
店主
「まだ営業、時間外だよ。」
そう言って振り返った店主の顔は、人の顔ではなかった。極端に離れた目、不気味な程デカい瞳孔、一言で表すなら、魚だ。
その魚男は、血まみれの包丁を握りしめたまま、敵意をこちらへ向けてくる。
那月
「今度は人じゃなくて怪異かよ! お前ら、油断すんなよ!!」
事前に貰っていた武器を構えて、戦闘態勢に入る。魚男はそんなのもお構い無しに、包丁を振りかぶった。
那月
「大振りすぎるぜ、脇がガラ空きだ!」
魚男の横腹に、那月のコンバットナイフが届く。傷は浅いが確かにダメージはある。その証拠に、魚男は振りかぶった手をだらりと下ろした。
照夢
「じゃあ、遠慮なく!」
下ろされた腕をレンチで思い切り殴ると、魚男は包丁を地面に落とした。拾おうともしない、それだけ知能が低いのだろう。
だが、魚男には鋭い爪がある。次の攻撃手段はそれだ。
渚
「させないわっ!」
渚は警棒で突き、もう片方の腕を固定した。
渚
「仕留めて!」
羽弛
「……照準を合わせて、引き金を引く!」
心臓目がけて放たれた弾丸は、見事狙い通り命中した。魚男はグッタリとしてその場に倒れ込む。
その時、魚男の口から、白い透明のかが出ていくのが見えた。然し、それは瞬く間にどこかへ消えてしまった。
照夢
「"魂"……だよね。」
渚
「ええ、みんなお疲れ様……って、」
渚が振り返ると、そこには銃の反動でひっく
り返った羽弛がいた。
羽弛
「ま、まさかこれ程とは……。」
那月
「ははっ、少しは鍛えないとな。」




