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第9話 一歩

 中村さんは補佐官になる前、候補生だった。それもかなり優秀だったらしい。

 当時の階級は“一補”、つまりアヤノと同格だ。長い青色の髪をたなびかせ、さっそうとカゲを滅ぼしていく姿はかつてを知る聖女たちの中でも有名だったらしい。


「昔の私は、カゲへの復讐心で候補生をやっていました」


 以前中村さんが話していた。家族を殺された恨みや憎しみ。そういった感情を持っている人は実際少なくないのだ。

「私は聖女に、なりたかった。でも、なれなかった」


 ――魔力を得るには2種類の方法がある。


 それは先天的に魔力を得るか、後天的に魔力を得るかだ。


 先天的に魔力を得る場合は、血筋が大きく影響する。アヤノや桐山さんがそのタイプ。二人の実家の桐山家が機関の中で名家と呼ばれているのは、代々魔力をもった優秀な聖女を輩出しているから。


 後天的に魔力を得る場合は、カゲに触れて死ななかったことが条件になる。あたしやケイ先輩、中村さんもそのタイプ。機関の中で圧倒的に多いのもこっちのタイプだ。

 ただし、後天的に魔力を得た人たちはある問題がつきまとう。


「私が20歳になる頃には、私の中から戦うための魔力は失われていました」

 生まれつき魔力を得ている人はほとんど起こさないけれど、カゲに触れて魔力を得ている人の多くは、大人になるにつれて、徐々に魔力を失う。


 それはまるで、大人が魔法を使うことを拒否するように。


 20歳を超えてもなお、魔力をもちつづけ、魔法を使えること。それが聖女足りうる条件だ。

 魔力を失っても、候補生として培った戦闘経験やススを見る能力は失われない。聖女になれなかった候補生が、機関に残り、セカンドキャリアとして補佐官や養成学校の教官になるのはよくある話なのだと言う。


「ケイは20歳を目前にして、聖女になれるかどうかの瀬戸際にいます。聖女となる資格がないのならば、魔力の減衰が始まるのも近いかもしれない」

 遠いところを見ながら中村さんは言った。


「戦う理由、ですよ」

「それって」

「私と同じです。ケイは大事な家族をカゲに殺された。だから、カゲを殺して復讐するために候補生をやっている。だけど」

「聖女になれなかったら、カゲを殺すことができない」

「はい。今はそれだけではないようですが――あの子はどうにか聖女になろうともがいている。もがいで、どうにかなる問題ではないんですけどね」

 聖女になれなかった中村さんは、どういう思いで補佐官をやっているんだろう。ふと思う。


 彼女はいつも凛として、年下のあたしたちを立ててくれる。それは、カゲへの復讐をあたしたちに託しているからだろうか。それともまた別の理由だからだろうか。


 あたしはどうなんだろう。アヤノは生まれながら魔力をもった人間だ。だからきっと20歳を超えても魔力を失うことはない。だけどあたしは違う。魔法すらもっているのか分からないあたしは、果たして20歳を超えても魔力を持ち続けていられるのだろうか。

 候補生時代の優秀さが、聖女になれるかどうかに関係がないことは知っている。でもそれは魔法を当たり前にもっている人の話で、あたしとは事情が違うんじゃないか。それに、仮に聖女になれたとして、魔法を使えない聖女が、アヤノのそばにいられるのか……


 思考がネガティブに陥りかけた時だ。学校の塀の向こうから人の声がかすかに聞こえた。女の子っぽい声。声はこっちに近づいているようで、だんだんと大きくなる。

「ハナさん」

「嫌な感じですね」

 中村さんも気付いたらしい。


「――いよ!」

「うっ――」

 声には嘲りと悪意が込められていた。その声の合間から、

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 と弱々しい泣き声が聞こえてきた。


 いじめだろうか。あたしたちがいるのは学校の裏手。声がするのは特別教室棟と塀の間の場所、いかにも人が来なさそうなところだ。塀は高くて、向こうの様子をうかがうことはできそうにない。中村さんと顔を見合わせる。

「どうしましょう」

 つい声が小さくなる。あたしたちはこの学校の関係者じゃない。学校は機関に介入されるのが嫌かもしれないし。無視するのが一番のような気もするけど。


「私はハナさんの考えに従いますよ」

「そう、ですか」

 中村さんはあたしに判断をゆだねた。

 いじめは嫌いだ。複数人で一人をいたぶるなんて吐き気がする。養成学校時代、あたしも散々やられたから、やられる気持ちはよくわかる。


 あの時、あたしは目標があったから乗り越えられたけど……


「中村さん」


「はい」


「あたしたちの仕事は、カゲの被害者の調査ですよね」


「ええ」

 わかりきっていることを尋ねる。


「被害者はこの学校の中にいるんですよね」


「その通りです」

 中村さんもあたしの意図を察したのか、のってくれた。


「だったら、塀向こうの被害者が、カゲの被害者でもある可能性はありますよね」


「ありますね」


「ちょっと、行ってきます」


「お気をつけて」


 軽く体に魔力をはしらせる。魔力を使うけど、これは訓練ではなく任務だからセーフ、ということにしておこう。おなかの傷に障らない程度に軽くジャンプ。


「こんにちは」

 塀の上に着地して、にこやかにあいさつ。見下ろすと、4人の女子生徒がいた。

 塀に追い詰められ、涙をぼろぼろ流している小柄な女子が1名と、彼女を囲むガラの悪そうな女子3名。


 脅迫か。カツアゲか。ま、どっちも似たようなものか。

 彼女らはみんな同じような驚いた顔をしていた。視線はあたしの顔から制服に移り、短い悲鳴が聞こえた。

 聖女機関も随分嫌われたものだ。


「ちょっとお仕事でね。その子に話を聞きたいんだけど。……いい?」

 パトロールではないので、いつものライフルは持ってきていないけど、拳銃とナイフくらいなら持参している。腰の拳銃に手を添えながら言うと、いじめっ子たちは押し殺したような悲鳴を上げながら逃げていった。


 残ったのは、涙を流したまま呆然としている女の子一人だけ。

 こういう言い方はよくないけど、いかにもいじめを受けそうな、気の弱そうな感じの子だった。色白で、かわいい見た目で。小動物チックな雰囲気は、ちょっとだけナオに似ている。


 塀の上から彼女の近くに降り立つ。

「いきなりごめんね。大丈夫だった?」

「は、はい」

 彼女は何が何だかという様子で頷いている。そうだよね。突然上から武器もった人が来たら怖いよね。

「あ、あの……」

 女の子はあたしの顔をじっと見つめていた。頬もちょっと赤くなっている。あたしの顔に何かついてるかな、と思っていると、あたしもピンとくるものがあった。よくよく観察すれば、うっすらと見覚えのある顔だった。


「ねぇもしかして。4月ごろ、槍を出すカゲに襲われたことはないかな」

 少女は大きく目を見開いた後、コクコクと何度も頷いた。


 *


「あ、あの、あの時は……ありがとうございました」

 学校で話すのもなんだから、と女の子を抱きかかえて学校の塀を飛び越え、中村さんと合流した。


 まさか一発で当たりを引くとは。というかくじを引く前に当たったというべきか。

 奇妙な偶然にどうして驚きを隠せない。

 女の子は何度も頭を下げながら、しきりにお礼を言っていた。

「もう、だめかと。死んじゃうかと、思って」

 そんな彼女を横目に、中村さんとこっそり目を合わせる。


 任務は被害者の捜索と検査。そして、残念なことに機関には魔力の有無や量を測るような便利アイテムは存在しない。

 魔力をもっているかどうかは、いつも目視と聞き取りで行っている。


「そんなに言わなくてもいいよ。顔上げて」

「わ、分かりました」

「えと、あたしたち聖女機関は、カゲの被害に会った人を記録しておかないといけなくて。いくつか質問させてね。まず名前は?」

「は、灰村累音、です」


 女の子――カサネは、おどおどしながらもはっきりとした口調で答えた。

「えーと、漢字は?」

 中村さんにメモをとってもらいながら、カサネの容姿を確かめる。魔力をもつ人は、髪や目の色が変色する。さらに魔力を得たばかりの人は、魔力が揺らぐ。コントロールできずに、体から勝手に魔力が漏れ出てしまうのだ。カサネの髪の色は黒。太陽の光を受けてキラキラ輝いて見える。きれいな髪だ。瞳の色も黒。変色はない。体から魔力が出ている様子もない。


 ……ん? 一瞬、瞳に違和感があった気がした。カサネはあたしの質問に素直に答えている。

 気のせい、かな。


「最後になるんだけど、カゲに襲われていたとき、カゲに触れられたりした?」

 カサネの肩がピクリとこわばる。それからゆっくりと首を振った。

「い、いいえ。襲われそうになったときに、そのお姉さんが、助けてくれたので」

「守り切れなかったけどね」

 あんな重傷を負っておいて、助けたとは言えないだろう。助けたとすれば、それはケイ先輩とアヤノだ。


 ひとまず、聴取は済んだ。この子、灰村カサネは白。カゲに触れてもいないし、髪や目の変色もない。魔力も出てない。

 この子は魔力を持ってない。聖女になる必要はない。


「ありがとう。話はおしまい。大変なこともあるだろうけど、頑張って」

 カサネがいじめられているところに割って入って、いじめがなくなるわけじゃない。しょせん一時しのぎだ。カサネが教室に戻ったら、あるいは明日になればまたあの子たちはこの子をいじめるだろう。


 気にはなるけど、できることもないし。


「あ、あの!」


 カサネを学校に戻そうとしたところで、彼女が大きな声を出した。

「どうしたの?」

「い……」

 カサネはひどく緊張した様子だった。固く握った両手を胸の前に当てて、うつむいて小さく震えている。高ぶる自分の気持ちを抑えるように何度も深呼吸をして、カサネは言った。


「い、じめ。られ、てて」

「……うん」

 今にも消え入りそうな声だった。


「カサネは、それが、い……いや、で」

 それでも、彼女が勇気を出して言っているのが分かったから。あたしは黙って聞くことにした。

「だから、だから、その」

 そこで初めてカサネは顔を上げた。泣いて目元を真っ赤にして、不安でいっぱいの顔で、小さな声であったけれど、はっきりと言った。


「どうすれば、いじめられずに、すみますか!? カサネは、どうすればいいんですか」


 この小さな声はきっと、カサネにとって大きな一歩だったんじゃないかと、あたしは思った。


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