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第7話 博士

 その後、ケイ先輩は反省文を書きに行き、あたしは医務室で広がった傷を見てもらっていた。幸い、傷はちょっと開いたくらいのものらしい。聖女候補生であるなら完治までの期間はそう変わらないと言われた。


 20分間の休憩の後、アヤノとナオは訓練に戻ったらしい。人が減ったから代わりに小隊が分断された時の対応をするらしい。

 一人になったあたしは、訓練室近くにあるラウンジに来ていた。広々した空間にはおしゃれなテーブルとイスが置いてある。お弁当を持ってきた日には、ここで食べることも多い。

 自動販売機でコーラを買って、椅子に座る。時計は午前11時。あたしたち以外の聖女や候補生も訓練か任務に出ているのだろう。中途半端な時間で、ラウンジにはあたしだけだ。


「うぇ」

 コーラを飲むと、強い炭酸が喉の奥を刺激して流れていった。目の端に涙が浮かぶ。この刺激がどうしても慣れなくて、炭酸は苦手だ。

 だけど無性に苦手な炭酸が飲みたい気分だった。炭酸好きな赤髪の先輩の顔が思い浮かんで、またもやもやする。


「これからどうしようかな」

 傷が完治するまで訓練禁止。完治までどのくらいかかるのかな。2週間? 3週間? 長すぎる。ただでさえ、入院中は何もできなかったのに。

 だけど、こっそり訓練して、見つかったら今度こそ厳罰だろう。訓練室は使えないだろうし、家でやったらアヤノに見つかる。アヤノはこういう時は桐山さん側につくだろうし。


「筋トレくらいなら許してくれるかな」

 戦闘訓練はだめでも、そのくらいなら許して……分からない。深いため息をつく。

 魔法持ちのカゲに不意を突かれて大けがして、ようやく強くなるために訓練ができると思ったのに。

「どうして強くなりたいのか、かぁ」

 桐山さんがそんなことを言ったのは、あたしが焦っているように見えたからだろうか。


 焦っていたんだろうな。多分。


「おや。君は強くなりたいのかい?」

「え」


 考えにふけっていたせいで気付かなかったのか、いつの間にかに向かいの椅子に一人の少女が座っていた。

 小さい。というか幼い。齢は10歳くらいだろうか、とてもかわいらしい顔立ちをしている。長い緑色の髪を床まで垂らし、大きな丸眼鏡ごしにエメラルドみたいな目であたしを見ている。髪と目の変色があるなら、この子は魔力をもっているのか。


 ただ、年齢と似つかわしくない落ち着きが彼女にはあった。見た目は小学生なのに、まるで老人のような雰囲気。おかしいというか、歪な感じだ。

 服装もまたおかしく、彼女は黒無地のワンピースの上に白衣を着ていた。機関の施設は役職に当てはめられた制服を着ることが義務付けられている。ワンピースに白衣なんて、制服はあたしの知る限り、ない。


 不審。不可解。警戒心が生まれた。椅子から腰をわずかに浮かせ、いつでも動けるようにする。またおなかの傷が痛む。

 そんなあたしに少女は軽く笑い、スマホの画面を見せる。


「そんなに警戒する必要はないよ。ボクは間違いなく機関の人間だ。ほら、証明書」

 画面に映っていたのは、機関の発行している身分証だ。そこには少女の顔写真と名前、役職がのっていた。

「名前が博士で、役職が、魔法研究科主任……?」

「そう。博士、というのはボクにピッタリの名前だろう?」

 にやりと笑って、少女――博士は言った。


 *


「それで、その博士があたしに何の用ですか?」

 博士は普段機関で魔法の研究をしている、らしい。機関がしている魔法の研究や、博士の年齢のことなど気になることは多い。

 だけど、機関はセキュリティが厳重で、身分証の偽装は不可能と言われている。だから博士の言うことに嘘はないんだと思う。


 分からないことは多い。だからあたしは自然と、見た目だけなら年下に見える博士に敬語を使っていた。

「いや何、大したことはない。研究の合間に散歩していたところ、ラウンジでたそがれている女の子がいるじゃないか。それでつい声をかけてしまったんだよ」

 まるで準備してきたかのように、つらつらと言葉を並べる。どことなく嘘くさいと思ってしまうのは、気のせいだろうか。


「強くなりたい、と君は言っていたね」

「……言いましたけど、それが何か」

「もしボクが、君を強くしてあげると言ったら、どうする?」

 あたしの心に入り込むような言葉だった。すごく魅力的な提案に思えるくらい。

「まるで、悪魔の誘惑ですね」

 強くはなりたい。そこに違いはない。でも、あまりにもタイミングがピッタリすぎた。


「悪魔、ね。言い得て妙かもしれない」

 言い得て妙?

「でもボクは悪魔じゃなくて研究者だ。理論に基づき、確実に、堅実に君を強くする方法を教えるよ」

 博士があたしを強くするメリットは何だろう。なんとなく、候補生が強くなると、結果的に機関の助けになるから、みたいなありきたりな理由ではない気がする。

 腕に着けた腕章に触れる。あたしの階級は候補生の中で一番下の“三補”だ。あたしと同じ齢で、三補の子はいない。みんな死ぬか、昇格している。


「あたしは見ての通り、この年で三補です。大してお役に立てるとは思えませんけど」

「君の階級は見れば分かるよ。その年でってことで察しも付く。ま、年齢についてはボクが言えた義理ではないがね。階級は関係ないんだ。ボクが知りたいのは君が強くなりたいのか、なりたくないのか。それだけさ」

 口から出たのは否定の言葉だった。でも博士はその言葉をするりとかわし、再び問いを突き付けてくる。

 考える。


 あたしが強かったら、魔法持ちのカゲに苦戦しなかった。


 あたしが強かったら、さっきもアヤノに怪我させなかった。


 あたしが強かったら……


 アヤノの姿が頭に浮かぶ。


「教えてください。あたしはどうすれば強くなれるんですか?」

「いい答えだ」


 たっぷり悩んであたしは答えた。博士はあたしの言葉を聞いて、薄く笑った。桐山さんからはどうして強くなりたいのかと聞かれたけれど、それは強くならなくていい理由にはならないはずだ。

 アヤノの隣にいられるなら、このうさんくさい博士の言葉も聞いてみようと思う。


「では、早速だが講義をしよう。聖女や候補生が強くなるための手段とは何か。それは大きく3つある」


 博士は指を3本立てる。

「1つは、誰もがやっていて、普遍的な方法だよ。体や魔法を鍛える。技術を鍛える。おそらく君もやっているんじゃないかな」

 頷く。

「ほとんどの子たちは、この方法のみで強くなる。大体の場合はそれで十分なんだ。だけど、上の階級に上がる場合。例えば、“一聖”やそれより上の“大聖女”なんかになると、2つ目の方法を使うことがある。それが“継承”と呼ばれるものだ」


「継承、ですか」

 聞いたことがない。少なくとも養成学校では習ったことのない内容だ。


「これはね、簡単に言えば他者の魔法を自分のものとする技術だ。例えば、ボクの魔法を君に継承すれば、君は自分の魔法とボクの魔法、二つを使うことができる」

「魔法を、使える?」

 頭にガンと衝撃を受けたみたいだった。あたしは魔法を使えない。でも、その継承をすれば、あたしでも魔法を使えるということ?


 候補生として戦う中で、魔法を使えないのは大きな足かせだ。カゲは魔力によって打ち消すことができる。魔力で強化した銃弾を浴びせるよりも、魔力そのものを変換した魔法の方が効果は高い。

 技術は他の候補生にも劣っているつもりはない。ただ魔法が使えない。だからあたしは、この齢になってまだ三補という階級にいる。


「ならあたしも誰かから魔法を継承すれば……」

「使えるが、デメリットも大きくてね。いくつかあるが、まず受け渡した者は、魔法を失う。受け取る側も精神に異常をきたすことがままある。まっとうな継承は、選択から外れるよ」

「そう、ですか」

 がっかりした。そういうことなら、あたしに魔法を継承してくれる人はいないだろう。魔法という自分の生命線を捨ててまで、あたしを強くしてくれる人なんていない。


 だったら、強くなる方法は3つ目?

「最後は“反転”。魔法の性質をそのままひっくり返すもの……なんだけど、これは外法すぎてね。人に勧められるものじゃない」

 博士は話したくないという感じで、そうそうに話を打ち切る。


「……3つ、出きってしまいましたけど」

「うん」

「……」

 まっとうな努力、継承、それと反転? 博士はあたしを強くすると言ったけど、このどれでもないなら、なんなんだろう。

 馬鹿にしにきただけなのかな。


「あたしをからかうつもりのだけならもう」

「あぁ、違うよ違う。説明は最後まで聞くものだよ」

 席を立ちかけたあたしを、博士があわてて押しとどめる。


「ボクが君に伝えたいのは、2つ目。継承だ」

「でも、継承すると渡した側は魔法をなくしちゃうんですよね。だったら」

 渡してくれる人なんていない、と続けようとして博士は首を横に振った。

「まっとうな継承なら、選択から外れるといっただろう。ボクが言いたいのは、まっとうではない、継承だ」


 頭の中がはてなだ。新しい情報が多くて、混乱する。

「性能は劣化するけれど、送り手も魔法を失わずにいられる継承。ボクが研究しているもので、それを“疑似継承”と呼んでいる。ちょうど試してくれる人を探していたんだ。使えれば、君はきっと強くなれる。詳しい説明は端折るけれど、どうする? やってみるかい?」


 博士はあたしに手を差し出してきた。

 疑似継承。博士の言葉を頭で反芻する。

 突然現れた胡散臭い人。信じられるかは正直微妙な気がする。

 でも、桐山さんから訓練を禁止されて、できることがなくなっていたのも事実で、この人も機関の人であることに違いはないわけで。


 思い浮かべるのはアヤノの聖剣だ。もしあの魔法があたしも使えるなら、今までのように足手まといにならずにすむのではないだろうか。

 ……これで強くなれるなら。


「分かりました。よろしくお願いします」

 あたしは、博士の手を取った。小さくて、柔らかい手だった。


「では、連絡は後日する。連絡先を交換しよう。そうだ、次会う時に、使いたい魔法の持ち主がよく使っている武器と、体液の一部を持ってきてくれたまえ」


「は?」


 *


 ――といったことをハナと博士が話している姿を、アヤノは影から目撃した。


 訓練が終わり、桐山佳乃は片付けとケイの書いてきた反省文の添削、ナオは疲労で訓練室に転がっている。

 先に戻って夕食の準備をしよう。

 タフなアヤノは一足先に訓練室を出た。


 ラウンジにいるハナに声をかけようとして、やめた。彼女のそばにはもう一人別の少女がいたからだ。

 思わず身を隠してしまったのは、隣にいた人物をアヤノは知っていたから。


「なぜハナがあの方と……」


 白衣を着た緑髪の少女。機関の名門である桐山家の一員であるアヤノは、博士の正体を知っていた。

 彼女はいたずらで身分を偽ることがよくある。それは例えば候補生であったり、適当な部門の主任だったり。

「で……その時に――たまえ」


 ハナと博士は手を握っている。何を言われたのか、ハナが驚きのリアクションを取っている。ふと、博士がアヤノの方を向いた。視線が合った。気付かれている。

 パチンと、博士はアヤノにウインクをした。「黙っておいてくれよ」というように。


 博士が去る。少し時間をおき、自然な感じを装って、ハナの元へ行く。

「待っていてくれたのか」

「え? い、いや……あーうん。そうだよ」

 壊滅的に下手な嘘だった。心の中だけで微笑み、ハナの背中に優しく触れる。

「帰ろう。今日は疲れただろう」

 博士はハナに何を言ったのだろうか。一抹の不安を抱えながら、アヤノはハナと自宅へ向かった。


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