第6話 ケンカ
それは、訓練中の一幕のことだった。
「っざっけんなよ、てめぇっ!」
「悪かったって、言ってるじゃないですか」
聖女機関にはバスケコート2枚分くらいの、小隊で訓練をするための訓練室がいくつも用意されている。そのうちの一つに怒鳴り声が響いた。
あたしの真正面にはケイ先輩。制服の胸倉をつかみ、ケイ先輩は顔を近づける。間近に見える顔が、ケイ先輩がブチぎれていることを分からせる。
あたしの顔を見て、ケイ先輩はさらに顔を険しくする。
「悪いなんて思ってねぇだろ。ハナ、お前は自分がなんで悪いのかを全く分かってねぇ」
「分かってますよ。離してください」
吐き捨てるように言う。ケイ先輩の服をつかむ力はじりじりと増している。ぎろりとにらみつける目は、あたしを絶対に逃がさないという意思が感じられた。
確かにあたしが悪かった。でも、この人にここまでされる必要はないと思うんだけど。そう思うと、だんだんむかむかしてくる。
「先輩! もう、もういいですから! わたしは気にしてませんから!」
「そうだ。一旦落ち着け」
ナオとアヤノのケイ先輩を諫める声が聞こえてくる。だけどケイ先輩は二人の声にかまう様子はない。
さらにその背後、あたしたち“アヤノ小隊”の監督役である桐山佳乃さんは口元をにやにやさせながら、あたしたちの様子をうかがっている。
「お前は自分が悪いって言ったな? 言ってみろよ」
「……あたしが、ミスをしたからですよね」
――第2種魔法災害で大けがをしたあたしは、しばらく病院で入院することになった。傷が大体ふさがり退院したのが、昨日。そこで入院時の遅れを取り戻すべく、すぐ桐山さんにお願いをして小隊の訓練に参加をした。桐山さんからは無理をするなと言われたけれど、あたしはその無理を押し通した。
監督役の桐山さんを相手とした4対1の模擬戦闘。魔法持ちのカゲと戦う想定の訓練だ。アヤノが前衛、ケイ先輩が中衛、あたしとナオが後衛だ。アヤノが正面から桐山さんと切り結びつつ、側面からケイ先輩が攻撃を仕掛ける。あたしとナオは2人の援護。それがアヤノ小隊のいつものフォーメーションだった。
アヤノは候補生の中ではとびぬけて強い。たとえ聖女であっても、アヤノと互角に渡り合える人はそう多くない。
桐山さんはそんなアヤノを圧倒できる数少ない聖女だ。しかも魔法すら使わずに、だ。事実上の聖女の最高位“一聖”の階級は伊達じゃない。
訓練用に出力と“特性”を落とした聖剣をもったアヤノに対し、桐山さんは魔力で強化しただけの固いゴム製の長棒だけで相手をする。手抜きも手抜き。桐山さんがあたしたち戦うときに魔法を使ったところを見たことがない。
息つく暇もなく繰り出されるアヤノの剣撃を、桐山さんは鼻歌交じりにさばく。要所で繰り出すあたしとナオの射撃も、ケイ先輩の引力の魔法による陽動も、まともな援護にならない。どころか、剣の隙間を縫っておちょくるようにアヤノの体を棒でなでてみせる。汗びっしょりのアヤノに対し、桐山さんは汗一つかかない。
あの時、アヤノが呼吸を整えるために桐山さんから距離をとった。アヤノのカバーに入るために、あたしとナオが、至近距離で射撃をするために前進した。しなければいけなかった。
……桐山さんとの模擬戦闘をぶっ通しで1時間はやっていた。病み上がりなこともあって、集中力が落ちていた。
だから、ナオが前に出たのに、あたしは足を止めたまま、引き金を引いた。意識がぼんやりしていたのだと思う。足止めに適した散弾銃を使っていた。銃口から拡散した弾は、ナオを背面から襲って。
「そうだな。お前はミスをした。お前がつまんねぇミスをして、ナオを怪我させかけた。ウチがとっさに魔法でたたき落としてなかったら、小隊から新たに一名。負傷者が出ていたところだろうよ」
「……はい」
弾はナオには当たらなかった。ケイ先輩が引力の魔法で床に押し付けたから。訓練用のゴム弾とはいえ、魔力で強化した弾だ。ナオは魔力による肉体強化が得意じゃない。当たったら、痛いじゃすまない。
あたしが誤射した時点で、訓練は一時中断。それであたしは今、ケイ先輩に胸倉をつかまれている。
「でもな。ウチが怒ってんのはそこじゃねぇんだよ」
「どういうことですか?」
あたしがミスしたからじゃない?
「お前さ、なんで自分があんな初歩的なミスをしたか分かるか?」
「……疲れていたからです」
「だろうな。ならなんでウチの魔法が間に合ったか分かるか?」
「それは」
言葉を詰まらせる。よく考えれば不思議だ。銃弾の速度は聖女の反応速度からしても遅くない。発砲を見てから反応なんてできない。
ケイ先輩は「ちっ」と大きな舌打ちをした。
「お前が、誰から見ても、明らかに、はっきりと、疲労してたからだよ」
一言ひとこと区切って、丁寧に言って聞かせるようにケイ先輩は言う。
「足が細かく痙攣してた。目の焦点も時々あってなかった。射撃のはじめも遅くて、いつもはキープできてる銃口も下がってた。だからウチはお前を見てた。だから間に合った」
ケイ先輩が強くあたしを突き放す。勢いのまま、しりもちをついた。
ズキリ! ふさがったばかりの傷から激痛が走る。思わず手で傷跡を抑える。その姿を、ケイ先輩は冷めた目でにらみつけていた。
「まともに訓練できない体なら、最初からくんな。自分勝手で迷惑なんだよ。……クソレズ野郎」
「は?」
クソレズ野郎。頭が真っ白になる。何言ってんだ? こいつ。あたしのアヤノへの気持ちを何だと。アヤノにこの気持ちを知られたら、そもそもあたしがどんな気持ちで候補生をやってると。
かっと頭に血が上る。あたしの気も知らないで!
痛みを無視して力任せに立ち上がり、ケイ先輩に手を伸ばす。その手を先輩は逆につかんで引き寄せる。あたしとケイ先輩の距離が近づく。
「……っ、あ」
怪我をした腹部に、ケイ先輩の膝が突き刺さった。目の回るような痛みと吐き気。ガクンと足から力が抜ける。
「ほら。こんだけでもうダウンだ。そんな状態で訓練に参加しても役に立たねぇ。どころか、味方を殺すだろうよ」
「で、もっ!」
ふざけんな。
体が言うことを聞かないから、魔力で! 魔力で体を引っ張るように強引に動かす。
「っか、おま」
仕返しだ。
腕をつかまれた姿勢から、無理やり上段蹴りを先輩の頭にぶち当たる。ヒット。ケイ先輩の手が離れる。
「あたしはっ!」
「あぁっ!?」
倒れかけるケイ先輩の目がギョロリと、あたしを見た。まずい。大きく後ろに下がる。
ヒュッ、とあたしのいたところにケイ先輩のかかとが通り抜けた。
倒れかけた先輩がついた手を軸にして、低姿勢から回し蹴りをしてきた。空振った足を床にダンと力強くつき、その勢いのまま立ち上がる。
「雑魚がっ! ぶっ殺す!」
「やってみろよ!」
売り言葉に買い言葉。完全に頭に血が昇りきった。ケイ先輩に殴りかかろうとしたところで、
『やめてください!』
頭に強く、声が響いた。
「こ、れ」
ナオの“共鳴”の魔法による伝達。ナオの悲しみが頭に流れ込んできて、怒りがそがれる。途端、喉の奥から熱いものがせりあがってきた。
「げほっ、えほ!」
むせてせき込んだものの中に血が混じっていた。ふさがった傷が本格的に開いたかもしれない。
「離せっ!」
「先輩、止まるんだ!」
ケイ先輩はアヤノが後ろから羽交い絞めにしようとしていた。ナオの“共鳴”でも、落ち着ききらなかったらしい。
「邪魔くせえんだよ!」
アヤノの手を強引に引きはがし、ケイ先輩が裏拳を繰り出す。
「ぐっ」
先輩の拳が、アヤノの顔面に当たった。
「しまっ」
ケイ先輩の慌てた声。
『先輩! もうやめて!』
「アヤノ!」
鼻を抑えてアヤノはうずくまる。怒りはどこかに消し飛んだ。痛みを無視してアヤノに駆け寄る。
「ごめん、アヤノ大丈夫!?」
「あ、あぁ。問題ない。少し血が出ただけだ」
アヤノの鼻から血がだらだらこぼれていた。ポケットからハンカチを取り出して、鼻にあてがう。
白いハンカチが赤い血で汚れていく。
「ごめん。あたしの、あたしのせいで」
じんわりと目から涙がこぼれてくる。あたしがキレたせいでアヤノに怪我をさせた。この事実が、胸に重くのしかかる。
「ケンカは止まったかなー? お姉さん、びっくりもしたけど、怒ってもいるんだけど?」
頭の上から声がして、ゴン、とげんこつが落ちてきた。痛い。見上げると、
「反省、だねー」
額に青筋を立て、満面の笑みを浮かべた桐山さんが立っていた。
*
「ハナちゃんにいろいろ言ってたけどさー。ケイも十分焦り過ぎだからね?」
訓練室の隅で、あたしとケイ先輩は正座させられていた。アヤノはあきらめたように腕組して無言。ナオはアヤノの隣でおろおろしながら涙目だ。ついた長棒に顎を乗せ、桐山さんはくどくど話す。
「ケイももう19だからね。余裕がないんだろうなってのは分かる。お姉さんの立場だと、気持ちが分かるとは言えないけどさ。でも言い方とか、やり方ってあるよねー。人の気持ちをバカにしたりさぁー。特に、あの膝はよくなかったよね。あの膝は。怪我人の怪我をさらに悪化させてどうするのさ。ハナちゃんのこと、心配してたんでしょ」
「……すみません」
さっきまでの威勢が嘘のように、ケイ先輩はしおれている。桐山さんの視線がこっちを向いた。
「ハナちゃんも焦り過ぎ。確かに訓練を許可したのはお姉さんだ。でも言ったよねー。無理はするなって。傷が痛むなら遠慮なく休めって。よかったねー。優しい先輩が君のことをよく見てくれていて。おかげで、やっさしいーケイ先輩のおかげで。君のかわいい後輩を怪我せずにすんだ」
「ごめんなさい」
桐山さんの言葉がチクチク痛い。
「じゃ、今回のペナルティだけれど、二人ともケンカに魔力を使ったね?」
ドキリとした。聖女機関では、ケンカはするなとは言われていない。だけど、任務と関係のないところで魔力を使うなとは言われている。つまりケンカに魔力を使うのは禁止されている。なぜなら危険だから。
あたしの上段蹴りと、ケイ先輩の回し蹴り。どちらも魔力をこめていた。あたしの蹴りにしても、ケイ先輩がとっさに魔力でガードしてなかったら、頭がはじけていたかもしれないものだったし、ケイ先輩の一撃も当たっていたら骨はいってたはず。
どう考えてもやりすぎた。
……いや、桐山さんもこんな風にするなら早いうちにとめてよ。
「ケイは反省文。今回の件で自分の悪かったことを書きなさい」
「分かりました」
ケイ先輩は視線を下に向けたまま言う。
「それで、ハナちゃんは傷が完治するまで、怪我が悪化するような一切の訓練を禁止する」
「そんなっ……なんでもないです」
一切の反論を許さないだろう、桐山さんの笑顔が怖い。すごく怖い。
「……ハナちゃんはさ。強くなりたいって気持ちは大事だよ。すごく大事だ」
お説教は終わりだというように、桐山さんの表情が和らぐ。
「だけど、どうしてハナちゃんは強くなりたいのかな。その理由を、君はもっとよく考えてみるべきだ」
優しい顔と声で桐山さんは言った。強くなりたい理由なんて。
アヤノの隣にいたいだけじゃ、ダメなんだろうか。
自分勝手。ケイ先輩から言われた言葉が頭をよぎった。
「最後に、悪いことをしたらごめんなさいだよね」
パンと、桐山さんが手をたたく。あたしとケイ先輩の視線が合った。むすっとした顔のケイ先輩。多分あたしも同じ顔。
「……」
「……」
結局、お互いに「ごめんなさい」の言葉は出てこなかった。




