第5話 戦う理由
本来は前話にくっついていた話なので、ちょっと短めです。
――魔力を得る方法は二つある。
一つは魔力をはじめからもって生まれること。これは家系の影響が大きいそうだけど、アヤノや桐山さんはそのパターンだ。というか、二人は実は叔母と姪の関係だったりする。ただこっちのパターンはとっても少ない。
肝心なのがもう一つの、大多数の方法。それがカゲと接触することだった。基本的にカゲに触れたら人は死ぬ。でも、たまにカゲに触れても死なずに魔力を得る人がいる。
あたしやケイ先輩、ナオはこっちのパターンだ。魔法災害の被害に会い、カゲに触れ、生き残ってしまった人たち。
魔力を得られるのは大体が未成年の子ども、特に女の子が多いらしい。男の子もいるけれど、それはとても珍しい。不思議なことに20歳を超えた人がカゲに触れて魔力を得たケースはないそうだ。
魔力を得ることは幸運なことか、それとも不幸なことか。少なくとも桐山さんは不幸だととらえているんだと思う。
魔力を得てしまった子が候補生になるのは強制だ。機関の聖女はいつだって不足している。桐山さんが殴られたのも、きっと女の子の父親からだったりするのではないだろうか。
母親をカゲに殺され、残された娘もカゲを殺す聖女として育てるために奪われる。ひどい話だと思う。
聖女は複雑な存在だ。聖女は危険なカゲを退治してくれるありがたい存在。同時に、カゲに触れても死なない、穢れを帯びた存在。あるいは、理不尽に家族を奪ってしまう存在。
そういえば、魔法持ちのカゲに襲われていたあの子は大丈夫だっただろうか。桐山さんたちによると、あたしの負傷に気を取られているうちに、どこかへ行ってしまっていたらしいけど。
よく考えたら、平日の昼間に女子中学生がいるのも変な話だ。早退でもしていたのだろうか。
「あたしは……」
桐山さんたちは話の後、少しして帰って行った。テーブルには色とりどりの果物が籠に残っていた。その中からバナナを取り出して、皮をむいて食べる。
バナナを一房まるまる食べ、ブドウを口いっぱいに詰め込んで、桃は皮ごとかぶりついて、籠の中の果物を食べつくす。
「ご飯を増やしてもらおう」
あたしが入院している病院は、機関直属の病院だ。役立たずでも、貴重な候補生。多少の無理は聞いてもらえるはず。お米とか、お肉とか、たくさん出してもらおう。
アヤノと桐山さんも言っていた。食事と睡眠は健康の基本だ。特に魔力と体力を回復させるためにも栄養は必要不可欠。
食べる以外にできることはないかな。体幹部分を負傷すると、どうしても行動に大きな支障が出る。ランニングは無理。魔力操作の訓練も、傷の治りが遅くなるからダメ。筋トレは……握力を鍛えるくらいならできるかな。手をグーパーしてみる。器具を準備してもらうか。
「できるのは、それくらいかぁ」
バタンとベッドに倒れこむ。おなかの傷が痛んだ。食べ過ぎて気持ち悪い。なんであたしはこんなに弱いんだろう。
弱い自分が悔しくてしょうがない。弱い自分を変えられない今の状態が悔しい。でも入院生活はまだまだ長い。後でもう少しできることを整理してみよう。
「強く、なりたいなぁ」
候補生たちには、みんな戦う理由がある。ケイ先輩は家族を殺したカゲに復讐するため。アヤノやナオはカゲで苦しむ人を減らすため。
あたしは――
時間は夕方。窓の外の桜はもう散って緑色の葉っぱが見え始めている。夕焼け空……いつか見た夢の光景が、頭をかすめる。
「アヤノ、今何してるかな。アヤノに、会いたいな」
スマホを操作してフォトアプリを開く。画面に映るのはいろんなアヤノの姿。あたしと2ショットで撮った写真や小隊の4人で撮った写真もあるけれど、アヤノのピンショットも多い。寝ているアヤノ。訓練に励むアヤノ。寝ぼけた顔で歯を磨くアヤノ。桐山さんと話して笑っているアヤノ。
どのアヤノも最高にかわいくて、かっこいい。
目を閉じる。アヤノが聖剣を手に戦う姿が映る。あんな風に魔法が使えたら。あんな風にカゲと戦えたら。
あたしはもっとアヤノのそばにいられるのに。
アヤノのそばにいることが、あたしの戦う理由だから。
「アヤノ。アヤノ。アヤノ。……大好き」
アヤノのことを思うだけで熱い思いがこみ上げてくる。あたしが頑張れるのはアヤノのおかげで。あたしが強くなりたいのはアヤノの隣にいるため。
そのためならどんな苦労も乗り越えられるし、なんだってやれる。
あたしにとって、アヤノは最高で最強のヒーローなんだから。
「強く……うん。もっと強くならないと」
アヤノがいっぱい映ったスマホを両手で抱きしめる。そうすると、アヤノが近くにいるように感じられた。
第一章 カゲ と セイジョ 完
これで第一章は終わりとなります。ここまで読んでいただきありがとうございます。
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活動報告に1章制作話を投稿していますので、よろしかったらこちらも。