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日陰の聖女 白花はもえる 夢路の果てにて  作者: クスノキ
第一章 カゲ と セイジョ
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第3話 カゲ と セイジョ③

 ――カゲが発生し、人々に被害を及ぼすことを魔法災害と呼ぶ。そしてそれは第1種から第3種までの3つに分類される。


 11時58分。屋上を飛び移りながら移動していると、魔力で強化した聴力が、人々の怒声や叫び声を聞き取った。


「見えた」

 アヤノがつぶやく。あたしは耳で、アヤノは目でそれぞれカゲの存在を確認した。アヤノは何も持たない手で、何かを握るそぶりをする。直後、アヤノの手から魔力の光があふれ、すぐに一つの形を成す。

 それは刃渡り70センチくらいの光で構成された剣。魔法“聖剣”。アヤノだけが使うことができる魔法だ。


 グンと、アヤノの体から発せられる魔力が膨れ上がる。細い屋根の上に着地したアヤノは、聖剣を手にした腕を振り上げ、

「しっ!」

 300メートルは離れているだろうカゲに向かって投げつけた。聖剣は一直線に飛んでいく。すぐさま追いかけるように、あたしたちもカゲに向かって急ぐ。急ぎながら、あたしは肩に担いだアサルトライフルを手に取った。


 カゲの発生場所はショッピングモールの近い大通りだった。昼前で人通りも多かったのだろう。現場はひどい有様だった。

 カゲを見て慌てたのか、事故をガードレールに突っ込んだ車がある。歩道には人が何人も倒れていて、中年の女性が多い。多分、買い物途中の主婦だ。外傷はないけれど、まるで魂を抜かれたような顔をしている。


 カゲに触れられると、人は死ぬ。


 だから、倒れている人たちはみんな、カゲに触れられて死んでしまったのだろう。

 その近くでは、ただ一人10歳くらいの女の子が母親らしき人にすがって泣いていた。顔をグシャグシャにして何度も「お母さん! お母さん!」と叫んでいる。


 ダメだよ。もうあなたのお母さんは死んでいるんだよ。胸がズキンと痛む。あの子の未来を思って苦しくなる。出そうになった言葉をどうにか飲み込んだ。

 死体の近くには、複数のカゲ。目に見える範囲で数は16。少し多い。そのカゲを囲うように、警察官たちが薄く光る盾を構えて応戦していた。


 カゲはススをもっと濃くしたような姿をしている。ススと違うのは、それが立体的な姿をもち、グニャグニャとその姿を蠢かせているところだ。カゲは下半身のない人のような姿を取り、警察官たちに手を伸ばしたり、死体に覆いかぶさるようにしたりしていた。

 いつ見ても気色が悪い。でも機動力の低いタイプで助かった。下手に動きの速いカゲが混じっていると、被害はとんでもないことになる。


 聖剣がカゲの一体に突き刺さる。数秒遅れて、あたしたちも現場に到着する。アヤノは警察官たちの前に立つように着地し、あたしは3階建ての建物の屋上に陣取る。

「崩れろ。聖剣」

 アヤノの一言で、突き刺さった聖剣の光が一層強まった。聖剣が形を崩し、爆弾のように炸裂する。カゲも聖剣の光で消し飛ばされる。統率なく動いていたカゲたちが一瞬固まり、一斉にアヤノの方向を向いた。


「失せろ。カゲども」

 アヤノはカゲをにらみつけ、聖剣を右手に再生成。左手にも、3本の聖剣を生成し、腕の前に展開して盾の代わりにする。


「聖女機関です! 警察の皆さんは盾を構えたままゆっくりと後退してください!」

 アヤノは聖剣を構えてカゲに突撃する。あたしは屋上から警察に声をかけた。

 カゲは魔力を帯びた攻撃しか受け付けない。警察の持っている盾も特殊な加工をして魔力を帯びているけれど、微弱すぎてカゲから身を守るので精一杯だ。


 つまり、カゲは魔力や魔法を使える聖女や候補生でなければ倒せない。

 タタタッ! 後退する警察官に迫るカゲに発砲する。魔力を帯びた弾丸がカゲの腕の部分を消し飛ばす。カゲはのろのろと腕を見るような動作をする。ブン、と集団から浮き出たカゲをアヤノが聖剣で両断する。カゲはぼろぼろと崩れるように消滅した。


 あたしの攻撃は腕だけを消し飛ばし、アヤノの攻撃はカゲそのものを消し飛ばす。力量の大きさに歯噛みしたくなるが、今はカゲの殲滅が先だ。

「聖女機関! カゲを1体取り逃がしている! すまないが、そちらの殲滅もお願いしたい!」

 警察官の一人が叫んだ。

「何分前ですか!」

「5分ほど前だ! モールの方向に行っていた!」

「くそ」


 戦況はアヤノが圧倒的有利だ。鈍いカゲ相手なら、この倍はいてもアヤノ一人で殲滅できるはず。あたしの援護なんて必要ないはず。

「アヤノ!」

「ここは私に任せろ! ハナは取り逃しを頼む!」

 カゲを切り伏せながらアヤノが言う。やっぱりアヤノはかっこいい。聴力を強化。モールの方向に感覚を向ける。


 急がないと。カゲは人を襲い、その数を増やす。カゲが殺した人間に覆いかぶさるのは、死体がカゲを増やす材料になるからだ。一人の死体からカゲは何倍にも増える。増えたそいつらがまた人を殺せば、カゲはもっと増える。


 どこにいる? そう遠くへは行っていないはずだ。アヤノがカゲを斬る音、警察官の足音、子どもの泣き叫ぶ声、あたしの心音。ひきつったような、小さな叫び声。

「見つけた!」

 距離は大体300メートル。声のする方へ飛ぶ。モールへ入る手前の細い道にカゲはいた。

 すでに一人殺されている。スーツ姿の男の上でうぞうぞ動くカゲと、そのカゲを見て怯えている中学生くらいの小柄な女の子。幸薄そうな顔をしたその子は、「はっはっ」と短い息をしている。


「逃げて!」

 カゲの真上に飛んで声を張り上げる。小気味よいライフルの銃声が響く。

「こっちだ!」

 女の子を守るように着地。カゲは弾丸を受けてなお、消える様子はない。削れた部分を埋めるようにもぞもぞしている。

「ひっ、え……あ」


 女子高生は小さく声を上げるばかりで、動き出す様子はない。恐怖で足がすくんでいる。無理もない。そう思って、ライフルでカゲを撃ち続ける。

 タタタッ。タタタッ。タタタッと魔力を込めた弾丸は、カゲの体を消し飛ばす。弾切れ。素早くリロードして再び射撃。カゲは大量のススをまき散らしながら体の修復を続けている。

 撃つ。弾切れ。リロード。撃つ。弾切れ。リロード。カゲは体の修復を続けている。あたしの攻撃は間違いなくカゲに届いている。

 リロードを三度。一体のカゲに、三度も?


 ……変だ。おかしい。


「しぶとすぎる」


 連絡にあったのは第3種魔法災害。最も軽微なカゲによる災害だ。聖女単騎、もしくは小隊規模の候補生であれば、損傷なく制圧できる程度のもの。カゲの数は1体から99体までだ。

 ならば、第2種魔法災害とは。カゲの総数以外にもう一つ、明確な基準がある。


 それは、“魔法”を使うカゲの存在。


 魔法を所持しているカゲは、ふつうのカゲより圧倒的に死ににくい。


 射撃を受け続ける一回り小さくなったカゲが、一層大きく揺らいだ。胴体部分が渦をかくように形を変える。

 まずい。にぶいあたしはここにきてようやく気付く。こいつ、ただのカゲじゃない。集団から一人抜け出すという異常行動。三度弾切れまで撃ち切っても、全然死なないところで気付くべきだった。


 これは第3種魔法災害じゃない、第2種魔法災害だ。


 第2種魔法災害の危険性は、第3種とは比べ物にならない。その危険の根幹をなすのは、当然魔法を有するカゲがいるから。

 魔法をもつカゲとは、決して一人で戦ってはいけない。養成学校で習った言葉を思い出す。


 魔法持ちのカゲは渦巻く胴体から鋭いものを形成する。真っ黒な槍の穂先。ただのカゲはこんな器用な芸当はできない。魔法だ。槍を生み出す魔法。あたしがそれを認識した瞬間、瞬きの間に魔法でできた槍が突き出された。


 死。その1文字が頭をよぎる。避けなきゃ。だめだ。女の子がいる。避けたら当たる。受ける。受けきれる? あたしが? 間に合う? でも、やるしか。やらなきゃ。


 衝撃があたしを貫く。


「くっ」

 とっさにライフルを盾にして、槍を受ける。受けた。受けきれた。でも槍はライフルを破壊して、切っ先をわずかにそらしただけ。


 それた槍は制服の防護を貫通して、あたしの横腹を貫いた。


「あ……か」

 ごっそりと魔力が削られる。槍がすぐ引き抜かれる。視界がチカチカ光る。腹に空いた穴から大量の血と、命が流れ出る感覚がした。


 まずい。本当にまずい。手から壊れたライフルが落ちる。ビチャ、と音がした。足が震える。気持ち悪い。倒れてしまいたい。

 魔力を帯びている聖女や候補生は、カゲから触れられても即死しない。それは魔力がカゲの影響を相殺してくれるからだ。魔力が尽きた状態でカゲに触れられたら、聖女でも死ぬ。


 最悪はさらに続く。魔法持ちのカゲは、小さくなった体を補うように、またがっていた男の死体から、5体、新たなカゲが生み出した。

 魔法持ちのカゲが増やしたカゲもまた、魔法持ちであることが多い。

 増えたカゲは、すでに胴体部分が渦巻いていた。


 槍が、来る。


 肩にかけた予備のライフル。だめ。間に合わない。腰の拳銃に手を伸ばす。手が震えてつかみ損ねた。

「に、げて」

 せめて後ろのこの子だけでも。逃げ出す気配はない。無理、か。ずるりと、槍の穂先が見えた。


 ここで、終わり?


 女の子をかばうように立ったままで居られているのも奇跡に思える。浮かんだのは、アヤノの笑顔。


 ごめん。最後に、一緒にお昼食べたかったな……


 カゲから6本の槍が突き出される。槍があたしの体を串刺しにする。


「え」


 痛みは、なかった。


 あたしを殺すはずの槍は全て、あたしの目の前で地面に引き寄せられるようにたたきつけられていた。


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