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第27話 エピローグ、聖女

 戦いが終わって1週間が過ぎた。


「今日も面会謝絶……」

「そう、まだまだ油断できない状況らしくてね」


 ルイの魔法は肉体を浸透し、溶かし壊した。アヤノの心臓や肺の臓器に大きなダメージが入ってしまった。そのうえ、傷口から雑菌が入り込んで、感染症を併発してしまったらしい。

 聖女候補生でなければ、まず命を落としてしまったであろう大怪我。桐山家には“治癒”の魔法が使える聖女がいて、治療を受けているらしいけど、アヤノは未だ、目を覚ましていない。


 あたしが怪我した左肩も、傷自体はふさがっただけで、神経を直接やすりで削られているみたいな痛みがずっと続いていた。


「桐山さん」

 今日は桐山さんの自室にお邪魔していた。一人暮らし用の大して広くもない桐山さんの部屋は想像と違って、きちんと整頓されていた。と、いうよりも物自体が少なかった。

 殺風景にすら見える部屋の片隅には、あたしと同じくらいの少女たちの集合写真が写真立てに収められて飾られていた。あたしたち小隊の写真もある。そういえば、今の4人が結成するときに桐山さんが写真を撮っていたっけ。


「それで、今日はおねーさんと一対一で話がしたいってことだったけど、どうしたの?」

 小さなテーブルに向かい合って座る桐山さんは、いつものへらへらとした笑顔の裏に、じっとあたしを観察するような冷たい色があった。


「あの戦いの後、あたしはずっと考えていたんです」

 アヤノのいない一人ぼっちの部屋の中、あたしの頭にあったのは最後の光景。カサネが自分の首を切って倒れたあの日のこと。

 殺そうとしたくせに、殺したくなかった。矛盾した思いの理由をずっと考えていた。

 ずきずきと傷が痛む。あたしはかきむしるように胸を強く抑えた。


「あんな結末を、あたしは望んでいませんでした。あたしはカサネを、死なせたくなかった」 

 カサネが大量殺人犯であることはわかっている。その上で、守りたい、生きていてほしいと思った。


「聖女として戦っていく中で、救えない命はたくさんあるよ。いやむしろ、救えない命を見ることの方がずっと多い」

「あの子は、あたしの友達です」

「友達でも、戦友でも、親友でも同じだよ。おねーさん……私だって、同期の連中は大半が死んでいるか、聖女になれなかった」


 静かな声で桐山さんは語る。きっと思い悩むなと、忘れてしまえと言いたいんだと思う。

「桐山さんは強いですね」


 肉体だけじゃなく、その心も。


「……まぁ、ね。私にはそれしかできないから。戦って、何かをなすことしかできないからさ」

 困ったように桐山さんは視線を逸らす。


「でもさ。私はもう戦うことしかできないけど、君たちは違うじゃない。未来がある。聖女になれるにせよ、なれないにせよ。色んな生き方がある。聖女として戦いながら、結婚するやつだっている。聖女になれずに、別の仕事をしてるやつだっている」

「あたしは!」

 思っていたよりずっと強い声が出た。


「今のままでは、嫌なんです。思うんです。もしあたしがもっと強かったら、カサネをとめられたんじゃないかって。強くて、自信をもてていたら、カサネともっとまっとうにかかわれて、あの子の命を救えたんじゃないかって、」

 考えた。薄暗い部屋の中、痛む傷と一緒に考えたんだ。


 あたしは馬鹿で、だからカサネのSOSに気付けなかった。でも、あたしが強かったら暴走したカサネをとめることはできたんじゃないか。

 アヤノだってそうだ。生きているのは運がよかっただけ。死んでいてもまるでおかしくなかった。でも、あたしが強かったらアヤノも生死の境をさまようことはなかったんじゃないか。


 みんなを救えたんじゃ、ないか。


「強く、なりたいんです。大変なときに、大事な人を守れるような強さが、あたしは欲しいんです。そのためなら、何でもします。やります。だから、どうか」

 握ったこぶしはぶるぶる震えていて、声も震えていた。目からは涙がボロボロこぼれていた。


 あの戦いで、あたしは何もできなかった。

 そんなのは、もう嫌だった。

 強くなりたい。

 この手の中にあるもの全てを守れるくらい。


「……」

 桐山さんは長いこと無言だった。部屋の外からかすかに人々の生活音が聞こえる。


「そっ、か」

 あきらめたような、決意を固めたような、でもどこか怒っているような、不思議な声音だった。


「――あの人はきっと、こうなるようにしたんだろうな」

 ぼそりとあたしに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で何かを言った。


「え?」

「わかったよ。私があなたを強くしてあげる。死んでも、文句言わないでね」

「――はい!」

 桐山さんに深く頭を下げた。カサネと、アヤノの顔が頭に浮かぶ。

 強くなる。あたしは、みんなを守れるくらい、強く。


 *


 機関の施設から少し離れたレンタルスペース。

 佳乃はその扉の前に立っていた。蹴破ってやろうか。そんな考えが頭をよぎるも、それでこれから会う相手が困るわけではないと思い直し、できる限り乱暴に扉を開ける。

 嗅ぎなれた、コーヒーの香りがした。


「お久しぶりですね」

 広い室内にいるのはたった一人。白衣を着た小柄な緑髪の少女。ノートパソコンにぱちぱちと文字を打つ音がぴたりと止まる。


「本当久しぶりだよ。もう少し、顔を見せてくれてもいいんじゃないかい?」

 顔を上げ、佳乃を見て博士はうっすらと笑った。



「どうしてここが?」

「調べました」

「そうかい」

「えぇ」

「コーヒー飲む?」

「要りません」

「つれないねぇ」


 昔はあんなに素直だったのに。10代前半にしか見えない少女が、30代の女性にそんなことを言う。本来逆の構図のはずだが、この二人に限っては成立する。

 佳乃が博士と初めて出会ったのは、20年以上も前のことだ。


 そのときから、博士の見た目は一切変化していない。幼い少女の姿のままだ。老化を抑える何らかの魔法を“継承”しているのか、はたまた機関でもかなり上層にいるはずの佳乃ですら知らない手段を有しているのか。


「どこまでがあなたの予定通りだったんですか?」

 入口付近に立ったまま、棘のある口調で佳乃は言う。誰に対しても穏やかに、あるいは適当に接する佳乃が唯一きつく当たる人物、それが博士だった。


 博士はくくっと小さく笑う。それが佳乃を馬鹿にしているように感じられて、より剣呑な雰囲気が増す。

 佳乃の手は槍を握る手の形をしていた。やろうと思えばいつでも刺せる。言外にそう言っている。


 佳乃の脅しに構うことなく、博士はのんびりとコーヒーをすする。まるで、佳乃が博士を攻撃することがないことを知っているかのように。


「答えてください。博士、いえ、“観測”の大聖女様!」

 知っているように、ではない。博士は文字通り知っているのだ。


「そう、怖い顔をするものじゃないよ、佳乃。君の知っている通り、ボクに脅しは通用しない。ボクは全て知っているのだから」

 無知な子どもに諭すように、博士は言う。ちっ、と佳乃は大きな舌打ちをする。


 ――魔法の中には、特別に秀でた能力をもつ魔法が存在する。


 それは例えば日本全域に影響を及ぼすようなものであったり、概念そのものに干渉するものであったりする。そうした魔法を聖女機関は“大魔法”と認定し、保護している。

 聖女機関がこれまで認定した大魔法は9つ。うち3つはカゲとの戦いで失われてしまっている。


 博士のもつ大魔法は“観測”。


 未来の可能性の分岐を自在に観測できる、究極の未来視。


 聖女機関が最も失ってはならない魔法である。


 コツ、コツと一歩ずつ佳乃は、博士に歩み寄る。


「……以前、例の件でボクは佳乃にどのくらいのことを話したっけね」

 冷え切った視線で佳乃は博士を見下ろす。


「“2032年問題”で、か細い糸が見つかったと、それだけ」

「そうだったね。世界、もしくは日本が2032年をもって滅亡する未来を回避する方法が見つかったと、言ったんだったね」


 未来視ができる聖女は、博士一人ではない。しかし、あるときを境に、未来視をもつ聖女たちが一斉に言い出した。

 2033年以降の未来を見ることができないと。

 それが2032年問題。聖女機関のごく一部の人間にしか知らされていない、特大の厄ネタ。


 おまけに、その崩壊が起こる根本的な原因すら不明という理不尽さだ。


 2032年の終わりまで約七か月。博士が秘密裏に動き回っていることを、佳乃は知っている。


「現在がある程度確定したから話せるけれどね、そのか細い糸というのが実はハナちゃんなんだよ」

「は?」


 博士の言っていることが理解できなかった。ハナちゃんとは、あのハナちゃんかと。

 己の弱さを恨み、守るための強さを求めたあのハナちゃんかと。


「灰村カサネはあそこで死ぬ必要があった」

 淡々と、博士は言葉をつづけた。


「灰村カサネの副人格ルイのもつ“溶解”の魔法は強力であるが、大したことはない。けれど、彼女の魔法、“分割”は優れた魔法だった。概念、精神、物体、あらゆるものを“切って分ける”。10個目の大魔法の認定を受けたであろう魔法だよ。……その魔法を捨ててでも、彼女には成長してもらう必要があった。強さを求める渇望をもってもらう必要があった」



 親友の負傷と、妹のような友人の死は、それに値するものだっただろう?



「あんたはっ!」

 気づけば、佳乃は博士の胸倉をつかみ上げていた。小柄な博士の体は持ち上げられて宙に浮く。怒りで頭がおかしくなりそうだった。

 そんな状態で博士は顔色一つ変えない。


「あの子がどれだけ傷ついてっ」

 佳乃は見た。戦いのあと、憔悴しきったハナの顔を。生きているのに死んでいるような顔色でいた彼女を。

 強くなりたいと語るハナの顔は、痛々しいくらいの悲壮感と決意にあふれていた。


「成果はあった。彼女、桜ハナは無意識だろうが()()()()()()使()()()()

「な、今、なんて」

「彼女にはこれから、たくさんの試練を乗り越えてもらわないといけない。最悪と絶望を乗り越えた先にこそ、唯一の未来は訪れる。……とりあえず、下ろしてもらえないかな。話がしづらいんだ」


 数秒の思考の後、佳乃は手を離した。着地した博士はのんきにも思えるようなしぐさで、ポットから新しいコーヒーを注ぐ。アツアツのコーヒーをおいしそうに飲む。


 これだ。佳乃は思う。博士は目的のためなら、こういうことを平気でする。人の命も思いも平気で踏みにじることができる。

 それが必要なのだろうことはわかっている。けれど、だからこそ佳乃は博士が嫌いなのだ。


「佳乃はハナちゃんを死ぬ気で鍛えると約束しただろう? そんなわけだから、ボクもこっそり手伝わせてもらうよ。今、3か月後に発生する大規模魔女災害の対応のため、“魔眼”の大魔法の行使者の選定と“強化”の大聖女の起こしをやってる。“強化”が起きたら、ハナちゃんを鍛えてもらうように頼むよ。今の彼女の状態なら、それが一番効率がいい」


 佳乃が博士を嫌っているのを承知の上で、博士は佳乃を利用しようとする。

 佳乃はハナと約束をした。強くすると。そして、そのための最善手を博士はもっている。


 3か月後、2032年8月に日本各所で同時に魔女災害が発生することは、以前から観測、予知されていたことだ。これが2032年問題と関わりのあることか否かはまだわからないが、放置すれば年末を待たずに日本が崩壊することは避けられない。

 きっと、ハナやアヤノたちも最前線に送られることになる。


「……わかりました。では、よろしくお願いします」

 ならば、佳乃も博士を利用すべきだと思った。

 できれば、誰にも傷ついてほしくない。そんな無理な思いを胸に抱えて。


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