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第26話 この関係に名前を付けるなら④

 1分にも満たない短い時間。


 あたしは呆けた顔で、遠くから見ていることしかできなかった。


 ルイからたやすく放たれる魔法は災害か、映画のCGのように現実感がなく強烈で。


 それと真っ向から向かい合い、上回る桐山さんも、同じ人間とは思えなかった。


 レベルが違う、なんて言葉じゃ表現できない。


 住む世界が、あまりにも違い過ぎた。


「あたしも、アヤノだって」

 なんて、弱い。


 強くなったつもりでいた。疑似継承を覚えて、桐山さんに一発当てて、何を満足していたんだろう。


 真っ暗な世界で、か細い光の糸が見えていた気がした。


「勘違いだった。嘘だった。あたしは強くなってなんていなかった」

 地面を這う蟻の前進なんて、巨大な象の一歩に遠く及ばない。

 あんなものの前では、あたしもアヤノも同じ蟻みたいなものだ。


 だからだろうか。


 戦いが終わった。グラウンドから背を向けて逃げる一人の少女の姿があった。


 胸を押さえて苦しそうに走るあの子は、ルイではなく、カサネだと分かった。


 あたしは閉じ込められた桐山さんではなく、生死の境にいるアヤノでもなく、カサネを追いかけていた。


 まだ動く手に、ナイフをきつく握りしめて。


 *


「ここ、なんだね」

 なんとなく、カサネはここに来るような気がしていた。


 まともに走ることすら難しくて、重くて仕方がない体を引きずるようにして歩く。

 学校裏手のいつもの公園。その真ん中にポツンとカサネは立っていた。


「ハナさん」

 鈍い銀色の瞳があたしをとらえる。教室で見たような虚ろな瞳じゃない。

 カサネは確かに、あたしを見ていた。


 不思議と心は凪いでいた。攻撃されたことへの怒りはなく、けんかしたことへの気まずさもなく、妙にすっきりとした心持ちですらあった。


 カサネも似たような気持ちなのかもしれない。今のカサネからは空虚な敵意は感じられなかった。いつもと同じ、気弱でかわいいただの女の子。

 そうあることが異常なのは、わかっているけど。


「ぼろぼろ、ですね」

「お互いにね」


 左肩からはすぐに治療しないと死ぬぞと、激しい痛みを訴え続けていた。それ以外にも教室から落下したとき、酸の雨から逃げるときにあちこち怪我をしている。

 でも、カサネの方が重傷に見えた。特に胸に空いた傷口は生きていること自体を不思議に思わせる。

 あたしが胸の傷を見ていることに気付いたのか、カサネが口を開く。


「傷の痛みも、出血も、毒も、全部カサネから“切り分けて”います。おまじない……じゃないんですよね、これ。多分、魔法、なんですよね?」

「そう、なんだろうね」


 魔法。そう、カサネは魔法をもっていた。

 ふと、カサネの言葉の一つが気になった。


「……毒?」

「はい。あの槍、毒があったみたいで……あ、あの人は生きてますよ。今もまだ閉じ込めている、だけ」

 カサネは遠くのグラウンドの方を向いていた。桐山さんは無事、か。そりゃそうか。それにあの人そんなこともできたんだ。つくづく、あたしなんかとは次元が違う。


「ごめんね」

「え?」

 小さく、カサネに頭を下げた。


「昨日、もっと言葉を選ぶべきだった。もっと丁寧に、カサネが傷つかないようにするべきだった。あたしはカサネのこと、大事に思ってるよって、もっともっとはっきり伝えるべきだったと思う」

「ぁ……」


 カサネは言葉を失ったように黙り込んだ。パクパクと、何かを言いかけてはやめてを繰り返して、ぎゅっと固く目を閉じる。


「ハナさん」

 やがてゆっくりと目を見開いたカサネは、目じりに涙を浮かべながら言った。

「カサネは、どうすればよかったんでしょうか」


 *


「終わらないいじめの日々に耐え続ければよかったんでしょうか」


「先の見えない努力を延々と続ければよかったんでしょうか」


「いやな気持ちをずっとルイに押し付け続ければよかったんでしょうか」


「カサネ、カサネは、悪いことをしました」


「カサネを見てくれないお母さんを殺しました」


「嫌いだった先生を殺しました」


「大嫌いだったクラスメイトを殺しました」


「よく知らない人も、近くにいたから殺しました」


「ハナさんも、殺そうとした!」


「楽しかった、楽しかったんです、カサネは、きっと」


「笑ってた」


「人を殺すとき、大嫌いな人がカサネの魔法でバラバラになってうれしかった」


「胸がすっとした」


「もう我慢しなくていいんだって思った」


「自由なんだって」


「でも、今は」


「とんでもないことをしてしまったと、後悔……しています」


 カサネは涙をぼろぼろこぼしながら言った。小さな声で、ふり絞るように叫んでいた。

 かける言葉が出てこなくて、あたしは黙って聞いていることしかできなかった。

 なんて言えばいい? 弱いあたしが、カサネになんて。

 分からない。


「つ、罪は消えない」

 何か言わないと。足元がぐらぐらする感覚のまま、口を開く。


「だけど、後悔しているなら、償おう。あたしも手伝うから、だから――」

 それからあたしは、カサネにいろんな言葉をぶつけた。考えがまとまらないまま、思いついた言葉をでたらめに吐き出していた。


 自分でも何を言っているのか、何を言いたいのかわからない。そんな空虚な言葉を言い続けながら、思う。


 ――あぁ、なんて。


 ――あたしは空っぽなんだろうか。


 あたしだって、カサネを最初は殺そうとしたくせに。

 根拠も、信念も何もない言葉を、カサネはただ薄く笑って聞いてくれていた。

 うれしそうに、聞いていた。


「あたし、あたしは」

「ハナさん」


 無意味な言葉の羅列をやめる。はぁ、はぁと息が上がる。傷は痛みを延々訴えて、頭はどうにかしなくちゃと熱を上げてでたらめに回転してる。


「カサネは――」

 だめだ。心が叫んだ。


 カサネは微笑んでいる。その微笑みの理由をあたしは悟っていた。


 カサネに、これ以上しゃべらせてはいけない。


「感謝しています。ハナさんに出会えたこと。ハナさんと過ごせたこと。これまで辛いばっかりの人生だったけど、嫌なことばっかりだったけど、最後くらいはいいことがあるんだって思えたから」

「だめ! カサネ、あたしは」

「ありがとうございました」


 あたしの言葉はふわふわと軽いのに、カサネの言葉はずっと重くて。だめだと分かっているのに、もう何も言えなくなる。

 カサネがあたしの胸元を見た。そこにあるのは右手にずっと握りしめているアヤノのナイフ。


 いやだ。だめだ。叫ぼうとしても声が出ない。喉がつまったみたいに嗚咽がこぼれるだけ。


「ハナさんはすごい人です。こんなダメダメなカサネを救ってくれた。だから、ハナさんがこうしてカサネを引き留めようとしてくれていることがうれしい」

 でも、とカサネは続けた。


 彼女は壊れた学校を見ていた。きっとそこにあるたくさんの死者のことを思っていた。

 殺してしまった人のことを思い、傷つけたあたしやアヤノのことを思っていた。


「悪いことをしたなら、償わないと。悪い子には、罰が必要なんです」

 カサネは自分の首元に、血塗れの手を当てた。


 その手には、昨日あたしが送ったアメジストのブレスレットが巻かれていた。静かに揺れる紫色の光が、固まるあたしを突き動かす。


「やめて!」

 声は裏返っていた。カサネに向かって一歩を踏み出す。カサネがしようとしていることを止めるために。


「だめ、ですよ」


 でも体が言うことを聞いてくれなかった。あたしの体は足を踏み出した状態で固まった。


 魔法だ。あたしの全身を包み込むように白い膜みたいなものが見えた。桐山さんを閉じこめるドームの魔法の応用。

 とめなくちゃ。全身の力を振り絞るように動かす。前へ、前へ。体はピクリとも動かない。


「――シンデレラは最後王子様と結ばれて幸せになりました」

 動け、あたしの体。できることなんて大してないんだから、こんなときぐらい動け!


「カサネは、あこがれたシンデレラではないから、幸せにはなれません。だけど、最後に、最期に一つだけほしいものがあるんです。ハナさん」



 カサネと、友達になってくれませんか?



 カサネはずっと泣いていた。微笑みながら泣いていた。あたしの視界もゆがむ。あたしも泣いている。体は動かないくせに、涙ばかりがあふれてこぼれる。


 カサネはゆっくりと首をふる。自分の言葉を、自分で否定するように。


 友達が欲しい。そんなささいな願いすら、自分にはもったいないのだというように。



 動け。



 ドクン。



 あたしの中で何かが動いた。ずっと眠っていた何が、起きた。



 進め。



 これまで感じたことのない波だった。ピクリと、指先が動く。カサネに封じられた体が動く。



 動け。進め。カサネの元へ。



「――あ、あたしは!」



 体が動いた。()()()()()()()()()()()、あたしはカサネの元へ駆け寄る。奇跡が起きたのか、それとも不思議な力が働いたのか。

 カサネは心底驚いたように目を見開いた。



「カサネの友達だ!」



 叫んだ。



 間に合え。カサネに向かって手を伸ばす。



「ハナさん」



 カサネは、満面の笑みを浮かべていた。心の底からうれしそうに、幸せそうに。



 伸ばした手がカサネに触れる、その瞬間に。



「ごめんなさい」



 ぱっと、カサネの首から鮮血の花が咲いた。



「――っ!」



 笑顔のカサネがゆっくりと地面に倒れていく。伸ばした手は空をつかんだ。あたしの手は、何もつかめなかった。


 ゴン、とものが落ちる音がして、カサネは空を、嫌になるくらいの青空を見上げていた。


 首元から、心臓から、真っ赤な血が広がっていく。鈍い銀色の瞳は、もう何も映してはいなかった。


「あ、あぁ……」

 カサネの体を抱き上げる。軽かった。震える体で抱きしめる。


 熱い。あふれる血は熱いのに、その熱が冷めていく。


 カサネはもう何も話さない。ただ静かに、あたしの胸の中にいる。


 死んだのだから、当然だ。


「そっか。カサネは、もう」

 死んだのだ。その自覚が実感を伴ってやってきて。


「あああああああああっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 空を見上げてあたしは泣いていた。悲しみと、無力感と、絶望と、怒りと。いろんな感情をごちゃまぜにして泣いていた。


 ()()を強く抱きしめて、ただひたすらに泣いていた。


「ハナちゃん! 無事!?」

 誰かの声がする。そうか。遠い思考で思う。


 戦いは、終わったんだ。


 カサネの死によって。


 初夏の明るい太陽が、戦いの終わりを祝うように照っている。


 その太陽を呪うように、あたしはただただ泣き叫んだ。


残り2話、エピローグです。

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