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第25話 この関係に名前を付けるなら③

 桐山佳乃という聖女がいる。


 よく知らない者は、彼女を指して「一聖の聖女」と言う。


 知人として知る者は、彼女を指して「ぐうたらで適当な人間」と言う。


 名家の生まれの者は、彼女を指して「責任から逃げた卑怯者」と言う。


 桐山家の者は、彼女を指して「“聖槍”に最も近かった天才」と言う。


 彼女と親しい友人は、彼女を指して「勤勉な努力家」と言う。


 そして、聖女としての強さを知る者は、彼女を指して一様にこう言うのだ――


 *


「アウトかセーフかで言えば、やっぱりアウトだよねぇ。でもまー、聖女としてはアウトだろうけど、保護者としてセーフ、かな」

「き、桐山さん」

「二人ともまだ生きてるね。よかった、よかった」

「あんた誰だよ」


 ルイの放った魔法を、自らの魔法で受け止め相殺した佳乃は、へたり込んでしまったハナを守る形で立ちふさがった。

 敵意にまみれた声に、佳乃はへらりとした笑みで答える。


「あんたがボコしてくれた二人の保護者だよ」

「知るかよ」

「聞いたのはあんたでしょ」


 はぁー、と佳乃はわざとらしくため息をつく。

 ぶっ壊れた学校の校舎と、あふれんばかりの惨殺(斬殺)死体。大事な姪っ子のアヤノは致命傷一歩手前で気を失って、大事な部隊員であるハナも戦う意思が残っているのが不思議なほどの重傷。


 アヤノからの連絡を受けた時点で、佳乃は学校から最も離れた地点にいた。不穏な報告内容に、この災害の核心は学校にあると判断し、町を徘徊するカゲを蹴散らしながら学校へ急いだ。到着直前で学校が崩壊する音を聞いたときはもう無理だと思ったくらい。


 ハナが殺される寸前でかばえたのは、奇跡的な偶然だ。


 そう、偶然。まるで誰かが仕込んだかのような気持ちが悪いほどの偶然だ。


 鈍い銀色の瞳をもった小柄な少女。使ってきた魔法は液状の魔力の噴射。おそらく酸のような性質をもっている。校舎を破壊したのもあの魔法だろう。

 かわいらしい顔を凶悪にゆがめ、佳乃を射殺さんとばかりににらみつけている。


「一つだけ聞いておこうか」

「あ?」

 ルイの敵意を軽く受け流し、手にした槍を軽く一回転させて肩にのせる。


 顔に浮かんでいたへらへら笑いが消え、冷え切った表情で問う。

「町にカゲをばらまいたのって、あんた?」

「知るかボケ」

「あっそ。じゃ、場所を変えよっか。広いところでやろうよ」

「は――がぁっ!?」


 ルイの目からは佳乃が消えたように見えただろう。それほどの速さだった。一瞬で佳乃は間合いを詰め、ルイを文字通り蹴り飛ばした。

 反応できず、無防備だった腹に強烈な蹴りを食らったルイは、わけもわからぬまま吹っ飛ばされる。

 ゴール地点は倒壊した校舎を挟んだ向こう側、グラウンドだ。


「先に言っとくけど」

 着弾を待つことすらしない。宙に浮いたルイに速攻で迫り、喉元めがけて佳乃は槍を突き出した。


「私は、ハナちゃんやアヤノほど優しくも、弱くもないよ」

「――このっ!」


 槍が喉を貫く直前、ようやく危機を飲み込めたルイがアクションを起こす。槍の軌道に合わせるようにガラス板を生成。槍の一撃を受け止める。

 佳乃の槍は板に触れて、あっけなくひしゃげた。必殺の一撃を防がれた佳乃は、驚愕の表情を浮かべる――わけでもなく即座に次の手を打った。


 佳乃の槍は佳乃自身の血でできている。ひしゃげた槍の穂先が、液状に変化、ルイを包み込むように展開する。血はまた槍に変わって、何本もの小さな槍がルイの背中を貫いた。


「がはっ」

 ルイは佳乃をにらみつけ、でたらめに魔法を放つ。視界を覆いつくすほどの酸の液体を佳乃に向かって放出。同時にルイの体は砂の地面にたたきつけられ、地面を転がる。

 佳乃は反撃に対し、即座に身をよじって魔法を回避、地面に着地と同時にルイに再度迫る――寸前でルイから一気に距離をとった。


 佳乃が寸前までいた場所がガラス板の群れに押しつぶされる。ガラス板は下がる佳乃を追いかけ、津波のように迫った。

 同時、上空に校舎を破壊したとき、いやそれ以上の規模の酸の水球が出現した。出現と同時に炸裂。佳乃のいるあたりめがけて激しい酸の雨が降る。


 ガラス板の群れと酸の雨。片方だけでもハナとアヤノを一方的に追い込んだ魔法のさらに大規模版。この激しい反撃に、佳乃は顔色一つ変えない。


「あと30秒くらいかな」

 つぶやく。酸の雨が降り注ぐ直前、佳乃は手にした血槍を空に向かって投擲した。槍を即座に再展開、穂先を変形させて傘を作る。

 投擲された槍が形を変える。小さな槍の雨になって、まるで意趣返しでもするようにルイに降り注ぐ。


「くそがぁっ」

 ルイはガラス板を生み出して防御する。


 それこそが佳乃の狙いだった。魔法の複数制御に気をとられ、ガラス板の群れの動きが鈍る。その隙をついて酸の雨を傘で防ぎながら、疾走。津波を大きく回りこむようにルイに接近する。


 佳乃がルイを直接視界にとらえるのと、ルイが佳乃の接近に気付くのは同時だった。


 魔力が瞬間的に流しこまれる。佳乃の傘は衝撃を生み出しながら爆散、その勢いに乗って数十メートルはあった距離は刹那の間に消える。真正面からの一閃。佳乃の踏み込みで、グラウンドの地面が大きく割れる。佳乃の手にはすでに再生成された槍があった。神速の突きがルイの心臓を貫く直前、速度が減衰する。


「……へぇ」

 すんでのところでルイと槍の間に分厚い酸の壁が形成されていた。粘性を伴ったその壁によって軌道は逸れる。槍はルイの肩先を骨ごとえぐり飛ばすにとどまった。

 出血も少ない。見れば、はじめに与えた傷もほとんど血が出ていなかった。何らかの手段でダメージを軽減されている。


「てめぇっ」

 ヒットアンドアウェイ。佳乃は間欠泉のように地面から突き出される反撃の酸をひらりとかわす。その後、突如として出現する酸とガラス板の小規模な攻撃を走りまわりながら逃げ続ける。


 ――私が見えなくなることを恐れて、コンパクトな攻撃に切り替えてきたな。


 守りに徹しながら、佳乃はルイを分析する。

 強い。それが佳乃のルイに対する正直な感想だった。


 ――魔法の性質、規模。どれをとっても並みの魔法じゃない。特にあのガラス板みたいな魔法。


 起こりの挙動は一瞬。佳乃の眼球のある場所にガラス板が出現する。顔をよじって回避。ほんのわずかに目元の端が切れる。


 ――切断の性質があるみたいだけど、それだけじゃないな。おかしなくらい硬い。少なくとも私の魔法で干渉するのは無理だ。傷口に張り付けでもしているのかな。あいつの傷をふさいでいるのもあの魔法の効果かな。下手すれば、大魔法に認定されてもおかしくないレベル。


 空から酸の雨が降る。走り続けながら槍でそれら全てを払い落す。


 ――それに比べたら、酸の魔法はまだまし。私の魔法でも相殺できる。液状に形成される分、変則的な動きをしてくるけど、ガラス板くらいの理不尽さは感じない。


 足元を刈るように出現したガラス板を軽くジャンプして回避。足を止めたらルイの魔法に殺される。だから、足を止めずにやり返すことにした。

 槍を血に戻して霧状に拡散、針ほどの大きさにして射出。直線軌道、曲線軌道に変則軌道、あらゆる動きを実行する。


 ルイはその場にとどまったまま、全ての攻撃をガラス板で受けきった。


 ――あいつは戦闘に慣れてる感じじゃない。センスはあるけど、それだけ。技術はない。こういう戦闘自体、初めてかもしれない。


 だからこそ恐ろしい。斬る魔法と溶かす魔法、2種の異なる性質の強力な魔法。それをセンスのみで扱いこなす能力の高さ。致死の暴力を相手に向けるときのためらいのなさ。

 もし、この化け物が魔法の理解を深め、戦闘経験を積んだのなら。


 聖女機関にとって最悪の敵になりうる。


「さて、そろそろ時間だ」


 今ここで確実に殺すべきだ。


 ルイが片膝をついた。ルイの顔に困惑が浮かぶ。苦しそうに喉元を抑える。顔からびっしりと汗が噴き出す。罠に思えるくらい明確な隙。

 佳乃はこの瞬間を待っていた。


「は、何が」

「……」


 相手の理解を待ってやる必要はない。悠長にネタ晴らしなんてするはずがない。


 佳乃の魔法は“血槍”。自分の血で槍を作る。それだけの魔法だ。魔法の格で言えば、ルイの用いる魔法どころか、アヤノの“聖剣”にだって大きく劣る。平凡でありふれた魔法でしかない。


 三歩。それが佳乃の詰めた距離。槍の間合いにしても遠い。けれど、佳乃の持つ槍はただの槍ではない。

 未だ混乱の最中にいるルイに、危機を感じさせないぎりぎりの距離で、佳乃は素振りでもするように軽く槍を突き出す。


 伸びた槍が、ルイの胸をあっけなく突き刺さった。


「――はっぁ、あ゛?」

 吐き出された声と一緒に、ゴポリと血がこぼれた。胸を押さえるように体が地面に崩れる。


「次で終わり」

 とどめの一撃を見舞うために槍を引き抜く。穂先を頭上にかかげ、首を刈り取る構えをとる。


 ――佳乃の魔法は平凡でありふれたものでしかない。だから、彼女は魔法の解釈を広げることにした。


 “血槍”は文字通り血でできた槍だ。


 槍なのだから、投げ槍のように飛んでいくことができるだろう。


 槍なのだから、大きいものから小さいものまでサイズもいろいろだろう。


 血なのだから、液体のような形をとることができるだろう。


 血なのだから、自分の体として自在に動かすことができるだろう。


 血なのだから、相手の体に入ると毒だろう。


 佳乃の柔軟な思考は、平凡な魔法を凶悪な魔法に変えた。免疫の拒絶反応から来る症状を毒と解釈した。だから、変幻自在、縦横無尽の佳乃の槍は、致死性の猛毒を帯びている。かすり傷でも致命傷になりうるそれが、圧倒的な手数と技量をもって振るわれる。


 尋常ならざる魔法の強化と、その魔法を使いこなすための修練。生半可な道ではなかった。能力の高さにあぐらをかいているだけの人間にできることではなかった。

 だが彼女は成し遂げた。


 だからこそ、聖女としての強さを知る者は、佳乃を指して一様に呼ぶのだ。



「大聖女に最も近い聖女」と。



 聖女機関における最高戦力の一人。



 近接戦闘に限っていえば、大聖女を含めても三指に入る実力者。



 その実力を自覚してなお、佳乃に驕りはない。



 だが、甘さはあった。



 毒に侵されたルイを、わけもわからないまま殺す。

 それでこの戦いも終わる。佳乃はそう思って槍を振り下ろ……さずに首を大きく右に傾けた。


「なっ」

 首筋を冷たい感覚が通り抜けた。佳乃の首の左側がばっくりと裂けた。太い動脈も断たれ、そこから噴水のように血が吹き出る。


 切断の魔法。だがこれまでは存在していた魔法の起こりが一切なかった。佳乃がかろうじて避けられたのは、聖女として長年戦い続けたからこその直感があったからにすぎない。



 戦場に三度変化が訪れる。



「ルイを……傷つけないで」

 少女のまとう雰囲気が変化する。荒々しさが失せ、どこか気弱で控えめな少女が顔を出す。


 ドロリと、佳乃の立つグラウンドが変化する。固い地面がまるで溶けたかのように粘性を帯び、佳乃の足をからめとる。

 首からの出血を魔法で抑え、佳乃は早くとどめをさすべく踏ん張りの効かない足で再び槍を振り下ろす。


「くそ……やっぱり」


 槍は少女の体から吹き出た真っ黒なもやに阻まれた。もや、ススはすぐさま密度を高め、佳乃のよく知る存在へと変わる。


「やっぱり“魔女”じゃないか!」

 佳乃は叫んだ。目の前に現れたのは巨大なカゲは、佳乃を飲み込むように倒れこむ。


「なめるな!」

 ここにきて、佳乃は自分の失態に気付く。心臓を槍で刺した後、カゲと戦うときはいつもなら槍の変形で内側から串刺しにして、肉体をぐちゃぐちゃに破壊しつくす。それなのに、今日に限っては一度引き抜き、首を刈ろうとした。


 目の前の存在が魔女かもしれないと思いつつ、ハナやアヤノとそう変わらない年ごろの少女の姿をしていたせいで、甘さが出た。


 きれいな体のままに殺してやろうなんて思ってしまった。

 そのほんのわずかな甘さがミスを生んだ。

 槍の一振りで生まれたばかりのカゲは消滅する。

 目の前にはすでに少女の姿はなかった。


 代わりに佳乃の周辺を大きく取り囲む、半透明のドームが出来上がっていた。ドームの外側は白く濁って見通せない。佳乃は槍をドームに突き立てたが、ぐしゃりと槍が崩れるだけだった。


「これは、空間を遮っている……そういうことか!」

 ドン、とこぶしを強くドームに打ち付けた。打ち付けた力の分だけこぶしに衝撃がかえって来る。


「空間ごと何もかも切って分ける魔法と、何もかもの境界を溶かす魔法。“反転”した2つの魔法か」

 少女の、カサネの魔法の本質を佳乃はようやく理解する。だが時すでに遅し。


「ハナ、アヤノ……」


 カサネの実力では、佳乃を殺すことができない。


 けれど、


 佳乃の魔法では、カサネの魔法を破ることができない。


 カサネ(生まれたての天才)は、佳乃(最強の聖女)の無力化に成功した。


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