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第23話 この関係に名前を付けるなら①

「カサネ……」


 扉を開けた先に見たのは、見慣れた少女の見慣れない姿。


 整然と並んでいたはずの机やいすは、鋭い刃物で切り刻んだようにバラバラになり、あちこちに散乱している。教室の端に並べるようにしてあるのは、人間と、人間だったもの。カサネと同じ制服を着た彼、彼女らの中に無傷の者は一人もいなかった。


 傷の浅いものは逃げ出さないようにか、手足の腱を切られ血を流している。出血多量で声を上げる体力も残っていないのか、弱々しくうめくばかり。それすら、まだましな状態だった。彼らは教室の後方に放り捨てられるようにしていた。


 中央付近、窓際と入口側にある死体は――すでに死体となっているそれは、体を十ほどに刻まれていた。そうされる直前、どれほどの苦痛を味わったのか。彼らの顔はみな、凄惨に歪んでいる。


 そして前面。赤い何か。そう表現するしかないものが黒板の近くにあった。体が細かく刻まれ、刻まれ、刻まれていて何人がそうされたのかすら、判別できない。ただ、やった人間の、どす黒い殺意と憎悪だけ、感じることができた。

 これを、カサネが、やったの?


 地獄絵図。そう表現するにふさわしい空間の中央に、カサネはいた。


 制服を赤黒く染めたカサネは、ゆらりと、あたしの方を向く。体はまるで力が入っていなくて、どうして立っていられるんだろうと、場違いな感想が浮かんだ。それなのに、小さなカサネの体から、異質な圧のようなものを感じられた。



 うつろな銀色の瞳が、あたしをとらえる。



「ハナ……さん?」

 魂の抜けたような、カサネの声。ドクン、と心臓が大きくはねた。カサネはあたしを見ている。


 今後に及んで、目の前の光景を見てなお、あたしはこれを、これまでのあの惨劇をカサネがやったと信じられなかった。信じたくなかった。だってカサネは小さくて、可愛くて、素直で、感情がすぐ表に出る……妹のような存在で。


 あたしが、守るべき、守りたいと思った存在。



 あたしはなんて言えばいい? カサネにどんな言葉を――



 ゆったりと、カサネはあたしに手を伸ばす。赤黒くて、人の肉か内臓かのカスのこびりついた手を伸ばす。


「ハナさん」

「ハナっ!」


 カサネの手から“それ”が出るのと、アヤノがあたしを突き飛ばしたのは、ほぼ同時だった。呆然としていたあたしは、抵抗もできずに教室の中の血だまりに倒れる。


 透明なガラス板。


 あの聖女が言っていたように、カサネの手から伸びたそれに名前をつけるならこうなるだろう。手のひらサイズの無数のガラス板が、カサネの手から光線みたいに放出されていた。板の先はあたしがいたところ。アヤノが、あたしとカサネを遮るように立っている。

 アヤノに突き飛ばされなかったら、あたしは今……


 カサネに、殺されかけた?


「ハナ!」

「あ、え?」


 アヤノの叫びにろくに答えることができない。あたしは今どんな顔をしているのか。きっと、カサネに負けず劣らず、呆けた顔をしているだろう。

 カサネがあたしに攻撃をした。きっと、教室の人間をこうした攻撃を、あたしに。


 現実と、理解と、感情が追いついてこない。バラバラで、動けない。


「分かった」

 アヤノは立ち上がれないあたしから視線を外し、カサネの方へ向き直る。またゆらりと、首だけの動きでカサネはアヤノを見た。


「避けた……?」

 試すように、カサネが縦に手を振る。線状に伸びるガラス板の群れが、あたしを背にしたアヤノを襲う。

 アヤノはガラス板に向けて、聖剣を振り払った。



 キィィッ!



 ガラスをひっかくような音が響く。カサネの放ったガラス板と、アヤノの聖剣はどちらも消滅していた。


「冗談だろう……?」

 消えた聖剣を見て、アヤノはつぶやく。


 相殺。そう、相殺だ。カサネの魔法とアヤノの聖剣が互いに打ち消し合ったんだ。


「……」


 無言でアヤノは聖剣を再生成する。右手に1本。そして、腰に帯びるように6本だ。

 カサネもまた、今見た光景が不可解だと言うように、首をかしげていた。両手を大きく広げ、前に振り払うのと、アヤノが前進するのは同時だった。


 両手から放たれる二つのガラス板の群れに、距離を詰めながらアヤノは聖剣を二度振るう。


 右手で一度。群れの一つとぶつかり、甲高い音を立てて消滅。続けて一歩踏み出しながら左手で腰の聖剣を抜き撃つように一度。それで残った群れも消滅。

 さして広くない教室。アヤノは間合いをさらに詰める。後一歩で、カサネを捉えられる。


 あ、斬られる。


 けれど、その一歩をアヤノは詰められなかった。


「こないで」

 小さなカサネの声に合わせて、カサネは手を下に払う。二人の間を埋め尽くすようにガラス板があふれる。アヤノは両手に聖剣を持ち、応戦しようとした。でも聖剣がガラス板を打ち消すより、ガラス板が増殖する方が速い。


 残った聖剣をすべて消費させられる。


 聖剣を消滅させたアヤノは下がるしかない。あたしの隣、最初の立ち位置にアヤノは戻っていた。ちらりとあたしを見て、すぐカサネの方へ向き直る。増えたガラス板は溶けるように消えた。埋め尽くすようなガラス板が生まれた場所。切り刻まれ、天井には穴が空き、床もずたずたになっている。


「はぁー」

 気持ちを切り替えるように、アヤノは深く息を吐く。


 消滅した聖剣を補充。今度は、左右に激しく動いてカサネとの距離を詰める。教室の後方からカサネの側面に回りこみ、鋭い一閃を見舞う。


 手を払う。ガラス板はカサネを守るように展開。分厚い壁に阻まれる。


 カサネの死角を狙う。壁から離れながら姿勢を低くして下から突き上げる。


 手を払う。カーテンを閉じるようにガラス板が展開。板がかすり、アヤノの腕から血が流れる。


「っつ……」

 アヤノは何度もカサネに剣技を見舞う。何年も何年も訓練を続けてきて得た技術をぶつける。


 カサネは一歩も動いていない。緩慢な動きで手を払い、魔法を使っているだけ。技術も何もない、ただのゴリ押し。


 そのただのゴリ押しに、アヤノは手も足も出なかった。


 泥仕合だ。死角を狙っても、タイミングをずらしても、速度で翻弄しようとも、雑に手を払って魔法を使うだけで、アヤノは退けられている。

 アヤノは無言で淡々と攻め続ける。無数の攻め手は一つ一つつぶされ、次第に攻撃を避けられなくなってきている。


 アヤノの顔は汗でびっしょりだった。打つ手のなさの苦しさが、あたしにまで伝わってくるようだった。カサネの魔法は異質だった。あまりにも、強すぎた。


 アヤノの魔法は、剣を生み出す魔法だ。だけど、ただそれだけの魔法が“聖剣”なんて大層な名前で呼ばれるわけがない。聖剣はあらゆるものに干渉、破壊する性質をもっている。他の魔法よりも上位に立つ性質があるのだ。だから、聖剣と打ち合ったカゲや魔法は、そのほとんどが聖剣によって一方的に打ち消される。



 その聖剣が相殺され続けている。



 つまり、カサネの魔法は聖剣の魔法と同等以上であるということだ。



 ……あたしは何をやっているんだろう。ぼんやりと、アヤノとカサネの戦いを眺めているだけ? どうして?


「しつ、こい」

 カサネはもうあたしを見ていなかった。アヤノだけを視界に収めて、うつろな顔で魔法を放ち続ける。


「はぁ、はぁ……っ」

 聖剣を作り、切りかかる。相殺される。教室後方に立ち、避けきれず刻まれ全身から血を流すアヤノは、肩で息をしていた。


「おしまい?」

 感情の抜けた声。アヤノは歯を食いしばり、何も言わない。カサネが手を振り上げる。



 だめだ。



 カチリと。ようやくのろまなあたしの脳みそが現実を受け入れる。このままじゃ、アヤノが死ぬ。カサネに殺される。それだけは、



 絶対にだめ。



「カサネ!」

 カサネが手を振り落ろす瞬間。あたしを叫んだ。手にしたライフルに魔力をこめ、乱射する。


「――ハ」

 カサネがとっさにあたしの方を振り向き、あたしに向かって手を振り下ろした。生まれるガラス板の群れ。それはカサネの前に展開されるだけで、あたしには飛んでいかない。

 ただ銃弾だけがガラス板に当たって落下する。


「な、んで?」

「あたしは!」


 弾切れ。ライフルを廊下に投げ捨て、拳銃を右手に取る。左手にはアヤノのナイフ。


「あんたを、止める」


「……あ」


 拳銃を構え、カサネをにらみつける。そこでようやく、カサネの顔に、声に、感情のようなものが宿った気がした。恐怖。動揺。これまであたしがカサネに向けられたことのない感情。だけど。


 カサネがあたしを見た。


 アヤノから、意識が離れた。


 その瞬間に、アヤノが無音で距離を詰める。しゃがみこみ、地を這うような姿勢からの切り上げ。カサネが気づく。あたしの射撃と、アヤノの剣撃は、数瞬たがわず同時に行われる。


 手を払う。カサネを取り囲むようにガラス板が展開。弾丸は落下、アヤノはガラス板の一部を相殺する。囲いに穴が開いた。アヤノごと押しつぶすつもりか。広げた翼で包み込むように、ガラス板の群れは動いた。


「カサネ!」

 アヤノの元へ駆け寄る。叫ぶ声に反応してか、翼の動きがにぶった。

 アヤノは後ろに飛ぶ。入れ替わるようにあたしが穴の前に立つ。


「あ、あぁ」

 カサネの顔の動揺が広がる。翼は止まり、穴が急激にふさがっていく。引き金を引く。弾かれる。


「ハナさん。どうして?」

 透明なガラス板の壁の向こうからの、カサネの問いかけ。その意味はなんだろう。


 知らない。あたしは、やるべきことをやるだけだ。


 なんでかはわからない。だけど、カサネはたくさんの人を殺した。


「今、成功しないで、いつ成功するんだよ」

 ……波長は合わせた。左手に持ったナイフに魔力を流し込む。ふさがった穴は突貫作業で、まだ薄い。あたしの銃弾じゃどうしたって通せない壁だけど、アヤノの聖剣は相殺できた。


 なら。


 ナイフから光が放たれる。それは剣の形を成していく。背後から、息を飲む声が聞こえる。


 大きく、一歩を踏み込んだ。


「この……バカ!」

 目いっぱいの感情をこめて、ナイフを突き出す。



 キィィッ!



 甲高い音を立ててガラスは消滅した。


 初めて成功した疑似継承の聖剣は、一瞬で役目を終えて消滅した。後には、元のアヤノのナイフが残る。


 実体のある、ナイフが。


 穴の開いた囲い。あたしはカサネの目の前にいる。


 カサネと目があう。目をいっぱいに開いた驚いた顔。見覚えのある表情に、胸がひどく痛む。そしてその顔が赤黒い誰かの血で汚れていることに、もっと胸が痛んだ。


 学校の中でカサネを助けた。公園でたくさん話をした。バレーボールで遊んだ。勉強を一緒にやった。


 買い物をして、甘いものを食べて、涙が出るほど一緒に笑って、泣いて、怒って、ケンカをして、



 あたしは今ここにいる。



 殺す。


 カサネはあたしを見たまま動かない。ガラス板の群れも、動きを止めている。決意を固める。世界が静止しているように感じた。銀色のカサネの瞳に移るあたしは、目の前の少女をにらみつけ、怖い顔をしていた。


 カサネの瞳が、悲しそうに揺れた。


 短く息を吸い込む。あたしが突き出したナイフは、囲いの穴を抜けて、カサネの胸に突き刺さった。


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