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第22話 堕ちる

 ――その日の目覚めは最悪だった。


 カサネを見つけられず、アヤノに慰められ、浅い眠りを何度も繰り返しながら短い睡眠時間をとる。


「頭、痛い」

 寝不足も相まって、訓練したわけでもないのに全身が疲れきっていた。鏡に映るあたしの顔はいかにも具合が悪そうだ。


「今日は一応K地区のパトロールになっているが、いけそうか?」

 朝食はアヤノが準備してくれていた。ほかほかのごはんとお味噌汁をテーブルに置きながら、アヤノが聞いてくる。


「うん、大丈夫、だよ。行く」

 具合が悪い原因なんてわかりきっている。任務をさぼって家にいたら、要らないことをずっと考え続けてしまいそうだ。


 なら、パトロールに集中した方がいい。

 そのあと、カサネに会いに行こう。それでもう一度話をしよう。仲直りを、しよう。


「そうか。無理だけはしないようにな」

「わかってる。ありがとね、アヤノ」


 本当、アヤノは優しくて気遣いが上手だ。見習わないと。


「――よしっ!」

 ご飯をかきこむように食べ終え、立ち上がる。切り替える。それで――


 アヤノのスマホが音を鳴らした。画面には桐山さんの名前。

 時計を見る。朝8時。今日は訓練じゃない。こんな時間に連絡が来たことはこれまで一度もなかった。


「なんだ……?」

 いやな予感がした。眉をひそめながらアヤノは電話をとった。怪訝そうなアヤノの顔がみるみる険しくなっていく。

 そして、戦いの時のような鋭い目であたしを見た。


「ハナ三補、すぐに戦闘準備を」

 アヤノはあたしを階級付きで呼んだ。言いながら、アヤノは手際よく制服に着替える。ボタンを一つ止めそこなう。


 あのアヤノが慌ててる?


「何が起きたの」

 あたしも急いで準備をしつつ、問いかける。


「魔法災害だ。すでに民間人に多くの被害が出ている。カゲも確認できている分で100体以上。魔法持ちも確認済み。第2種は確定、下手すれば……第1種魔法災害かもしれない」


 無数の悲鳴と死体の群れ。惨劇が記憶の中からよみがえってきた。全身が冷え切ったような感覚。

 第1種。つまり、カゲを無限に生み出す魔女が出ているかもしれないってこと?


「場所は、どこ」

 うわずった声で聞く。ぎゅっと震える手を握りこむ。

 アヤノはすぐには答えずに、手を止め、足元に視線を向けた。


「……N地区」

 アヤノが告げた名前は、カサネが住んでいる地区の名前だった。


 *


 パトカーみたいに大音量でサイレンを鳴らす。避ける車の中央を最高速度で飛ばしながらN地区へ向かう。最中、車に取り付けた無線からは現場や被害の状況が絶え間なく流れてくる。


『聖女1名および候補生2名到着。魔女の探索を開始する』


『候補生2名到着しました。地区からカゲが出ないように巡回します』


『〇〇で8名の民間人被害確認。近くにいたカゲは撃退しました』


『N地区警察署と消防署で主要道路の封鎖および民間人の避難誘導を行います』


『××周辺でカゲの群れを発見。数は20以上。戦闘開始します』


『△△周辺で、民間人の被害確認。数は……40を超えています』


 アクセルをさらに強く踏み込む。目まぐるしく車の外の景色が変わる。強い焦りがあたしの中に渦巻いていた。

「そろそろN地区に入るけど」

 桐山さんから大急ぎでN地区に向かうように指示された後は、特別他の指示は来ていない。現場も災害の規模は不明瞭でまだ指揮系統がはっきりしていない。

 本来なら、小隊の合流……ケイ先輩とナオと落ち合うのが優先だけど。


「悪いニュースだ。S地区で第3種魔法災害が発生。ケイ先輩たちはそっちに向かった。私たちは2人で行動することになる」

 スマホの通話を切りながらアヤノが言う。


「別のところでも?」

「あぁ。タイミングが悪い」

 まるで図ったかのようなタイミングだ。


「ねぇ、アヤノ。わがままがあるんだけど」

「なんだろう」

「まだ指示が出てないなら、行きたいところがあるんだけど」

「中学校か」

「うん」


 カサネがとにかく心配だった。逃げているにせよ、隠れているにせよ、カサネの安全を確かめたかった。

「学校は人が多い。すでに聖女か候補生が向かっている可能性が高いが……大丈夫だ。行こう」

「ありがと」


 N地区がまもなく近くに見えてくる。爆速で迫るあたしたちの車を見て、警察の人たちが封鎖していた道路を開ける。


 その開けた道を、あたしたちは突っ切っていった。


 *


 幸運なことに、中学校までの道のりはカゲと遭遇しなかった。

 隠れているのか、逃げ出したあとか、道路に生きている民間人の姿はなかった。あるのは倒れて動かないもう見慣れてしまった「もの」だけ。


 異変は、見慣れた道に近づいてからのことだった。


「止まって」

 道路の脇に車を停車する。中学校へと向かう通学路。車から降りるとむせかえるような死の匂いがした。


「何、これ」

 道路にあるのはたくさんの死体。通学の時間だったからか、中学生の制服を着た人間が多い。


 その彼らがみな死んでいた。そして、死に方が異様だった。

 赤い。死体はみな体をぶつ切りにされていた。断面からこぼれた血と肉と内臓が、おぞましく学校までの道を飾っている。

 近くに転がる死体を観察する。鋭い刃物でも使ったのか、断面は鮮やかなほどきれいだ。


「何を、どうすればこうなるってのよ」

 目の前の光景があまりに非現実的すぎて、吐き気すら起きなかった。魔法災害は何度も経験してきた。けれど、こんな光景は一度も見たことがない。

 だって、カゲは人に触れるだけで殺せるのだ。こんな残酷な死体は見たことがない。


 魔法持ちのカゲ? だったら、近くにカゲの姿がないのはおかしい。


「魔女……」

「え?」


 アヤノが小さくつぶやいた。ゆるゆると首を振り、険しい顔で目の前に広がる光景を観察する。


「死体の向きに規則性がある」

 アヤノは学校の方を指さして言った。


「バラバラにされているからわかりにくいけど、頭がみんな学校の方を向いている。きっと学校とは反対方向から来た何者かから逃げようとして、後ろから斬られたんだ。おそらく魔法。それも、とびきり強力な」

 ハナ、とアヤノは言う。


「中学校に行くってことは、この魔法の使い手と戦う可能性がある。それがカゲなのか、それとも別の何者なのかはわからないけれど、この光景を見る限り、少なくとも人を殺すことに何のためらいももっていない。はっきり言って危険だ。聖女に、それも一聖クラスの人間に任せた方がいい」

「行くよ。あたしは、一人でも」

 言葉に強い思いを込めて言い返す。


「危険な存在が学校にいるかもしれないんでしょう。だったら、一秒でも早くいかないと。あの子が、カサネがおびえているかもしれない」

「……分かった。なら桐山一聖に連絡だけ入れておこう」


 あたしたちは死体の道案内に従って走り出す。


 *


「この人は……」

 校門を通って敷地内に入る。当然のごとく赤にまみれた光景の中で、見覚えのある服装の女性を見かけた。


 その人は玄関口のわきにもたれかかるように座っていた。右足と右手を切断され、腹部に無数の深い裂傷を受けて、周囲を血で満たした状態で。近くに転がる右手は彼女の武器なのか、中ほどで折れた刀が握られていた。


「――っぁぢ」

「まだ生きてっ……」


 その聖女の服を着た人は短く息を吐いた。アヤノと二人で急ぎ駆け寄る。彼女はあたしたちの足音に気付いたのか、力なく頭を持ち上げる。目は虚ろであたしたちがはっきり見えているのかもわからない。

 知らない聖女だった。つけている腕章は三聖。齢はあたしたちのちょっと上、まだ若いように見えた。

 この惨劇を作り出した何者かと戦って敗北したのだろう、受けている傷は明らかに致命傷だった。


「銀の、目の」

 にもかかわらず、聖女はあたしたちに情報を告げようとしてくれていた。


「女、の……子。気弱な、感じで、きる……魔法を使う」

 気弱な感じの、女の子? なぜだろう。カサネの姿が脳裏に浮かんだ。


 あれ? 女の子? カゲ、じゃなくて?

 アヤノは聖女の言葉を一言でも聞き逃すまいと、血で濡れるのにも構わずに聖女のそばで膝をついている。

 アヤノはあたしと同じ疑問を抱いてはいないようだった。


「ガラス、みたいな、たくさん。ごめ、足止め……すら、できな、かった」

 ゴホゴホと聖女が激しくせき込んだ。そのまま、自分の血だまりの中に倒れこむ。

 最後の力を振り絞るように、聖女は玄関の方を指さした。


「あの子は、中に。助け」

 それきりだった。力を失って、聖女の手が落ちた。虚ろに開かれた目をアヤノがそっと閉じてあげた。


「……急ごう」

「うん」

 足止めすらできなかった。聖女の言葉が重く響いた。



 いつもはにぎやかなはずの校舎の中は嫌になるほど静かだった。人の気配がまるでしない。そのくせ、教室の中は赤い。赤い。赤い。中に広がっている光景が何なのか、見なくてもわかる。

 廊下の死体は数えるほど。ほとんどは教室の中にあった。


「変だ」

 アヤノが言う。


「なぜ彼らは逃げていない?」

「逃げる前にやられたんじゃないの?」

「パニックを起こして逃げ出した人間はもっといていいはずだ。あるいは逃げ出すことすらできない状況を作りだしたか――ただの斬る魔法じゃないのかもしれない」


 赤い道しるべは一つの教室の前で途切れていた。心臓が大きくはねた。2年3組。入口の上にかかった教室の名前は前カサネが言っていたクラスじゃなかっただろうか。

 中をのぞけるはずの窓は真っ赤に汚れて中の様子をうかがわせない。だけど他の教室と違って、かすかに生きている人の気配が、人のうめき声のようなものが聞こえた。


 いやな予感が加速していく。カサネの無事を願う心はいつしかしぼんでいた。

 ただ、違っていてほしい。的外れでいてほしい。そんなわけのわからない気持ちばかりが浮かんでいた。


「開けるよ」

「あたしが、開ける。アヤノは、魔法を」

 震える手で、扉の引手に指をかける。


 あたしは、扉を、開けた。


 あぁ、どうしてわかったんだろう。


 当たってしまった。


 赤い死で満ちた教室の中央に、いた。


「……カサネ」


 見慣れた制服を、見慣れない汚し方をしたカサネが、いた。


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