第15話 変化
「調子はどうだい?」
カサネと遊ぶ約束をした翌日。スマホに桐山さんから電話がかかってきた。
おなかに手をやる。押し込んでも痛みはない。見た目も、わずかに傷跡が残るくらいで、激しく動いても傷は開きそうになかった。
桐山さんが命じたのは「完治するまでの訓練禁止」だ。
傷はすでに完治している。
「な……」
治りました。そう返事をしかけて止まった。カサネの笑顔が、頭にちらついた。
「どしたのー? 早くー」
間延びした口調で桐山さんがせかしてくる。迷っていた。前までの自分なら、絶対に治ったと言った。治ったから、訓練に参加させてほしいと。
でもそれはつまり、カサネと会う時間が減ってしまうわけで。
「ハナちゃん?」
「……大体治ったと思いますが、まだわかりません。ひとまず午前の訓練にだけ参加させてもらってもよろしいでしょうか」
そんな玉虫色の返事を、あたしはしていたのだった。
*
「お久しぶりです」
「おう」
アヤノと一緒に2週間ぶりの訓練室に入る。公園にばかり行っていたからか、空調の利いた広い空間に違和感を覚える。天井からの明かりが妙に薄暗く思えた。ケイ先輩とは目線を合わせず、挨拶を短くするだけだった。まだ先輩には謝れていない。だから少し気まずい。
「復帰おめでとうございます」
「ナオ……まだ正式に復帰できるかはわからないけどね」
にこにこと笑うナオにそう答える。ナオは「あれ?」と首を傾げた。
あたしらしくない。そう思ったんだろう。あたし自身、自分らしくないと思う。
「ひとまずさ、長らく銃も握ってなかったから、今日は慣らしっていうか、軽くやってみるよ。フォーメーションは同じだよね。迷惑かけるかもだけど、よろしく」
「了解です」
小隊で動くときは、ナオとあたしで後方支援に徹する。久しぶりのライフルからは、ズシリと、金属の詰まった重さが手に伝わる。
「それでは、今日の訓練のスケジュールを伝えますが――」
アヤノから訓練内容を聞く。桐山さんとの4対1や個人での戦闘訓練。魔法の慣熟など。あたしが謹慎を言い渡される前と変わっていない。
「おー。久しぶりにアヤノ小隊がそろったねー」
アヤノが話し終わったあたりで、ゴム製の長棒をもった桐山さんが訓練室に入ってきた。鼻歌交じりに棒を巧みに振り回している。
「本日もよろしくお願いします」
「ん。よろー」
訓練の最初は、桐山さんとの戦闘だ。そこで各自の欠点を洗い出して、個人で修正していく。
アヤノと桐山さんが10メートルの距離で相対する。その5メートル後ろにケイ先輩がつき、さらに10メートル後ろにあたしとナオが立つ。
「昨日までは3対1で、お姉さんにぼっこぼこにされていたわけだけど、ハナちゃんが復帰することでどれだけ引き戻せるかなー」
桐山さんはやけにご機嫌だ。アヤノは無言で聖剣を形成する。右に一本、左に盾にするように三本。いつものスタイルだ。右手の聖剣を肩越しに構え、前面を左手でガードする。ケイ先輩も魔力を放出し、いつでも魔法を使える状態だ。
あたしとナオも銃口を構える。疑似継承で使っているナイフは持ってきてはいるけれど、まだ使わない。というか実戦で使える状態ではない。
これまでのように銃に魔力を通そうとして、やめる。
「ハナさん?」
いつも違う動作に、ナオが疑問を抱く。応じる前に、アヤノが桐山さんとの距離を一瞬で詰めた。
肩越しの構えから、横凪ぎの一閃。当然のごとく、桐山さんは剣を上にはじく。体を回転の中心にした桐山さんの反撃。アヤノは左手の盾で受ける。
なめらかに続く連撃は、急に止まる。ケイ先輩の引力で、軌道をそらされた。生まれた隙をアヤノが突くが、桐山さんは後方に下がってかわす。
二人の間に距離が生まれる。あたしたちの射撃の番。ナオは手にしたライフルで桐山さんを狙う。けれど、あたしはトリガーを引かなかった。
「ハナ! お前何やってんだ」
「んー?」
ケイ先輩の怒号と、桐山さんのうかがうような表情。撃たないといけないのは分かっている。でもあたしはさっきの違和感の特定を優先した。
手癖で流そうとした魔力。それがどれほど無駄の多いものであるかを理解したからだ。今まで得意だと思い込んでいた魔力操作。それは、バケツで水をぶちまけるように雑なものだった。
魔力を操るときはもっと繊細に、丁寧にやらないといけないのに。
「アヤノ!」
生まれた距離を詰めようとしたアヤノを制する。中途半端な距離で、アヤノは止まった。
「ハナ?」
アヤノの視線がこちらを向く。その視線を感じながら、ライフルに魔力を流し込む。
……ライフルの構造を把握。より速く、より強く弾丸が飛ぶようにライフルそのものを魔力で補強する。弾丸も一発一発を丁寧に、けれど素早くコーティングする。
疑似継承のために波長を合わせるのと比べたら、単純構造のライフルや弾丸に魔力を流すことのなんて簡単だ。
「撃ちます」
宣言して、トリガーを引く。ガガガッ。これまで聞いたことのない音が銃口から響いた。弾速も、威力も、これまでの射撃とはまるで違う。その分、反動も強く返ってくるが、肉体も強化してフォロー。
「おぉっ!?」
弾丸の動きの予測が外れたのか、桐山さんの顔から余裕の笑みが消えた。でも撃った弾は全て撃ち落されてしまう。
「今のは焦った……ぞ!」
「しぃっ!」
最後の弾を打ち落とすと同時にアヤノが強襲。両手持ちした聖剣の降り下ろしだ。
わずかに生まれた隙をついた攻め手に、桐山さんは、今度は笑みを浮かべた。
「楽しくなってきた」
ナオとケイ先輩がそれぞれ銃弾と引力でフォローしながら、アヤノと桐山さんは切り結ぶ。二人は訓練室を駆け回りながら互いに聖剣と長棒を打ち合っていく。
そんな4人の攻防を見据えながら、次のできることを考える。魔力を正しく使えば、弾丸の威力はああも変わる。なら、他のこともできないだろうか。
ライフルの強化はそのままに、弾丸の方を変える。銃口を桐山さんではなく、斜めに向けて、無言で撃つ。
「あ」
発砲音はしなかった。間の抜けたような、ナオの声。ゆるやかな弾速の弾は山なりを描き、走りまわる桐山さんの背後を狙う。
「まじか!」
その変則的な軌道に一瞬で気付き、打ち落とすべく棒の動きを合わせる。
弾丸が棒に触れる、その直前で機動はさらに変化。弾は一度沈み込み、下からえぐるように桐山さんに命中した。
「いったぁ」
「やった!」
桐山さんに一撃与えた。アヤノ小隊結成後、初の快挙だ。予定外の痛みに桐山さんはぴょんぴょん横っとびにはねる。
「あー、やられたー」
それから訓練室の床にごろんと寝転がった。
「しゅーりょー。……ってか、アヤノはとどめをさそうとしないで」
桐山さんの合図で、アヤノは喉元に突き立てようとした聖剣の動きを止め、あたしの方を向いた。
ケイ先輩とナオは、驚愕の表情をしていた。無理もない、というかあたしが一番驚いている。
あたしが、やった? 桐山さんに一発入れた? じわじわと喜びがこみ上げてくる。
「ハナ先輩!」
横からナオが抱き着いてきた。満面の笑みでしきりに「すごいです!」『すごいです!』と声と魔法で言ってくれる。
「やったな」
「すげぇな」
あたしの元に歩み寄ってきたアヤノとケイ先輩が、二人であたしの背中をパンとたたく。
「よく、よくやってくれた。桐山一聖によく一撃を……!」
「ほんとほんと。いつかあのにやけ面をひっぱたいてやりたかったからさぁ。マジで嬉しいよ」
アヤノは感激と言った表情で、今にも泣きだしてしまいそう。あたしにいつも怖い表情を向けるケイ先輩ですら、笑顔が浮かんでいる。
「いやーまさかハナちゃんに一発もらうとはねー。びっくりびっくり」
4人で喜びを分かち合っているときに、起き上がった桐山さんがあたしたちの元へ来た。
「くそー。お姉さんの無敗伝説が崩れちゃった。ま、次は食らわないけどねー」
「やめてくださいよ。素直に喜んでるのに」
「そうだね。おめでとう、ハナちゃん」
不意に真剣な顔になって桐山さんは言った。
「君がこうして結果を出したことを、私は喜ばしく思うよ」
「あ、ありがとうございます」
真面目な雰囲気の桐山さんに慣れない。おどおどしてしまう。
「傷も治ったようだし、謎のパワーアップもしてた。これで訓練にも正式に復帰できそうだね」
「あ……」
そうだった。訓練の復帰。喜びの気持ちが急にしぼんでいく。
「ハナ? どうした?」
アヤノの心配する声。
訓練を再開すれば、これまでのようにカサネと会う時間が減る。それは悲しいと思う。
だけど。
「はい。ハナ三補、アヤノ小隊の訓練に復帰します。ですが」
「ですが?」
「来週からにしてもらっても、いいでしょうか?」
残り短い時間でも、少しでも長くカサネと一緒にいたいんだ。あたしは。




