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第14話 友達

「でき、た!」

「わぁ」


 膝の上に置いているナイフから、剣の形をした光が発されている。

 博士から疑似継承を学んで2週間。あたしはようやく魔法を再現することに成功した。


「んーっ!」

 カサネが見ていなかったら、踊り出したい気分だ。何せ初めての魔法、そうあたしが自分の意思で出した初めての魔法だ。たとえそれがアヤノからの借り物の力であったとしても。


 あたしは魔法が使える。大きな、大きな一歩だ。


「すごいです!」

 カサネがパチパチと拍手をしてくれる。詳しい事情は話していないけど、あたしの反応から、何やらすごいことが起きたと思っているみたいだ。

 ものすごく気分がいい。だけど、これはゴールじゃない。


「い、いやまだまだだよ。これはまだスタートラインに立ったにすぎないんだ」

「そうなんですか?」

「ほら」

 ナイフを手に取ってカサネに見せる。ナイフのまとった光は不安定に揺れている。ろうそくが風に吹かれたように、光は消えてしまった。


「あたしがやりたいのは、さっきの光を継続して出せるようになること。あんなにゆらゆらで、すぐ消えちゃうようなら役に立たないの」

「……ハナさん、顔にやけてますけど」

「気にしないで! これはしょうがないことだから!」

 恰好がつかない。だって初めて出せた魔法だよ! 嬉しいに決まっているじゃないか。


「今の感覚をつかみたい。カサネ、少し黙って見てて」

「了解です!」


 忘れる前にもう一回だ。

 ひたすら練習を重ねて気付いたこと。疑似継承はまず自分の魔法因子を認識するところから始まる。

 どんな魔法が眠っているのかもわからないポンコツの魔法因子。そこから魔力を抽出する。出てきた魔力はあたしの波長を帯びて全身をめぐる。だから全身をめぐる前、魔力が生まれた瞬間に干渉する。


 アヤノの波長は体で覚えた。あたしの波長を、アヤノの波長で上書きする。

 魔力の一部を上書きしようとすると、もともとのあたしの波長が元に戻そうと邪魔をする。出てきた魔力全ての波長を変えるイメージが正解だ。

 さっきはほんのわずかに波長を整えた魔力を流しただけだった。今度はもう少し量を増やす。

 無理して波長が狂わないように。上書きした魔力をそっとナイフに注ぎ込む。

 ナイフに魔力が染みこんでいく感覚。


「連続成功」


 聖剣の魔法の再現ができた。しかもさっきよりも揺らぎが少ない。安定している。

「そっか。魔力は多い方が安定するよね」

 手に持って振ってみる。揺らぎが激しくなって、光は消えた。


「改善の余地あり。だけど」

「ハナさん!」

 カサネが笑顔で、手のひらをあたしに向けて両手をかざしている。そのほほえましい姿にあたしも笑ってしまう。


「いえーい」

「いえーい、です」

 パチンと、二人ハイタッチをした。


   *


 それから何度か成功と失敗を繰り返しながら、聖剣の再現は安定していった。実用にはいまだ至らない。けれど、つぼみが花開くように、目に見えて精度は上がっていく。

「ここまでかな。ごめんね。今日はあたしの練習ばっかりで、かまってあげられなくて」

「いえいえ、ハナさんが頑張っている姿を見られて、カサネも嬉しかったです」

「何それ」


 魔力が半分をきったあたりで練習を切り上げることにした。太陽の様子を見る。公園もだいぶ暗くなってきている。いつもならそろそろ帰ろうかという時間。

 沈みかけの太陽に照らされたカサネはにこにこと笑っている。


「カサネ、疲れてる?」

「え?」

 毎日会っているからか、カサネの細かい表情の違いが分かるようになってきた。いつもの笑顔と少し違う。無理して笑っているみたいに見える。


「えと……」

 カサネの目が泳ぐ。やっぱり何かあったのか。

「そんなこと、ないですよ。カサネは元気です」

「……そう」


 さすがにそれは嘘だと分かった。追及すべきかどうか。

 カサネが悩むとするならいじめ関係か、家庭関係か。どっちも追及してもどうしようもない問題だ。いじめだって、今変えていこうとしている最中だ。


「カサネ、最近すごく頑張ってるんです」

 悩んでいるうち、ポツリとつぶやくように言った。

「ハナさんのおかげです。勉強も運動も、前よりずっとできることが増えてきました。今日なんて、カサネ嫌だって言ったんです。いつもいじめてくる人たちに、そんなことしないでって。やらないでって」

 その時のことを思い出したのか、カサネの手は震えていた。

 怖かっただろうに、体がすくんでしまっただろうに。気の弱いカサネは精一杯の勇気を出したのだろう。


「そっか。頑張ったんだ」

「はい。頑張ったんです」

 多分、それでもいじめられてしまったんだろう。だから表情が暗かったのか。


「ねえ、次のお休みの日にどっか遊びにいかない?」


 どうにもできないことを考えていても、気持ちが暗くなるばっかりだ。カサネを励ましたい。元気になってほしい。


「遊びに、ですか」

「そう。嫌なこととか、辛いことがあったときにそのことをずっと考えてると気が滅入っちゃうよ。だから、楽しいことを考えよう。どこかない? 行ってみたいところとか、やってみたいこと、食べたいもの、買いたいもの。なんでもいい」

「遊びに」


 カサネは舌の上で言葉を転がす。あたしの言っている言葉がピンと来てないみたいだった。

「カサネ、遊びに行った経験って全然なくて」

「うん」

「友達も、いなくて。家族とも旅行どころかお買い物もしたことなくて」

「例のお姉さんとは?」

 カサネが唯一信頼できるという、謎の姉の存在を思い出す。


「ルイは……あっ、その人ルイって名前なんですけど、ルイとはそういうことできないです。できたら楽しいだろうなとは思うんですけど」

 ルイとは何者なんだろう。以前、ルイはカサネを守ってくれていると言っていたけど、実際守れている感じじゃない。遊びにも一緒にいけない。


 もしかして、ルイって実在しない存在なんじゃ、とあたしは思う。イマジナリーフレンドとか、例えばぬいぐるみにそういう名前を付けているとか、そういう可能性はないだろうか。だったら、カサネの言葉に納得できる。カサネの性格的にも十分にあり得そうだし。


 なら、あんまり触れないようがいいかも。


「カサネは、買い食いとかしてみたいです」

 考え込んだ後、カサネは答えた。

「クレープとか、甘いものを食べてみたり、お洋服の試着をしてみたり、お着替えして、遊んで、あ、あとカラオケって行ってみたいです。それから――」


 堰を切ったように、カサネはやりたいことを言い連ねる。その一つ一つを頭に入れながら、カサネの願いを叶えるにはどこがいいかを考える。

 ショッピングモールはどうだろう。いやいやアウトレットもいいかもしれない。スマホでいろいろ調べ物をしながら、二人でわいわい遊びの計画を立てる。


「週末が楽しみだね」

「はいっ!」

 いつの間にか、カサネの顔は無理のない笑顔に変わっていた。明るい未来は笑顔を生むのだ。あたし自身、疑似継承が上手くいって嬉しかったし、やっぱり楽しみなことってすごく大事だ。


「カサネは将来ほしいものとか、なりたいものとかある?」

 だから、あたしはカサネに聞いた。

 今苦しくても、楽しい未来が待っている。やりたいことがある。それは自分を変える以外の、いじめを乗り越える方法だと思ったから。


「将来……」

 小さな指を絡め、下を向く。


「友達が、ほしいです。たった一人でいいから。カサネ、今まで友達っていたことないから。ハナさん、友達っていいものですか?」


 言葉は思いのほか切実で、「友達」という言葉が、カサネの中で特別な意味をもっているように感じられた。中途半端な答えはカサネを傷つける。そんな風にさえ思えた。


「友達は、すごくいいものだと思うよ。あたしにもいるからさ。とっても大事で、尊敬している友達」


 アヤノのことだ。同居人。友達。仲間。恩人。あたしとアヤノの関係は一言ではなかなか言い表せない。でも確かにあたしとアヤノは友達だ。だって、楽しいことや苦しいことを共有してきているから。


「そうですか。いいなぁ」

 カサネはぼんやりと、公園の街灯を眺めていた。日はもう完全に落ちて、ポツンと一つおかれた街灯だけが公園を照らしている。


「カサネ、ハナさんみたいになりたいです」

「あたし、みたいに?」

「はい。ハナさんみたいに、優しくて、強い人になりたい。カサネは、とっても弱い人間だから」

 それはきっと将来の話。カサネの思い描く未来の話だ。


「なれるよ。あたし……よりもずっと優しくて、強い人に」

 あたしなんか。なんかという言葉は飲み込んだ。今自分を卑下すると、カサネも一緒に卑下してしまう気がした。


 カサネの信頼を裏切りたくない。


 ……あたしにとって、カサネってどういう存在なんだろう。ふと思う。任務の中でたまたま出会って、こうして毎日会って、話をしたり、勉強をみてあげたり、遊んであげたり。この関係に名前をつけるなら。

 妹みたいなものなのかな。妹分。うん、この言葉ならしっくりくる。


 もう遅い。疲れてきたのか、カサネはうとうとしている。

「ハナさん、ハナさんは聖女機関の人ですよね」

 どこか間延びした、眠気のまじった言い方だった。


「そうだよ」

「カサネも、聖女機関に入りたい、です。できますか?」

 カサネの目は今にも閉じてしまいそうだ。

「カサネがもう少し大人に、あたしよりも年上になったらね」

「カサネは、今、入りたいです」

「難しいことを言うね」


 無理ではない。魔力があったら聖女機関はいつでも歓迎だろう。だが、魔力を得るにはカゲに触れないといけない。聖女機関に入るためにカゲに触れようとする愚か者はいないだろう。

 想像する。あたしが聖女になって、桐山さんみたいに年下の子どもたちを引っ張る。子どもたちはみんな素直で、泣き言なんかも言っちゃうけど、訓練を頑張るんだ。手を取り合って努力して、みんなでカゲを倒す。


 カサネはきっとサポーターだ。小さい子たちの面倒を見ている。あたしに見せるような笑顔を子どもたちに向けている。

 辛いことも、悲しいこともあるけれど、笑って毎日を過ごせる。


「その未来はとっても素敵な未来だろうね」


 肩に体重がかかる。カサネはすーすーと寝息を立てていた。寝顔は穏やかで、その顔を見てるとほっとする。

 起こさないと。カサネに手を伸ばしたとき、カサネの目がすっと開いた。目はあたしの方を向いて、



「いつも、ありがとうな」



 と言った。


「えっ」

 その言い方は普段のカサネとはあまりにかけ離れていた。どこか粗野で、乱暴さのにじむ言い方。まるで別人が話しているみたいな。


「今の」

「すーすー」

 だがカサネはすぐに目を閉じてしまった。眠っている。


「カサネ、起きなよ。帰らないと」

「ん……あれ、カサネ、寝てました?」

「気持ちよさそうにね」


 再び目覚めたカサネの様子は今までと同じだ。さっきのは夢か、寝ぼけていたからだろうか。


「帰りたくないなぁ」

 そうぼやきながらカサネは帰っていった。いつもよりだいぶ時間が遅い。あたしも急いで帰らないと。


「帰ったら、遊びに行く準備をしないと」

 帰路、あたしの頭はカサネとの遊びに行く用事でいっぱいだった。

「そういえば、アヤノ以外と遊びに行くの久しぶりかも」

 いつの間にかに、カサネの存在はあたしの中で大きくなっていたらしい。でもそれは嫌な感じではなかった。


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