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第13話 アヤノの悩み

「最近、ハナが私に隠し事をしているんです」


 お昼休み。ケイは同じ小隊の仲間であるアヤノ、ナオと一緒に昼食をとっていた。3人とも食堂の日替わりメニュー。今日はトンカツの日だった。

 候補生は使った魔力回復のためによく食べる。皿に乗っているカツは当然のように2枚だし、茶碗にもごはんが山盛りだ。


「隠し事って、お前なぁ」

 米を口いっぱいにほおばりながら、ケイはあきれた様子だ。

「あいつだって、16才だろ? 小学生のガキじゃねぇんだから、同居人のお前にだって言えないことの一つや二つはあるだろ。お前だってあんだろ? そういうこと」

「それは、そうなのですが」

 アヤノは、箸で山盛りのままのご飯をつつく。マナーにうるさいアヤノには珍しい行為だ。


 ハナが訓練禁止を言い渡されてから2週間。つまり、アヤノがハナにべったりをやめてから2週間たつ。案外音を上げ始めているのはアヤノの方かもしれない。

 住処も一緒で、小隊も同じ。ペアも同じでこれまでアヤノとハナは一緒にいることが当たり前だった。

「これまではそんなことはなかったんです。誰かとこそこそ連絡とっているようだし、私が寝ている時間に部屋を出て何かしているし……スマホも私に画面が見えないようにしているし。私は一体どうしたら」


 重症である。ソースをカツにだばだばかけながらケイは思う。

 ハナのアヤノに対する感情も大概重いが、アヤノのハナに対する感情も相当に重い。ハナは気づいていないだろうが、アヤノはハナがいるかいないかで態度が割と違う。具体的に言えば、アヤノはハナの前では「かっこつけ」だ。

 ハナの前ではアヤノはこんな弱った姿は絶対に見せないだろう。

「……いやスマホの画面をさりげなくのぞこうとすんのは、同居人でもマナー違反だろ」

「前はのぞかせてくれていたんです!」


 ドン! とアヤノは机をたたいた。響いた音に食堂にいた他の候補生たちの視線が集まる。

 いやのぞかせんなや、というツッコミは心の中にしまう。


「で、でもでも確かにそれは心配ですよね!」

 ごまかすようにナオが大声を出す。大声を出し慣れていないから、声が少しひっくり返ってしまっている。

「そうなんです。心配なんです」

「心配なのはいいから、飯を食え、飯を。冷めるぞ」

「……はい」


 アヤノは曇り顔のまま、カツに塩をかけて食べる。実家が名家だからか、通な食べ方をする女である。

 食事を始めれば、アヤノは基本無言だ。多分、食事中にテレビは見ないタイプ。


 ハナとケンカして以降、ケイはハナと会っていない。アヤノのように一緒に住んでいるわけでもなく、訓練にも参加してこない以上、出会いようがない。わざわざ昼食だけ一緒に食べにくるのも何か違うように思える。


 あの日確かにケイは言いすぎたが、言ったこと自体は間違っていないと思っている。


 ハナは危うい。魔法が使える、使えない以前に心根がまっすぐすぎる。

 前進しか知らないバカ。ケイは内心、ハナのことをそう評していた。ハナは「自分が強くなりたい」「アヤノの近くにいたい」しか頭にない馬鹿者だ。その素直さは美徳でもあるのだろうが。

 カチャリ。アヤノが皿を全て空にし、箸を置いた。表情は食事前と変わらない。満腹になって心が安らぐということは、残念ながらないらしい。

「心配、なのですよ。私は」

 独り言のように、アヤノは言う。


「ハナのまっすぐさを、私は好ましく思っています。そんな彼女に認められるような自分になりたいと、私は常日頃から思っている。でもそのまっすぐさが怖いんです。彼女が真っ暗闇に突き進むのではないかと。そして、いつか私のもとから離れてしまうのではないかと」

「真っ暗闇、ね。お前、相談したいって顔しながら、なーんかまだ情報隠してねぇか?」

 ケイはアヤノとハナ評が似通っていることに驚きつつも納得し、アヤノをもう少しつついてみる。


 事情はあるのだろうが、アヤノは案外秘密主義だ。

「それは……」

 アヤノは視線をそらし、言いよどむ。ほらやっぱり。

「要するに、お前はハナにいいかっこしたいってだけだろ。そんで、いいかっこを見てほしいハナが最近お前を見てくれなくて寂しいってわけだ」

「それはそうです。ハナが私を見てくれている。それは私の戦う理由の一つ、なんですから」

「そうかよ。ナオ、行くぞ」

「あ、はい!」


 隠す情報がバグっている。二人そろって重たい感情を抱えていることだ。勝手にしろという気持ち9割としょうがねぇなという気持ち1割。ケイはナオを伴って、食堂から出て行った。


 *


 ケイに呆れられてしまったかもしれない。一人になったテーブルでアヤノは深いため息をつく。空気は重々しく、他の人々は彼女を遠巻きに見ているばかりだ。

 ケイはアヤノのハナに対する感情を重いと言った。

 自覚はある。だがしょうがないじゃないかとも思う。


「あの日、ハナを救いあげたのは私だ。私はハナの期待を裏切るわけにはいかないんだ」

 8年前、たくさんの死体の中で打ちひしがれていたハナの姿を思い出す。ハナのアヤノを見る、キラキラと輝いた目も。

「私は、ハナのヒーローなんだから……」


「はぁい。悩める美少女がいるって聞いてきたんだけどー」

 重々しい空気を完全に無視して、軽薄にも聞こえる口調で桐山佳乃がアヤノの隣の椅子に座った。紙コップに入った無料のお茶をズズズと音を立てて飲む。

「ヨシノ叔母様……」

 おそらく、事情を話せないアヤノに、ケイが気を利かせて佳乃を呼んでくれたのだろう。粗野な印象を受けがちな先輩だが、その実仲間のことをよく見ている。その思いやりが表に出てくることは滅多にないが。


「マナーがなっていませんよ」

「あー、そりゃーおうちのしつけが悪かったからだねー。お姉さん、育ちが悪いからさぁ」

 佳乃は紙コップを握りつぶした。佳乃は実家である桐山家を目の敵にしている。だから、桐山家主催のパーティには基本参加をしないし、アヤノのように援助も受けていない。

 一族との関わりを断っている。例外は同じ小隊のアヤノだけだ。


 不仲の理由はくわしくは知らない。だが、もともと佳乃が“聖槍”の大魔法を継承しているはずだった、ということだけは知っている。

 母を変えた“聖槍”の魔法。アヤノはあの魔法にいい印象をもっていない。


「……博士が、ハナに接触をしていました」

 万が一にも周囲に声が聞こえないように。小さな声でアヤノは言う。

「へぇ」

 一瞬、佳乃の動きがピタリと止まった。総毛立つような圧を感じる。そっと、アヤノは佳乃から体を遠ざける。


「あの人が、ね。それは確かに、ケイたちには話せない内容だ。どういう接触をしていたかはわかる?」

 佳乃からいつもの間延びしていた口調が消えていた。声のトーンも数段低く、目つきも険しい。

「分かりません。ですが、接触の後、ハナは私のナイフを欲しがっていました。怪しいと思いつつも渡しましたが……何か関係があるでしょうか」

「ナイフ、か……ごめん、わかんないや。私もあの人のことくわしく知っているわけじゃないし。そもそもあの人のことをくわしく知ってる人って、聖女機関の中にいるのかな」

 お化けか妖怪みたいな人じゃん、あの人と佳乃は言う。


「さ、さぁ」

「博士がハナと接触して、それでやきもきしているところはあるんだろうけどさ」

 佳乃はつぶした紙コップをテーブルに押し当て、手のひらで押し込んだ。

「もう接触しちゃったんだよね? なら下手に干渉しない方がいいと私は思う」

 手のひらをどけると、ペラペラにつぶれた紙コップが出てきた。今度はその紙コップを丁寧に元の形に戻していく。


「ぶっちゃけ、あの人とは関わらないのが一番だよ。でも関わってしまった以上、どうにもならないんだからさ。成り行きに、博士の意図に乗るのが、最終的に一番いい着地点にたどり着けると思うよ。あの人も、一応は聖女機関……というか日本全体の未来を思って行動している、はずだし」

 佳乃はグシャグシャの紙コップをテーブルに置いた。


「あきらめろ、ということですか」

「端的に言えばそうだね。そして、それが最善である。大変不本意ながら、あの人の弟子である佳乃さんが証明してあげる」

 佳乃は紙コップを遠くのゴミ箱に向けて放り投げた。きれいな放物線を描き、紙コップはゴミ箱の中央に吸い込まれるように消えていく。


「マナー」

「悪いね。お姉さんはしつけがなっていないのさー」

 さっきまでの不機嫌さはどこへやら。ニヒヒと笑って、佳乃はアヤノと肩を組んで抱き寄せる。

「暑苦しいです」

「そんな堅苦しいこと言うなよー。家族だろー」

「家族というか、親戚でしょう」

「なら大事な小隊の仲間だろー。お姉さんはー、君たちのことが大好きなのさー」

「……おばあ様がたまには会合に顔を見せろと愚痴っていましたよ」

「それはやだ。誰があのクソ婆の言うことなんて聞くか」


 肩を外して佳乃が立ち上がった。そろそろ昼休みも終わり。今日は一日中訓練の日だ。

 ハナは何をしているだろうか。誰かと隠れて何かをしているかと思うと、また暗い気持ちになってしまう。


「そうだ、一つだけ言っとくねー」

「なんですか」

「アヤノちゃんはいい加減、ハナちゃんにべったりはやめた方がいいと思うよー。不健全。不健全」

「なっ」


 言い返す間もなく、佳乃は食堂から出て行ってしまった。


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