第11話 疑似継承
博士が指定してきた場所は、あたしたちが普段お世話になっている機関の施設ではなく、そこから少し離れた貸し切りタイプのレンタルスペースだった。
中はおしゃれなカフェみたいな感じになっていた。20人くらいは余裕で入りそうな広さで、アコギっぽいBGMとアロマのような匂いが漂っている。時間通りに行くと博士はすでに来ていて、のんびりとコーヒーを飲んで待っていた。
「こういうところ、初めてきました」
「ボクは割とよく利用するよ。機関の人にあんまり知られたくないことをするときなんかはね。機関の施設は目が多いから」
「今日のことは、あんまり知られたくないんですか?」
「実はボク、けっこうな人気者でね。しょっちゅう話しかけられるのが面倒くさいんだ」
ひとまず博士の向かいの席に座る。コーヒー飲むかい? と博士が魔法瓶をかざして見せる。
「飲み物は持参なんですね」
「あくまでここは場所の提供だからね。それにボクはコーヒーにはうるさいんだ。で、どうする?」
「いただきます」
コーヒーにこだわりがあることは事実のようで、香りや味をはじめとして、これまで飲んだことのあるコーヒーとはまるで別物だった。驚きで目を丸くしていると、博士はしてやったりといった感じだ。
「ボクは若者が驚く顔を見るのが大好きなんだ」
「博士は一体何歳なんですか」
「んー100より先は数えていないね」
「それじゃ極悪な敵キャラみたいですよ」
冗談か本当なのか。少なくとも、見た目通りの年齢ではないんだろうなと、外見年齢10歳の博士を見て思う。
もしかすると齢を取らない魔法、みたいなものをもっているのかもしれない。
「じゃあ本題に入ろうか。ハナくん。例のブツはもってきたかい?」
「はい。持ってきました」
バッグからアヤノのナイフと、パッキングしたハンカチを取り出す。それを見て、うんうんと博士はうなずく。
「これは、桐山アヤノくんのものかな?」
「アヤノのことを知っているんですか?」
連絡先を交換するときに、あたしの名前は伝えたけど、それ以外のことは話していなかったはずだ。
「ボクにもいろいろと伝手があるからね。君のことや同居人のこと、小隊のことなんかは少し調べさせてもらったよ。さすがに見ず知らずの他人に、ボクの研究成果は伝えられない」
なるほど。
「魔法が使えない候補生。苦労も多かっただろうね」
いたわりの気持ちの微塵もない、淡々と事実だけを伝える言い方に、むしろ心が楽になる。あたしが魔法を使えないことを知ったとき、ほとんどの人は馬鹿にするか、哀れみを向けられることばっかりだったから。
「アヤノくんは機関でも有名だよ。現“聖槍”の大聖女の娘にして、自身も“聖剣”の魔法の持ち主。次期“聖槍”の大聖女候補筆頭だよ。あの子は」
「アヤノのお母さん、大聖女様だったんですか?」
“大魔法”と認めた特別な魔法をもつ聖女を、“大聖女”と呼ぶ。大魔法や大聖女のことなんて、一候補生にはそういうものがあるという、存在くらいしか知らされない。
「そうだよ。アヤノくんから聞いていなかったかい?」
聞いていなかった。アヤノとは一緒に暮らしてきて、これまでいろいろな話をしてきたつもりだった。それなのに、実の母親のことを知らない。その事実に、胸が痛む。それにアヤノが次期大聖女候補。いつもそばにいるはずなのに、遠くにいるように感じてしまう。
「彼女が話していなかったのも無理はないよ。“聖槍”の魔法は継承するにあたって少々難がある。あれは非常に強力な魔法だが、もともとの担い手の気質を受け継いだのか、如何せん我が強すぎる。アヤノくんが、“聖槍”の大聖女に成った母のことを語りたがらないことは、分かってやってほしい」
「どういうことですか?」
継承に難? 魔法の我が強い?
「大聖女の魔法のいくつかは、以前話した“継承”で受け継いでいっているという話だよ。“聖槍”の大魔法は代々桐山の一族が継いでいっている。……悪いけど、これ以上は秘密だ。どうしても知りたければアヤノくんに聞くといい」
聞けるはずがない。今日だってアヤノには言わずに来ているのに。
それに、アヤノにも事情があって話していないというのなら、あたしは話してくれるのを待つだけだ。
「そろそろ本筋に入ろう。さっき“継承”という言葉を出したね。では魔法を継承する際、何を継承しているのか。ハナくんは分かるかい?」
「それは……魔法、なんじゃないですか?」
「半分正解で、半分は間違いだね」
博士は紙とペンを取り出し、さらさらと図を書き始めた。
「これを見てくれ」
紙には〈魂〉→〈魔法因子〉→〈魔法〉→〈魔力〉→〈肉体・物体〉とあった。
「魔法は“魔法因子”と呼ばれるものから生み出される」
博士は魔法因子という言葉と一緒に、魂、魔法という言葉を囲った。
「継承とは、すなわち“魔法因子”の継承なんだ。魔法因子は魔法を生み出す根源。ちなみに魂は記憶や人格に名前を付けたものだよ。この根源を自分から引っこ抜いて、相手に渡す。ちなみに継承自体は実は簡単に行える。双方の合意があればね。例えるならば、コーヒーの入った魔法瓶が魔法因子で、コーヒーが魔法だ」
はい、と博士はあたしに魔法瓶を渡す。
「おかわりを入れてくれるかな」
「わかりました」
あたしは博士の魔法瓶を使って、コーヒーを注ぐ。
「このように、魔法瓶を相手に渡すから、受け取った相手はいつでもコーヒーという名の魔法を使えるようになる。まずこれが継承の仕組み」
博士はコーヒーを一口飲んだ。
「あの……」
「なんだい?」
図を見て一つ、気になったことがあった。ものすごく、大事なこと。あたしは魔法と魔力を指さす。
「逆、なんじゃないですか? 魔力があって、魔法があるんじゃ?」
今博士が話していることは、養成学校では習わなかった。あたしはずっと魔力を魔法に変えているものだと思っていた。
博士の図だと魔法因子、魔法、魔力の順だ。これだと魔法から魔力が生み出されることになる。
「順番はこれであっている。魔力というものは、言ってしまえば固有の魔法の性質を付与しないだけの魔法だ。またコーヒーで例えるなら、コーヒー豆から抽出した成分をぬいたお湯。それが魔力だ。聖女は魔力というものを扱う際、本人も意識しないところでこの分離作業を行っているんだよ。魔法は自然に使えるのに、魔力の操作は訓練が必要なのはこの理屈からだろうね。コーヒーはコーヒーにしかなれないが、注ぐだけで簡単。お湯は色もなければ味もしない。だから、肉体を強化したり、物体に付与したりできるわけだが余計なひと手間を加えている」
「じゃあ……」
博士の説明を聞きながら、あたしは足の先が冷たくなる感覚に襲われていた。膝の上に置いた手もいつの間にか固く握っていた。ドクンドクンと、心臓の音がうるさい。
「魔法をもたない聖女なんて存在しない。なぜなら魔法をもたないならば、魔力を使えないのだから」
あたしには魔法がないかもしれない。博士はあたしのこれまでの不安を、あっけなく否定してみせた。
*
「少し、休憩するかい?」
あたしは魔法をもっている。その証明がなされて、自分でも思っていた以上に動揺しているらしい。もっているとは信じたかった。でも他の子たちみたいに、魔法を使う感覚が理解できなかったから。
あたしは欠陥品だと、劣っているのだとずっと思っていた。だけど。
カップに残ったコーヒーを一気に飲み干す。
「大丈夫です。続けてください」
まだ今日の本題――あたしが強くなるための方法を聞いていない。
「了解した。……魔法は魔法因子から発現する。同時に、魔法から魔力は生み出される。その際、魔法の性質は濾されて魔力として出力されるのだが、その全てが取り除かれているわけじゃない」
博士はテーブルに置かれたままのナイフを手に取る。アヤノが使い込んで、アヤノの魔力を帯びたナイフ。
「すなわち、このナイフにはアヤノくんの“聖剣”の魔法の痕跡が残されている。ボクの提唱する“疑似継承”は物に宿る魔力から、逆順に魔法を発現させるものだ」
博士は袋から血の付いたハンカチを取り出す。
「破ってしまってもいいかな」
「え、はい」
博士は素手で血のついたハンカチの端を破ると、ひょいと口の中に入れてしまった。……え、食べ!?
「はい!?」
「静かに、集中するから。……肉体にも魔法は宿っている。体に魔法を取り込んで、自分のものではない魔法の波長をつかむ。魔法には、固有の波長みたいなものがあるんだ。その波長を合わせる」
博士はナイフを手に添えたまま、目を閉じる。ゆっくりと、博士の魔力がナイフに流れ込んでいくのが分かった。
「取り込んだ体の一部から波長を理解して、自分の魔力に浸透させる。それを道具に流し込んでやると」
「うそ」
博士の手にあるナイフが光を発し、剣の形を作っていた。大きさはナイフの上を多い、刃渡りを10センチくらい伸ばす程度。しかしそれは間違いなく、よく見るアヤノの“聖剣”の魔法だった。
アヤノの魔法を、アヤノ以外の人が再現している。実際に目にすると、驚きが大きい。
「疑似継承によって得られる魔法の出力は、オリジナルの5分の1程度。そのうえ応用も利かず、慣れるまでは集中も必要だ。波長を他人のものに合わせる都合、自分本来の魔法も使えない。正直、利点よりも欠点の方が多い技術なんだ。習得するのも大変だしね。さぁ、やってみるかい? ハナ君」
聖剣の魔法を解き、柄の部分をあたしに向けて置く。
この技術を使うことができるなら、あたしは。
聞かれるまでもない。アヤノのナイフを手に取った。
「やります。あたしに、“疑似継承”のやり方を教えてください」
「素晴らしい。じゃあ、これからよろしく」
あたしと博士は、固い握手をかわした。
「そういえば博士、体に魔法が宿っているなら、体に取り込むのは体液じゃなくてもいいんですか?」
「いいよ。でもさ、切った爪とか、髪の毛とか、君は食べたいかい?」
「……嫌ですね」




