第10話 カサネの事情
「どうすればいじめられずに、か」
カサネは必死の告白の後、その場にへたり込んで動けなくなってしまった。
機関の仕事はカゲの捜索と討伐であって、お悩み相談は本業じゃない。だから、カサネの悩みを聞く必要は全くない。
ただ、いじめに苦しむ彼女の姿は、昔の自分を思い出させて、どうにも放っておけない気がした。
「中村さ……」
「私は先に報告を上に伝えに行きます」
あたしが言葉を言い終わる前に、中村さんが口を開く。
「お仕事が予定よりかなり早く終わってしまったので、ハナさんも候補生としてではなく、一個人として、動いてもよいのではないかと思います」
まるであたしの迷いを見透かしたみたいに、いや実際に見透かしたんだろう。中村さんはあたしとカサネに一礼して、足早に公園から去っていってしまった。
「そうだな」
カサネはへたり込んだ姿勢のまま、中村さんの歩き去っていった方向を見ていた。
この場にはあたしとカサネの二人だけ。桐山さんに、中村さんに……ケイ先輩に博士もかな。最近、年上の人からアドバイスというか、忠告をよく受ける。
忠告にはしたがって置いた方がいいんだろうな。今は素直なあたしの心に従おう。
「とりあえず、今時間ある?」
カサネはパッと表情を明るくしてコクコクと何度もうなずいた。
……まだ学校はあっている時間だけどね。
*
「これ着なよ」
公園にあった唯一の遊具であるブランコに並んで腰かけ、あたしは中村さんからもらったパーカーを渡した。この公園は人通りは少ないけど、全くないわけじゃない。この時間に公園に中学生がいたら目立ってしまう。
聖女機関の制服を着たあたしがいれば、調査だと思われるだろうし、声もかけられないはずだ。
「ありがとう、ございます」
そういうあたしの考えに気付いているのか、いないのか。カサネはおずおずとパーカーを受け取る。
「そもそも、なんであなたはいじめられてるの?」
「……わかり、ません」
カサネはうつむいて答える。おどおど。びくびく。
こういう態度が気に障るんだろうなぁ。さっきカサネにからんでいた子たちは、いかにも気が強そうで、だからこそカサネのことが気に入らないんだろう。
「む、昔からよく……脅かされたり、落書き、されたり、も、もの隠されたりしてて。お金も、時々」
「ひどいね」
キィ。体重を前に向けると、ブランコはゆっくりと動き始めた。久しぶりの感覚に懐かしくなる。
「カ、カサネは、どうしたら」
放っておいたら泣き出してしまいそうだ。
「先生とか、家の人には言ったの?」
「先生には、言ってません。前、し、小学生の頃、言ったこと……あったんですけど。何も、してくれなくて。あ、いえ、注意は……してくれた、んですけど」
「逆に悪化したと」
「は、い」
「家の人は」
「お父さんと、お母さんは」
カサネの表情は一層暗くなった。
「何も。あの人、たち……は、カサネの言うこと、聞いてなんて、くれない……から」
よく整えられた髪の毛ときれいな制服。小柄だけど、がりがりに痩せているわけではない。カサネの家にはお金がないわけじゃないのだろう。
カサネは両親のことを「あの人」と呼んだ。カサネに無関心、なのかもしれない。
「うーん」
ブランコの鎖を握り、空を仰ぐ。きれいな青空だ。
カサネはいじめられたくない。親も先生も頼れない。いじめはよくないことだ。そんなことは分かり切っている。けれどいじめはなくならない。いじめっ子たちがある日突然改心するとも思えない。
だったら。
「だったら、自分を変えるしかないと思う」
「自分を、ですか」
「あたしの昔の話になるんだけどさ。あたしは見ての通り、聖女機関の人間で、候補生になる前は、候補生になるための学校。聖女機関の養成学校にいたんだ。5年はいたかな。大体の子は2年とか、3年で出られるんだけど、あたしは結構時間がかかって。……入りたての頃は、あたしも、かなりいじめられてたんだよね」
「そ、そうなんですか?」
カサネは驚いた様子だった。カサネから見たら、あたしは年上でカゲと戦う機関のすごい人間で、そういうこととは無縁なものと思っていたのかも。
あたしは大した人間じゃない。
「この間、あなたも見たでしょ。もし夢を壊すことになるならごめんだけど、あたしはあんまり優秀な候補生じゃないんだよ」
あたしは魔法が使えないから。
みんなが当たり前にできることが、あたしだけできないから。
いじめられる理由はそれで十分。特にタイミングも悪かった。あたしが巻き込まれた第1種魔法災害は、あたし以外にも本当にたくさんの候補生を生み出した。“魔女”が生まれた、10数年ぶりの大災害だったらしい。
親を失い、友達を失い、悲惨な光景を見た不安定な心の子どもの対処に、養成学校の職員も相当苦労していたらしい。いつもは一人か、二人くらいを対処すればよかった職員も一度に数十人の対処は不可能だった。
不安定だった同期たちは、結託して仲間外れを作って心を安定させることにしたらしい。仲間外れはあたしだった。
魔法は本来、手足を動かすように自然と使えるもの、らしい。養成学校としても魔法を使えない聖女候補生という子どもの扱いに困っていたんだろう。
才能のない一人を排斥することで、他の子どもが安定するのなら。職員たちはいじめを見過ごした。
「あたしの場合、物を隠されたりとかはほとんどなかったかな。暴力の方が多かった。カゲごっこ、なんて言ってのしかかられたり、首しめられたり。他にはね、養成学校は体術の訓練もあるから、習ったばかりの技を一方的にかけることもざらだった。殴られたり、蹴られたりとかね」
今思い返してもあの頃はきつかった。あたし自身、家族も友達も失って、苦しかったのに、仲間もできず、誰からも守ってもらえずにいじめられたのだ。
当時8歳だったあたしはよく、心が折れなかったものだと思う。
「そ、それで、あ、あな……た、先輩……は」
カサネはもごもごと言いよどむ。
「ハナでいいよ。あたしもあなたのこと、カサネって呼ぶから」
「は、はい。ハナ……さんはそれでどうしたんですか?」
「最初は逃げたり、隠れたりしてたよ。養成学校は全寮制だから、逃げ隠れできる場所はほとんどなかったけど。最初の半年くらいはそれが続いて、気付いたんだよね」
重心を思い切り前へ。ブランコを大きく揺らす。素早く動く視界と風が心地いい。行って、戻って。繰り返すたびにブランコは大きく、半円を描くように揺れる。
「逃げ隠れしてるだけじゃ、何にも変わらないって!」
ブランコが限界まで前に来たところで、鎖から手を離す。あたしの体は空を飛び、数メートル離れたところに着地した。
振り返ると、カサネは目を丸くしていた。
「養成学校じゃあたしは劣等だった。それは今でも変わらないよ。でも、だからと言ってダメなところばかりなあたしじゃ嫌だった」
だから鍛えた。魔法は使えない。なら人よりも体を鍛えて、技を鍛えて、魔力の扱いを鍛えた。
再会したい人がいたから。
「やりたいことがあったから。どうしても、叶えたいことがあったからさ。だからあたしは頑張れたんだと思う」
もちろん、ちょっと鍛え始めたくらいでは、いじめは変わらなかった。だけど、誰よりも早く訓練を初めて、誰よりも遅く訓練を続けて。突然襲ってくる暴力にもやり返すようになって。そんな生活を続けていたら、いつの間にかあたしに直接的な暴力をふるう人はいなくなっていた。
そうなると、もともとあたしをいじめるのに否定的だった子とは仲良くできるようになって、当たり前に生活できるようになっていた。
「だからなんていうかな。カサネの『どうすればいじめられずにすみますか』っていう質問には、あたしは『自分を鍛えろ!』って答えることしかできない。……はは。ごめんね。あんまり一般的な答えじゃないかも」
カサネはぽかんとした顔だ。まずい、顔が熱い。語りすぎたかもしれない。
「ほ、ほら、筋肉ってあるけどさ。筋肉が全然ない人よりも、ゴリゴリマッチョの方がいじめられなさそうじゃない。えーといやいや。あたしが言いたいのはそういうことじゃなくて」
「ふふ」
ごまかすようにもっと意味不明なことを言い出すあたしに、カサネが小さく笑った。
その笑顔はすごく無邪気で、かわいらしい。
「あ、す、すみません」
でもすぐ自分が笑ったことに気付いたらしい。申し訳なさそうに肩を縮めている。さっきみたいに笑ってた方がいい気がするけどな。でも、それを言うともっと恥ずかしい気持ちになりそう。
「ひ、ひとまず。自分を変えてみるところから始めたらどうかな。“何もない”人よりも、“何かある”人の方がいじめられにくいと思うし」
「自分を変える……」
「なんならあたしが手伝うよ」
って何言ってんだ、あたし。変なことを口走ってる。昔のことを久しぶりに思い出して、変なテンションになってる。
候補生としての任務で忙しいのに、カサネの面倒を見ることなんて無理……いや桐山さんから訓練を禁止されちゃったから、無理ではないのか? でも他の仕事を割り当てられるかもだし。
「いいん、ですか?」
「あー」
カサネはすがるような目をしていた。もしダメだと言ったら……この子はさらに深い傷を負うのかもしれない。
「あたしに、できる範囲でね」
「ありがとうございます!」
カサネの期待を裏切りたくなくて、つい言ってしまった。
*
そのあと、カサネを学校の敷地内に連れていき、次会う約束をした。ちょうど博士と会う日の次の日の夕方だ。
カサネは初めて会ったときよりもはるかに明るい表情で、学校へ戻っていった。その明るい表情が期待の大きさを示しているようで、気が重い。
「――ということになりまして」
『なるほど』
困ったあたしは、事情をある程度は把握している中村さんに相談することにした。桐山さんに、とも思ったけど、あの人はほら、びっくり箱と同じだから。
何言い出すか分かんない。
『でしたら私の方から桐山一聖に上手いこと言っておきます』
「その、大丈夫なんでしょうか」
『おそらく問題ないでしょう。桐山一聖が今一番危惧しているのは、ハナさんが勝手に訓練して体をさらに痛めたり、ケイとトラブルを起こしたりすることですから。他のことに時間を割くならそれでよしと、判断されるかと思います』
「ありがとうございます」
さすがは中村さん。桐山さんのことをよく理解している。
「はぁ」
通話を切る。行きは中村さんと二人で歩いた道を、帰りは一人で歩く。パーカーを前までしめて、候補生だと分からないようにしておいた。
だらだら歩くあたしを追い越すように、中学生たちが家へ帰っている。その顔はみんな弾けるような笑顔で、悩みなんて一つもないって顔をしている。
辛そうだったカサネの顔を思うと、どうにもやるせない気持ちになった。




