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第八話:崩壊の足音

――テーマ:復讐の結末


 金曜日の朝、黒田はいつものように教室へ入ってきた。

 だが、その足取りにはもはや余裕も威厳もなかった。


 生徒たちが「無言の観察者」になっていることを、彼自身が最もよく分かっていた。

 席に着くなり、黒田は誰にも目を合わせず、淡々と出席をとり始める。


 


 (もう、崩れ始めている)


 花音は教室の隅で、静かにその光景を見つめていた。

 ここまで来た。

 もう、止まらない。


 


 昼休み。彼女は誰にも気づかれぬよう、職員室の前の告発用投書箱に一枚の紙を入れた。

 それは“匿名保護者”からの告発文として書かれたものだった。


 《ある教師が特定の女子生徒に対し不適切な言動を繰り返しています。

  複数の生徒が不安を感じており、SNS上でも名前が挙がっています。

  本格的な調査が必要ではないでしょうか》


 偽名、偽筆跡、印刷された文字。

 そこには一切、花音の痕跡は残っていない。


 (これで“外”が動く)


 学校の中の空気だけでは、足りなかった。

 教師という存在を本当に壊すには、“教育の仕組み”そのものを揺らす必要がある。


 


 その日の午後、教室では妙な静けさがあった。

 誰もが何かを感じ取っていた。


 そして、放課後――

 職員室の前に、教育委員会の腕章をつけた二人の職員が現れた。


 「黒田先生、少々お時間をいただけますか」


 ざわめき。

 緊張。

 そして、視線。


 黒田はしばらく沈黙したあと、わずかに笑って立ち上がった。


 「……はい」


 その背中には、もう“教師”としての張りつめた線がなかった。

 それはまるで、長く抱えてきたものをようやく手放す人の姿だった。


 


 (これで……終わる)


 花音は、誰にも気づかれぬように帰り支度を始めた。


 


 だが、校門を出た直後、

 彼女の前に立っていたのは――三谷さくらだった。


 


 「……花音ちゃん。やっぱり、あなたがやったんでしょう?」


 その言葉に、風の音が止まったような気がした。


 「……何のこと?」


 花音は表情を崩さず答えた。だがその目の奥に、一瞬の揺れが走った。


 「私、見てたの。職員室の前で投書してるとこ」


 「――!」


 「信じたくなかった。でも……どうしてそこまで追い詰めるの?」


 花音の唇がわずかに開いたが、すぐに閉じられた。


 


 「……私には、理由があるの。あの人に壊された“何か”を、取り戻すために」


 「それで……花音ちゃんは、幸せになれた?」


 その問いかけは、静かで優しかった。

 否定も非難もない。だからこそ――残酷だった。


 


 「……わからない」


 花音は、初めて自分の声が震えるのを感じた。

 黒田を壊したことで得られるはずだった達成感。

 けれど今、彼女の胸にあるのは――ただ、深く冷たい空洞だった。


 


 その夜、ベッドに横たわりながら、花音はノートの最終ページを開いた。


 《黒田透:観察記録》

 その下に、彼女はこう書き足した。


 ――終了。

 ――壊したのは、先生じゃない。

 ――私の“信じた正しさ”だった。


 


 スマートフォンが震えた。

 画面には一通の通知。


 《学校全体に対する調査が来週から始まる見込み》


 匿名掲示板のスクリーンショット。

 そして、その下に続く一文。


 《正しさって、誰が決めるの?》


 


 花音は、その言葉をじっと見つめていた。

 正しさ、復讐、怒り、信念――

 それらはもう、きれいに区別がつかなくなっていた。

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