第一話:不公平な教室
――テーマ:復讐の始まり
教室の窓から吹き込む四月の風は、まだ少し冷たい。
新学期。新しいクラス。新しい担任。
けれど、小山花音の心はひどく静かだった。喜びも、不安も、もうとうに捨てた感情だ。
担任の名前は黒田透。
彼は、何の前触れもなく、花音の世界に“教師”として入り込んできた。
「おはようございます、皆さん。今日からこのクラスの担任になります、黒田です」
黒縁眼鏡にきっちりと整えられたスーツ、抑揚の少ない口調と、それでも柔らかさを感じさせる表情――一見、誠実そうな大人だった。
だが花音は、その「誠実さ」が偽物であることに気づくのに、時間はかからなかった。
最初の違和感は、小さな場面に潜んでいた。
ノートを提出し忘れた男子生徒に対しては、黒田は笑って言った。
「忘れることもあるよな。今度は気をつけような」
一方、忘れていないのに「出してない」と誤解された花音には、こう言った。
「人に言われて動くのは、良くない癖だね。自分でちゃんと確認しなさい」
彼の声は、微笑みながら鋭い。
その笑顔には“教育”の意図はなく、“支配”の輪郭だけがあった。
気づけば、花音は「黒田に嫌われている生徒」として、教室の中で浮き始めていた。
目立たないミスも大きく指摘され、他の生徒の失言は笑いに変えられる。
黒田の視線が、自分だけを意図的に避けていると気づいたとき――花音は心の中で小さく笑った。
(これは、戦争だ)
そう言ってしまえば、気が楽だった。
帰り道、夕暮れの公園。
人のいないブランコに腰掛け、花音は自分のスカートの裾を指でなぞる。
(教師って、子どもを導く存在じゃなかったっけ?
“正義”とか“平等”とか――小さい頃、憧れてたのに)
だからこそ、黒田の不公平さが許せなかった。
自分の中にいた「理想の教師」を、現実の黒田が踏みにじった。
その怒りが、彼女の心を燃やし始めていた。
(あの人を、引きずり下ろす)
このままじゃ終われない。
何かを変えなければ、私はきっと、“ただの子ども”のままだ。
夕焼けが、彼女の頬を赤く染める。
花音は立ち上がり、スマートフォンを手にした。
復讐は、静かに始まる。