上司説得
ハウスの方は、これからゆっくり一人一人と話をしていくとして、まずは会社への説明だ。
翌日、出社した俺は、直属の上長である小石川課長に、笹塚家具に転職するつもりであることを告げた。
「ちょっと待って。その話、会議室でゆっくり聞くわ」
俺の転職は会社業績に少なからず影響を与えるだろう。小石川課長は、会社から、上長としての管理監督責任を問われるかもしれない。
自分の都合で彼女に迷惑をかけることは俺の本意ではない。彼女には誠意をもって対応したいと思っていた。
「転職の時期や仕事の引継ぎなど、業務上のことはできる限り課長の意に添うようにしますので、それでどうか、転職の件、ご了解をお願いします」
二人きりの会議室で、俺は、課長に深々と頭を下げた。
彼女の第一声は、仕事とはかけ離れた感情的なものだった。
「それって、なに、あの女狐社長専属のツバメになるってこと?」
「違いますよ。そんな話じゃなくって、勤務地は海外になる予定です」
案の定の彼女に反応に、俺は手を振って否定をした。
しばらく沈黙を続けた彼女がようやく口を開いた。
「ま、あなたの人生だもの、私に留める権利はないわ。上には私から話をするようにするわ」
説得しても無駄と思ったのか、それでも男女の関係絡みの転職でなさそうなことで少しは機嫌が直った課長の態度が軟化した。
「ありがとうございます、課長の立場を悪くするのではと心配してたのですが」
「それはもちろん、私の評価には少なからず影響するでしょうね。でも仕方ない。こうなってしまったら、私はあなたの味方になるわ」
彼女がぐっと俺に顔を近づけ、小さな声で続けた。
「これは個人的な貸しよ、わかってる?」
「貸しといわれましても、返す当てがないのですけど?」
「いやよ、出発までに必ず帰してよ、そうね、お泊りデート三回でどうかしら」
「…」
「今までは上司と部下だと思って配慮してたけど、退社するっていうならもう遠慮は無用ね。これからはただの男と女ということで、よろしくね」
課長、いや、小石川華乃さんは凄みのある笑みを浮かべて言った。
「ほら、月くんとはいつもご休憩ばかりじゃない。温泉に泊ってしっぽりっていうのもいいわよね。温泉、どこにしようかしら。一緒に露天風呂、入りましょうね」
これはもう、彼女の条件を受け入れるより他に選択肢はなさそうだ。
「
「会社の外では、あなたのことは、昔みたいに月くんって呼ぶわ。私のことは小町さんでお願いね」
「あー、楽しみ、楽しみ」
俺に反論の余地を与えることなく、華乃さんはそういいながら会議室を出て行ってしまった。
相応の対価は払うことになったが、これで何とか会社の方は一件落着となりそうだ。




