疑心暗鬼
東京へ戻ると、早速課長の小石川華乃さんに別室に呼び出された。
「あの晩、出張先で何があったのか、私に分かるように説明してくれないかな」
俺が笹塚家具という当社最大顧客のキーマンであることは自他ともに認めるところだ。
俺の転職は、当然今後の笹塚家具との関係性に大きく影響し、当社の業績にも多大な影響が出る可能性がある。
上司が管理監督責任を問われることになりかねない。
この件で課長に迷惑をかけるのは本意ではないので、転職の誘いについては正直に報告しておくべきと判断した。
「社長から、笹塚家具に転職するよう、オファーを受けました」
「そう、やっぱりね。それであなたはどうするつもりなの?」
「正直、迷ってます」
「この件は、部長にも上げておきます。いいわよね」
俺に異存はない。部長やその上がどう判断し、どう動くかは私の関知するところではない。
「ところで、あの晩、ホテルまで引き払って、あなたはどこに泊まって、誰と何をしていたのかしら」
やはりそうきましたか。ここも正直に話しておくことにした。
「笹塚社長に、有馬温泉に連れていかれました」
「やっぱりね。あの女ならやりそうなことだわ」
最大顧客の社長をあの女呼ばわりとは、小石川課長の発言に私情が混ざり始めた。
「私より三つも年上のくせに、それでどうだったのよ」
「どうだったのよって、ホテルに泊まって、食事して、それからは、まあ、多分課長のご想像どおりというか」
課長が両の拳で机をどんと叩いた。
「くっ、社長が権力にものを言わせて、若い男を誘惑ってか? それで? どこのホテル? 何を食べたの? お風呂は一緒? 何回したの?」
引き抜き、転職の話以外はあくまでプライベート、話す必要はないが、そう突っぱねて課長との関係を悪化させるのも得策でない。
もうこれは笹塚社長提案の「課長の機嫌を直す方法」を試すしかないかなと心を決めた。
「温泉に行ったのは就業時間外のこと、笹塚社長にもこれはプライベートと釘を刺されましたので、その話は会社ではちょっと…」
俺は、あの晩、小石川課長が社長室長の神鍋さんにお持ち帰りされたという情報を笹塚社長から聞いていた。
「自分のことを棚に上げてよく言うよ」とは思ったが、切り札は最後に取っておいたほうが良い。
「今日、仕事が終わってからお時間ありますか。課長の胸に留めていただけるというのであれば、課長を信頼してすべてお話します」
新宿歌舞伎町の居酒屋で、小石川課長は憤りながら俺の告白を聴いた。その分お酒も少々進んだようだ。
お風呂に一緒に入った話や、社長がベッドの中でどんなだったかも話したので、情景を想像したのか、ピンクの霧も発している。
店を出ると、俺はほろ酔いの小石川課長の腕を取って、ラブホテルに誘った。
「駄目よ。あの時、こういうことは今夜だけって、言ったでしょ」
ギリギリ残った理性で形ばかりの抵抗する課長の肩を抱き、俺は強引にホテルの門をくぐった。
一旦部屋に入ってしまうと、課長は急に積極的になり、自らベッドに上がって、眼鏡を外し、髪を解いた。
服を剥ぐと、彼女の身体が既に準備ができているのを確認し、俺は彼女を一気に頂上に導びいた。
ことが終わって息も絶え絶えの課長の耳元で囁いた。
「神鍋さんとどっちが良かったですか? 小町さん」
それきり、小石川課長は、この話を蒸し返すことはしなかった。




