眼鏡課長
「たまには付き合ってくれない?」
夕方、仕事の打合せを終えたタイミングで、俺、二子神淳史は、小石川華乃課長に声をかけられた。
小石川華乃さんは、今年の四月の異動で俺の直属の上長になった。年齢はおそらく三十台半ば、合理的で堅実な判断を下すが、それでいて決して堅物というわけではない、上長としては付き合いやすいタイプに入るだろう。
加えて眼鏡美人でもある。
俺は基本的に会社の人とはプライベートな付き合いをしない主義だが、一度くらいは課長と飲みにケーションをということで、ご相伴にあずかることにした。
会社近くの居酒屋で、とりあえずナマで乾杯した。
「上司らしいことがあまりできてなくて、いつも申し訳なく思ってるのよね」
「そんなことないすよ。自分勝手な私をしっかりサポートしていただいて、いつも感謝してます」
「お客さんからも二子神くんの方が信頼されてるし、私はあまり出しゃばらない方がうまくいくかなと思っちゃうのよね」
「いつも的を射たアドバイスをいただけて、すごく助かってます」
型通りの仕事の話から始まった酒席も、ナマがハイボールに変わる頃には、話題も仕事からプライベートに移り、かなりフランクな雰囲気になった。
「ねえ、二子神くん、あなた、私のことを面白味がない女と思っているでしょ」
「いえ、そんなことは。良い意味で良識的な方とは思いますが」
「そんな気を使ってくれなくていいわよ」
ひらひらと手を振りながら、彼女は自分の話を続けた。
「小さい頃からずっと優等生だったのよね。学校の成績もよくて大学も第一志望に現役合格、親の期待に応え続けて来たわ。ところで二子神くんは、兄妹はいるの」
「ブラコンの姉が一人います。今は海外にいるので、あまり会う機会はないのですが」
「そう、私には三つ違いの妹がいるけど、これが私と真逆の奔放タイプ、高校生の頃から男を作って遊び歩いて、いつも両親ともめてた」
妹の話になって、課長の話が急に熱を帯びてきた。
「それが、できちゃった婚で今や二児の母。両親はもう孫を猫かわいがりで、妹の評価は手のひらを返したようにうなぎ登りよ。身体使って男捕まえただけのくせに!」
課長がおつまみのフランクフルトソーセージをフォークでぐさりと突き刺した。
「何よ? どうせ二子神くんには、私なんて、女性として映ってないんでしょ」
「そんなことないっすよ。年上美人の眼鏡女子、俺は大好物ですよ」
課長が愚痴を止めて、じーっと俺を見つめた。
「うん、その言い方、この雰囲気、やっぱりね」
「え、何がやっぱりなんですか」
「ねえ、二子神くん、あなた、月くんでしょ」
月は俺が遥さんに振られて自暴自棄になっていた大学一年の頃、ナンパするときに名のっていた二つ名だ。それをなぜ課長が知っているのか、俺は二の句が継げなかった。
「やっぱりそうなのね。ということは、あの時、あなた未成年だったのね。若いとは思ったけど、すごく上手だったから、まさかと思ったけどびっくりだわ」
え、え、それって、昔、俺はこの人と、しちゃったことがあるってこと!?




