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苦渋決断

 都道府県対抗女子駅伝の快走のおかげで、私たちのハウスの管理人・笹塚かのんちゃんは一躍全国区の有名人になってしまった。


 小中高一貫のお嬢様学校に通う彼女に、スポーツ名門校からのスカウト合戦が始まった。そのままエスカレーター式に高校に進学するつもりだった彼女だが、少し迷っているようだ。


 でも、それよりも大変だったのは、スポーツ以外のところでの対応だった。

 ハーフの美少女天才ランナー、しかもあの笹塚家具の社長令嬢ということで、スポーツに縁のないワイドショーまでもが参入し、報道合戦は過熱した。

 その結果、区の中学校の陸上競技会にまでもマスコミやカメラを持ったにわか陸上ファンが押し掛ける事態となってしまった。


 ストーカーまがいの追っかけも現れた。

 電車通学していたかのんちゃんが盗撮対策のため車通学に切り替えたところ、校門で待ち伏せしていた追っかけに車のナンバーを覚えられ、尾行されるようになってしまったようだ。


 私、山上美和が、車から下りて来たかのんちゃんを出迎え、ハウスの玄関でハグした時にシャッター音が聞こえた。

 盗撮された写真はほどなくSNSにアップされ、「美少女ランナーと百合姉さまの密会」みたいなタイトルがついて拡散された。


「全裸で抱き合ってたわけじゃないから」とかのんちゃんは意に介さなかったが、ハウスのメンバーも交えて話し合って、彼女ハウス通いは当分の間自粛ということになった。


 かのんちゃんと会えない日が一か月ほど続き、私の中に欲求不満が堆積した頃、ようやく彼女から「みんなに話があるのでハウスに行く」という連絡があった。


 リビングにハウスのメンバー全員が集まったが、かのんちゃんはなかなか話を切りし出さない。

「かのん」と淳史に促され、彼女はようやく重い口を開いた。


「私、走るのが好き。当面の間、陸上に集中したいの。だからここの管理人を辞めるね」

 管理人室のマンションも引き払い、ここにはもう来ないという。

 

 かのんちゃんからそんな話が出るなんて、全く予想だにしていなかった私は、思わず大きな声を出してしまった。


「私は反対よ! 絶対にいや!」


 かのんちゃんが私たちより陸上競技を選択をするなんて、信じられない。


「美和」と敦ちゃんにたしなめられた。

 遥さん、真優ちゃん、ひなたちゃんは何も言ってくれない。


「どうしてみんな、かのんちゃんを止めてくれないの?」


 私の頬を涙が伝った。もちろん、一ファンとして彼女の応援に行ったり、会ったりはできるだろう。でも、かのんちゃんと一緒にこのハウスで過ごすことは、できなくなるのだ。

「そんなの、私たち家族じゃない。かのんちゃんが私を、淳史を、ハウスのみんな以外のものを優先するなんて、ありえない」


「俺はさ、こうなると思っていたよ」と淳史が口を開いた。

 駅伝の時に、前の選手を追う彼女の真剣な目を見て、彼女の走ることに対する強い情熱を感じたという。


 真優ちゃんの海外留学も応援しようとした敦ちゃんだから、今回もかのんちゃんを決断を後押しする、そういう判断になるのは目に見えている。

 そして、遥さんたちも、淳ちゃんの判断を尊重しようということらしい。

 

 反対しているのは私だけだ。

 理屈なんかない。かのんちゃんを手放したくない。それだけ。我がままなのはわかっている。でも嫌なものは嫌だ。


 「ねえさま、私」

 私の剣幕に、かのんちゃんが何か言おうとしたが、淳史が彼女のことばを遮った。 


「美和、前に進もうとしているかのんちゃんを応援することが、本当の家族のすることじゃないのか?」


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