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一場春夢(いちじょうしゅんむ):ひとときだけの夢のように栄華が消えてしまうこと

 もし試験に受かったら、淳史と別れ、ハーレムからも巣立つんだ。私はそう心に決めた。


「どっちが受かっても恨みっこなしだよ」

「もちろん」

 役員会議室の前で、もう一人の候補者である一個下の彼とハイタッチをして、私は面接に臨んだ。


 面接官は役員が二人と人事部長、初めて会う雲の上の人だけど面接は順調、私は面接官の面々のことばの端々から、手ごたえを感じていた。


「最後にひとつだけ。答えにくかったらノーコメントでも構わないよ」

 そう前置きして、人事部長が案の定の質問をしてきた。


「金子さん、将来を約束した彼はいらっしゃるのかな。我々おじさん世代はどうしてもそういうことが気になるものでね」


「残念ながらそのような人はおりません」

 笑みを浮かべてそう即答するつもりだった。

 そう口を開こうとした瞬間、どんっと、私の周りの重力が急に増した。

 身体も口も動かない。私の身体の中の女性の官能をつかさどる器官が、「嘘をつくな」と、私のロス行きを妨害すべくストライキを始めた、そんな感じだった。

 何か言わなきゃと思ったけど、気ばかり焦って、とうとう私は一言も発することができなかった。


「ああ、無理に答えなくっていいんだよ。変なことを聴いて申し訳なかったね」

 人事部長の一言で、面接はそのまま終了となった。


 あの面接ではどうせダメだったろうけど、自分の本音に改めて気づかされてしまったからには、もうこれ以上は無理と、私は留学生試験を辞退した。


 一か月後、一個下の彼があわただしくロサンゼルスに向かうのを、空港で見送った。


「私の分まで頑張ってきてね」 

 彼がゲートに消えた後、デッキで離陸する飛行機を眺めていると、突然、淳史に声をかけられた。

 どうしてこの人は、そばにいてほしいと思うときに、絶妙のタイミングで現れるのだろう。


「行っちゃったわ」

「合格した同僚、仲が良かったの?」

「ううん、そうでもない。行っちゃったのはね、私の夢」


「後悔してる?」

「私が後悔しないようにしてよ、淳史」


「今日はこれから暇?」

「何も考えてない。ねえ、何もかも忘れられるくらい面白いこと、私にしてよ」


「そうだな。まずスカイライナーに乗って、上野で降りて、アメ横のアダルトショップでエロい下着を買おう」


「どんな下着?」

「股のところに穴が開いてて、穿いたままできるのとか」


「それって、当然淳史のアフターサービス付きだよね」

「うん、そのまま鶯谷うぐいすだにのラブホに直行して、それを着た真優の写真とか、動画を撮ろう」


「撮るのはいいけど、勝手にSNSとかに上げないでよね」

「うん、上げる時はちゃんと顔にモザイクかけるよ」


「その後は、たっぷりかわいがってくれるんだよね」

「うん、真優がもう無理、やめてって言うまで、時間無制限一本勝負」


「よーし、乗った。それ行ってみよう!」

 右手を突き上げた私を、突然彼がきつく抱きしめてきた。


「本当は、ずっと、行くなって、言いたかったんだ」

 

 もう、なんでこの男は、女性が弱っているときに、ピンポイントで心を蕩かすようなことが言えるんだろう。


「淳史、大好き!」


  私たちは、人目をはばかることもなく、長い、長いキスをした。


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