能力覚醒
【第一部】
主人公の二子神淳史くんが、高校二年で能力に覚醒し、別れを出会いを繰り返しながら成長していく、全13話です。
俺は二子神淳史、大学二年生だ。
俺には特殊な能力がある。
女性が男性を欲するときに発するフェロモンを目視できてしまうのだ。そう、まるでその女性がピンク色の霧を纏っているように。
これはもともと俺に備わっていた能力ではない。ある事件をきっかけに覚醒したものだ。
それは俺が高校二年の初夏の出来事だった。その日も、始発駅でたくさんの乗客を乗せた地下鉄は満員状態だった、何とか乗り込んだものの、身動きもままならずに吊革につかまっていた俺は、自分の股間に女性の手が触れているのを感じた。最初は偶然かと思ったがさにあらず、その手は明確な意志を持って俺の股間を愛撫していた。
二十代半ばくらいの、普通にOL風の女性だった。どうしたらよいか躊躇しているうちに、俺の股間は俺の意思に反して彼女の愛撫に反応し、その体積を増し始めてしまった。
「あの、止めていただけますか」
彼女にしか聞こえないよう小さな声で囁いたが、俺の困惑をよそに彼女の行為はさらにエスカレート、なんと制服のスラックスのジッパーが下げられてしまった。圧迫から解き放たれた俺の一物が、下着の布地を押し上げ、テントを張った。
これはもう一刻の猶予もない。俺は強引に体をよじってこの女性から逃れようとした。
その時だった。
「おい、お前、何をやっているんだ」
隣のサラリーマン風の男性に怒声を浴びせられ、周囲の人の視線が俺に集まった。
怒張した自分のものを今まさにひっぱり出そうとしている露出狂、そんな風に間違えられたのだと察した。
女性は行為を中断しうつむいている。どうやら俺の弁護にカミングアウトしてくれる気はないらしい。
「駅員に突き出してやる」
サラリーマン風の男が、怒気を含んだ声で俺に詰め寄ってきた。
「いや、違うんです。これは僕がやったんじゃなくって」
一応言ってみたが、このシチュエーションでは、彼女が沈黙を守っている限り信じてもらえるはずもない。痴漢冤罪という言葉が頭をよぎった。
俺は不本意ながら、俺はその場から逃走することにした。折しも地下鉄がオフィス街の駅に到着、俺はドア口に向かう人の流れに乗って電車を降り、人混みをかき分けて改札口へと走った。
一目散に改札を抜け、エスカレーターを駆け上がり、近くの公園まで走って、ようやくベンチに腰を下ろした。
一息つくと、猛烈な怒りと悔しさが込み上げてきた。その時、俺の頭の中で何かがフラッシュしたような気がした。
異変に気が付いたのは、その数日後、 バレー部の練習が休みの日に、同じ部活の幼馴染と渋谷で映画を見た帰り道だった。
腕を組んで道玄坂を上っていくカップルの女性たちが、ピンクの霧を纏っているのが見えたのだ。
目をこすってみたが、見間違いではない。それも一人だけではない。何組かのカップルの女性が、同じようにピンクの霧を纏っていた。
「淳ちゃん、どうかしたの?」
俺の様子がおかしいのに気がついた彼女が聞いてきた。
「美和、あの人たちの周りに何か見えないか」
「別に何も? きっとラブホに行く人たちだよね。あまりじろじろ見ない方がいいよ」
そう話す幼馴染の周りにも、うっすらとピンクの霧がかかっていた。
女性の周りにピンクの霧が見えるようになってしまった俺は、眼科を受診したが、異常は見つからなかった。おそらく精神的なものだということになり、同じ医療モールの心療内科クリニックを紹介された。
心療内科の先生はまだ二十代後半と思しき美しい女性だった。彼女は俺を椅子に座らせると、名前の入った胸のプレートを俺の方にかざした。
「あなたの診察を担当する、心療内科医の冴島です。よろしくね」