仲のいい同級生からの嘘告を断ったら大泣きされて付き合うことになった
「悠馬~ 一緒に帰ろ~!」
部活終わり、着替えを終えて部室から出てくると、やたら元気な声が聞こえてきた。
聞き間違えるはずがない、この声は井ノ上紗季だ。
振り返ると、やはり、ハーフアップにした髪を元気に跳ねさせながら、紗季が近づいて来ていた。
見た目はゆるふわ系でありながら、元気いっぱいで天然。そして、少しうるさい。
それが、俺から見た井ノ上紗季という人間だ。
「悠馬、どうしたの? 私と一緒に帰れるのが嬉しくて黙っちゃったの?」
「……いや、部活で疲れているのに、これ以上疲れたくないなって」
「ひどくない? 私と一緒に帰れるなんて、この学校中の男子が羨むご褒美なのに?」
そういうことをサラッといえるのも紗季らしいよな。まあ、実際、紗季は超がつくほどモテるので、割と事実ではあるかもしれない。
「分かったよ。ありがたく一緒に帰らせてもらいます」
「ふっふっふ。よろしい。あ! 春奈! 春奈も一緒に帰ろ!」
紗季は俺たちの前を素通りしようとしていた友達の春奈を見つけて声をかける。
「え~ だって、紗季と悠馬と一緒に帰ると、ずっと夫婦漫才を見せられている気分になるから、嫌なんだけど」
「いや、俺たち結婚してないから。そもそも付き合ってもないから」
「やっぱり悠馬君って、ツッコミの才能があるよね。だから紗季も安心してボケれるのかな?」
多分、紗季はボケているつもりはないのだろう。だって、今もポカンとした表情を浮かべているし。
「分かったよ。可愛い紗季に免じて、一緒に帰ってあげる」
「やった!」
こうして俺は紗季と、紗季の友人の春奈と帰路につくことになった。
「それでさー 鳥取県と島根県の場所をようやく覚えたと思ったらさ。鳥取って、『鳥』が先だったか、『取』が先だったか忘れちゃってさー 結局二分の一の確率で間違えちゃった」
「そうか。小学生からやり直したほうが良いな。あと、鳥取県民に謝りなさい」
紗季といるといっつもこうだ。紗季はたいして面白くもない話を、さも面白い事かのように話す。
まあ、それが紗季の良いところでもあるのだが。
「紗季の話をそんなに真面目に聞いてあげるのは、悠馬君くらいだよね」
春奈が後ろで呆れている。
「そうかな。俺も別に真面目に聞いてるわけじゃないけど」
「え~? 悠馬、ひどくない? 私の話、面白くないの?」
「紗季の話し方が面白いだけで、紗季以外が話しても面白くないと思う」
「それって誉めてるの? 貶してるの?」
わざとらしく頬を膨らませる紗季をあしらっていると、春奈がくすくすと笑いだす。
「紗季と悠馬君って、本当に仲がいいよね。やっぱり結婚してるの?」
「結婚してない。付き合ってもない」
俺と紗季はただの友達だ。
そもそも、俺と紗季じゃ釣り合わない。
こんなんだけど、紗季はモテるのだ。
周りの人まで笑顔にするような明るい性格。ふわふわとした可愛らしい雰囲気。残念な所に目を向けなければ、魅力的な人間なのだから。
「悠馬君はそうかもしれないけど、紗季はどう思ってるの?」
「へ⁉」
春奈に頬をぷにぷにと突かれた紗季が、素っ頓狂な声を上げる。
「えっと…… あ! 私こっちだから、また明日ね!」
紗季たちと話していると、いつの間にか紗季と春奈と別れる交差点にまで来てしまっていたようだ。
紗季は、春奈の手を半ば強引に引っ張っていく。
「紗季も大変だね」
紗季に引っ張られていく春奈のそんな声が、微かに俺の耳に聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
次の日の昼休み。俺が自分の机でスマホを横持ちにして友達とゲームをしていると、少し離れた席で、紗季の友達の春奈が何やらトランプを持ち出していた。
「ねえねえ。久しぶりに大富豪やらない?」
「いいね、春奈! やろやろ!」
紗季が元気に手を挙げながら真っ先にその提案に乗る。
「楽しそうだね、私も混ぜてよ」
にぎやかな紗季の声に、普段紗季と仲良くしている数人の友人も集まって来る。どうやら女子五人ほどで大富豪大会が開かれるようだ。
なんだか楽しそうなので、俺はかすかに聞こえてくる紗季たちの会話をBGMにしながらスマホゲームを楽しむことにした。
「八切りはもちろんありだよね? イレブンバックはどうする?」
「私の中学には救急車ってルールがあったよ!」
「何そのルール。私知らないんだけど」
大富豪には謎のローカルルールが数多く存在するため、ルールのすり合わせに五分ほど使った後、ようやく第一試合に入ることができたようだ。
「あ~! 負けた~!」
「紗季、適当にカード出し過ぎでしょ」
「私の計算では勝てるはずだったんだけどな~」
「最初にジョーカーとかの強いカードを出して調子乗っていたから、罰が当たったんだね」
「む~~ あと一歩で勝てたのに」
ゲーム中のスマホからちらりと紗季の方に視線を向けると、紗季はハートの3をひらひらさせながら、不満そうに頬を膨らませていた。
いや、そんな最弱のカードを最後まで手元に残して勝てるはずがないだろ。俺は心の中で紗季にツッコミを入れておく。
まあ、常に自分の直感を信じる性格の紗季は、大富豪のような戦略性のあるゲームは苦手なのだろう。
この感じだと、紗季が勝つことはなさそうだな。ゲーム中のスマホに視線を戻しながら紗季の健闘を祈る。
「じゃあ、次は紗季が真面目にやるように、大貧民には罰ゲームを追加しよう」
「罰ゲーム⁉ いいね。さっきよりは楽しめそうだよ」
先ほどぼろ負けしたはずの紗季が、なぜか自信満々にそう口にしていた。
その根拠のない自信、俺にも少し分けてほしい。
……いや、やっぱり恥ずかしいから要らないかも。
「それで、罰ゲームはいったい何にするの?」
「じゃあ……」
春奈はしばらく考えてからニヤリと笑う。
「誰かに告白する、とかは?」
「え~~」「嘘告ってこと?」「それはやだな~~」
「ごめんごめん。冗談だよ。嘘告される相手にも悪いしね。それじゃあ——」
「わ、私はいいよ! 告白でも」
さすがに罰ゲームで告白は重すぎたのだろう。みんな乗り気ではないようだ。春奈もやりすぎだと思ったのか、他の罰ゲームを提案しようとする。
しかし、なぜか紗季だけが春奈が提示した告白という罰ゲームにやる気を示す。
次は勝てるとでも思っているのだろうか。
「いや、でも。嘘告白するにしても、誰にするのさ」
「ゆ、悠馬にしよ!」
突然紗季自分の名前を呼ばれ、俺は思わずピクリと反応してしまう。
幸い紗季たちにも、一緒にゲームをしている友人にも気付かれた様子は無かったので一安心だ。
多分、紗季たちはまさか俺に聞かれているとは夢にも思っていないのだろう。
最初は面白半分で盗み聞きをしていた俺も、少しの罪悪感が出てきた。しかし、ここまで聞いてしまっては、意識の外に追い出すこともできそうにない。
結局俺はゲームをしながら盗み聞きを続けてしまった。
「ほ、ほら。悠馬だったら嘘告白を真に受けて面白そうだし、ネタばらしすれば笑って許してくれそうだし」
……なるほど。紗季が俺を指名した理由が分かった。
なんだか誤れば簡単に許すチョロい男だと思われている気がして少し癪だが、信頼されているという事にして許すことにした。
……こうやって許しているからチョロい男だと思われるのか。
「まあ、紗季がそう言うならいいけど……」
「じゃあ、もう一回仕切りなおそうか」
「ううん。私、大貧民でいいよ」
「え、でもそれだと、紗季が罰ゲームになる確率が高くなっちゃうよ?」
「いいの! それでも私が勝つから!」
スポーツマンシップなのか何なのかは分からないが、紗季はなぜだかとことん自分が不利になるようにしている。
まるで、自分が罰ゲームを受けたがっているような、そんな感じさえする。
「分かったよ。じゃあ、始めようか」
春奈が何かを察したように紗季に目配せしてから、カードを配り始めた。
「おい、悠馬。どうした?」
「ああ、悪い」
紗季たちの話に気を取られ過ぎてしまい、一緒にゲームをしていた友人から声をかけられてしまう。
しかし、一体だれが俺に嘘告白して来るのか気になってしまい、どうしてもゲームに集中できなかった。
「はい、紗季の負け~」
「あ~あ。やっぱり意地張って大貧民からスタートするから負けるんだよ」
「く~~ 今度は勝てると思ったのに~」
あれからしばらく経って、どうやら勝敗が決したようだ。
どうしても気になって紗季の方を見ると、紗季はスペードの8を握りしめながら机に突っ伏していた。
おかしいな。一手前で紗季が八切りをしていたら、勝てていたのではないか?
まあ、紗季のことだから、いつも通りポンコツを晒しただけだろう。
「じゃあ、約束通り罰ゲームは紗季ね」
春奈が紗季の肩をポンと叩く。
「し、仕方ないよね、罰ゲームだもんね」
紗季はそう言いながらスマホを操作する。すると、ゲーム中の俺のスマホに紗季からのメッセージが届いた。
『今日、部活が終わった後、体育館の裏に来て』
なるほど。そこで俺は紗季に嘘の告白をされる訳か。
紗季は俺に嘘告白をして、真に受けた俺にネタばらしをして笑いものにしようと企んでいるのだろうが、そうはいかない。
しっかりと紗季からの告白を断って、その上で笑って許してやろう。
春奈にニヤニヤされながら頬を指で突かれている紗季を盗み見ながら、そう心に決めた。
◇ ◇ ◇
「ゆ、悠馬。お待たせ……」
部活終わり。紗季に言われたとおりに体育館裏で待っていると、少し緊張した面持ちの紗季がやって来た。
「そんなに待ってないよ。それで、何の用事?」
「あ、えっと。実は……」
さあ、いつでもいいぞ。噓告白をして来い。しっかりと断ってから、笑って許してやる。
「き、今日の六時間目にさ、数学の佐山先生の頭見た?」
紗季は何故か、全く関係ない話題を振って来た。あれ。嘘告白はしてこないのか?
「いや、見てないけど……」
「佐山先生のハゲ頭に大きなほくろがあるじゃん? そこにちょうど蚊が留まったんだよ! いや~ 蚊も、そこに留まったら一番面白いって、分かってやってるよね! あとさ、今日の数学の授業でさ……」
紗季はいつも通り、たいして面白くもない話を、さも面白いことかのように話し出す。
一体いつになったら罰(嘘)ゲーム(告白)をしてくるのだろうか。このままでは日が暮れてしまう。
「それでさ。今日の部活で気づいたんだけど——」
「紗季。そろそろ、呼び出された理由を聞きたいかな」
日も沈みかけ、既に辺りが暗くなり始めた頃、俺はとうとう紗季の言葉を遮る。
まさか本当に日が暮れるとは思っていなかった。
「あ、そうだよね……」
紗季は一度深呼吸をしてから、再び緊張した面持ちで俺の事を見てくる。
「あ、あのね」
意を決したように、紗季が口を開く。さあ、いつでも嘘告白してきていいぞ。
「私、悠馬のこと、好きなの。私のたいして面白くない話を最後まで楽しそうに聞いてくれるし、ツッコミだってしてくれるし。私が困ってる時はこっそり助けてくれるし。顔だって、私はカッコいいと思うし、泣きぼくろとか、素敵だと思うし。私、悠馬と一緒にいると、とっても楽しいし、もっと一緒にいたいと思っちゃうの」
そうか。紗季は自分の話がそこまで面白くないという自覚はあったのか。
しかし、それはそれとして…… 紗季って、こんなに可愛かったっけ?
前髪を人差し指でくるくるしながら、しおらしい表情で、少し上目遣いで、俺の事を見てくる紗季に、俺は思わず見とれてしまう。
「だから…… 私と、付き合ってほしい、です……」
紗季は両手で自分のスカートをぎゅっと掴み、耳まで真っ赤に染めて、少し潤んだ瞳で俺を真っ直ぐ捉えてくる。
罰(噓)ゲーム(告白)だと分かっているのに、分かっているはずなのに、自分の心臓がドクドクと早鐘を打っている。
早く告白を断らないといけないのに、その言葉が出てこない。
正直、俺は紗季のことを憎からず思っている。
紗季は普通に可愛いし、いつも楽しそうに笑っているから、一緒にいるとこっちまで楽しい気分になれるし。それ以外にも、挙げようと思えば、紗季の良いところなんて、いくらでも挙げられる。
それでも、付き合いたいと思ったことはなかった。
だって、俺では、紗季と釣り合わないから。
そうだ。俺では紗季と釣り合わないのだ。
そう思えば、簡単に断れるではないか。
「......紗季とは、友達で居たいかな」
危ない。紗季の雰囲気に負けて、思わずOKを出してしまう所だった。嘘告白にOKなんてしたら、後でからかわれるに決まっている。
これは罰(嘘)ゲーム(告白)。本気にしては駄目だ。
さあ、これでお膳立ては終わったぞ。紗季、いつでもネタばらしをして来い。
そう思っていたのだが、紗季は大きく目を見開いたかと思うと、瞳にみるみる涙を溜め始めたではないか。
「そ、そうだよね…… やっぱり、私じゃだめだよね……」
あれ? これは罰(嘘)ゲーム(告白)ではなかったのか? なんか、俺が本気で紗季のことを振ったみたいになってしまった。
「私より、春奈の方がかわいいもんね。あ、もしかして、春奈じゃなくて、由芽ちゃんの方が好きなのかな。それとも……」
俺の目の前で、紗季はそんなことをぶつぶつと呟きながら、ぽろぽろと大粒の涙を溢している。
どどど、どうすればいいんだ?
自分の妹か、その友達以外の女の子を慰めた経験のない俺が、目の前で泣いている女を慰める方法など知る由もない。
小さいころに妹を慰めた時を思い出し、紗季を抱きしめかけてしまい、ギリギリで思いとどまる。さすがにそれはセクハラ以外の何ものでもない。
仕方がないのでポッケからハンカチを取り出し、紗季に手渡しながら口を開く。
「俺、別に春奈や由芽の方が好きだから紗季の告白を断った訳じゃないんだけど......」
「じゃあ、なんで?」
紗季は、鼻をすんすんとすすりながら、俺のハンカチで目元を拭う。
「紗季は、大富豪の罰ゲームで俺に噓告白してきたんじゃないの?」
「…………え?」
俺の質問に、先ほどまでしくしくと泣いていた紗季が、ゆっくりと顔を上げる。ハンカチで目元をごしごしとこすったせいか、目元が少し赤くなってしまっていた。
「…………なんで、その話を悠馬が知ってるの?」
「いや、だって、俺もあの時教室にいたし」
「盗み聞きしてたってこと?」
「……ごめんなさい」
素直に頭を下げると、紗季は「はあぁぁ~~~~~~」と、心の底から安心したように長い溜息をつく。
「よかった。私の事が嫌いだから断った訳じゃないんだね」
「そりゃそうだよ。俺だって紗季と一緒にいると楽しいし」
「……ふ~ん」
しまった。最後の一言は余計だった。
「紗季、帰ろう。もう遅いから、送っていくよ」
「待って!」
帰ろうとした俺の制服の袖を、紗季がぎゅっとつまんでくる。少し引っ張れば、簡単に振りほどけるだろう。しかし、俺は紗季のその手を振りほどくことはしなかった。
紗季の覚悟を決めたような目を見て、俺は紗季が何をしようとしているのか、なんとなく分かった。
いや、そうであって欲しいと期待していたと言ったほうが正しいかもしれない。
「さっきので罰ゲームは終わり。今からは、本当の私の気持ちを伝えるから」
ここで、少女漫画の登場人物みたいに「俺から言わせてほしい」なんてセリフを言えればどれほど格好良かっただろうか。無論、俺にはそんなことはできなかった。
「私ね、悠馬のこと、好きなの。だから、付き合って、下さい」
先ほどと同じような言葉。そのはずなのに、何回聞いても慣れる気がしない。
目の前で少しもじもじしながら、やっぱりスカートをぎゅっと掴んで、上目遣いで、真剣な表情で、そう口にする。
そんな紗季は、やっぱり可愛かった。
紗季、こんなにまつ毛、長かったっけ。こんなに瞳、綺麗だったっけ。こんなに髪、さらさらしてたっけ。
そんな余計なことまで考えてしまい、俺はしばらく黙り込んでしまったようだ。
「優馬。あの、返事してくれると、嬉しいかな……」
「あ、うん。お願い、します」
結局俺は、そんなダサい返事しかできなかった。
「ほんと?」
「うん」
「嘘じゃない?」
「うん。ていうか、さっき嘘告白してきた人に言われたくないんだけど」
「よがっだ~~~!」
再び泣き始めた紗季が、俺の胸に飛び込んできた。俺はそんな紗季を、ぎゅっと抱きしめる。多分、もう、セクハラとは言われないだろうから。
街灯と、顔を出してきた月の光に見守られながら、俺たちはしばらく、そうしていた。
「……ところで、どうして俺に罰ゲームで告白なんてしてきたんだよ」
「だって、罰ゲームなら、もし振られても『ドッキリ大成功!』って言えるから」
「言えてなかったじゃん。それどころか大泣きしてたじゃん」
「……理論と実践は違うってことだね」
紗季は泣き腫らした目をキリっとさせている。
「全然カッコよくないけど」
「ねえ! 一応私、悠馬の彼女なんだけど! 彼女に悪口言うのはダメじゃない⁉」
「……悪かった」
可愛らしく頬を膨らませる紗季に頭を下げると、紗季は満足そうにうなずいてから、手をつないできた。
「付き合ってるんだから、これくらい普通でしょ?」
「……そうだね」
柔らかく微笑む紗季に向けて、俺は少しの照れ隠しと、いたずら心から、柄でもない事を口にしてみた。
「月が綺麗ですね」
紗季はきょとんとしてから、俺の期待通りの返事を……
「あ~! それ何だっけ? 太宰治?」
してくれなかった。
「……それは『人間失格』だろ……」
「え? 私が人間失格ってこと? 悠馬、さっきから私に悪口言いすぎじゃない?」
だめだ。埒が明かない。
やっぱり紗季には、真っ直ぐ伝えないといけないようだ。
「大好きだよ、紗季」
「……へへ、私も」
月明かりに照らされた、紗季のふわりとした笑顔を、俺は一生忘れることはないだろう。
◇ ◇ ◇
「あれあれ、紗季さん。昨日のは罰ゲームじゃなかったんですか?」
「さ~き~? どうして悠馬君と手をつないで登校しているのかな?」
次の日、紗季と手をつないで登校していると、早速春奈たちに見つかった。
「うるさいうるさい! 見世物じゃないんだぞ!」
紗季は俺と手を繋いでないほうの手で友達を追い払おうとするが、そんなことで春奈たちは止まるはずもない。
「一体どういう風の吹き回しでこうなったのさ」
「それは…… 私が嘘の告白をして、ネタばらししたら、悠馬が『嘘だったの⁉ 俺は紗季と付き合いたいのに!!』って大泣きするから、仕方なくって感じ?」
おや。なんだか俺の記憶と紗季の話が食い違っている気がする。
「いや、大泣きしたのは紗季の方——」
「わーー! 悠馬は私と付き合えた嬉しさで、記憶が混濁しているみたいだね!!」
紗季はぴょんぴょん跳ねながら、必死に俺の口を塞ごうとしてくる。しかし、それでも俺とつないだ手を離そうとはしない。
俺はなんだか、そのことが嬉しかった。
「まあ、何でもいいけどさ」
春奈が俺の肩にポンと手を置いてきた。
「お幸せにね」
「……ありがと」
手を振りながら紗季に学校へ向かう春奈にお礼を言うと、春奈は思い出したように振り返る。
「あ、結婚式には私も呼んでね!」
その言葉に、隣の紗季がポッと顔を赤くする。多分、俺も同じくらい真っ赤だったと思う。
「け、結婚なんて、まだ早いよね」
「そ、そうだな」
俺たちは火照った顔を冷ましながら、歩幅を合わせてゆっくりと学校へ向かった。
ちなみにそれから七年後。俺と紗季は、春奈との約束を律義に守ることになるのだが、この時の俺たちは、そんなことを知る由もなかった。
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