3.感情クリッピング
「かんぱーい」
数ヶ月後、騒がしい居酒屋の席で、俺は“元”メンバーたちと久しぶりに会っていた。この前話していた「最後の」打ち上げだ。
苦戦はしたものの無事三人とも内定が決まり、何とか「元バンドマンのプー太郎」などという、絵に描いたような社会の屑になることは阻止できた。
「お前、黒髪短髪だとマジでモブだな」
「おめーらも同じだろうが」
弓削は金髪マッシュを黒く染め、目を覆っていた前髪もすっきり無くなっていた。大木も生やしていた髭を綺麗に剃って、長かったオールバックの髪も短くしていた。待ち合わせで最初に顔を合わせたときは、お互いに誰が誰だかわからないほどだった。
全員が社会の歯車に呑まれ、ロックバンドなどという逸脱した個性を削り取られたということなのだろう。
「結局さ、面接なんてうわべだけだよな。あんなので本来の人間性なんて絶対わかってねーよ」
「そういうもんなんだからいいだろ。元から社会不適合者なんだから、見抜かれた方が困るわ」
「自分自身を洗脳してさ、優等生だと思い込んでみたら割とすぐ最終まで通ったわ。考えてみりゃ俺いっつもライブのMCなんかカッコつけて演技してたし。意外と得意分野だったかも」
やけに自分がいつもより饒舌だった。酒のせいもあるだろうが。たぶん内定が取れて浮かれていたわけではない。それを二人はすぐ見抜いていた。
「……無理にテンション上げて喋んなくていいよ」
「は?」
「お前まだ引き摺ってんだろ? 未練あんのに。吹っ切れたふりしててもわかるから」
「……」
途端に自分の言葉が途切れてしまった。言われた通りだった。自分でも言語化できていなかった気持ちを、的確に突かれてしまったのだ。
それを言われたことによって、自分の感情の輪郭が急に可視化するような感覚に襲われた。その瞬間から、俺はメンバー二人の目の前で号泣してしまった。
泣き上戸でもないのに、大の男が居酒屋の席で泣きじゃくっていた。
悔しい。悔しい。まだバンドを続けていたかった。本気だった。真剣だった。遊びなんかじゃなかったんだ。人生を懸けて取り組んでいたんだよ。誰よりも努力してきたつもりだった。なのに誰にも届かなかった。必要とされなかった。すぐ近くに居た妹にだけスポットライトが当たって、俺はその踏み台にしかなれなかった。クソ、俺だって……俺だって……
どんなに綺麗言を並べても、大人になったふりをしてみても、無尽蔵に湧き上がるその気持ちに嘘を吐くことはできなかった。情けない言葉が口から漏れないように力んでいたら、代わりに目から涙がボロボロと溢れてしまったのだった。
「お前らが……お前らがよ……『ダセえ姿見せるな』とか……言うから……」
「まだ覚えてたのかよ、あんな前のこと」
「悔し泣きくらいしたっていいじゃんかよ。別にダサくねーよ」
「……」
「だから実家出ることにしたんだろ? 妹が気遣わずにもっと活躍できるように」
「お前、そういうとこ最高にカッコいいよ。俺らはちゃんとわかってるから」
俺は男二人に介抱されていた。いつも軽口ばかり叩くこいつらが、この日ばかりはずっと優しい言葉をかけ、嗚咽を漏らしながら丸まった俺の背中を撫でてくれていた。
せっかくの打ち上げなのに、俺はまたロクに喋れなくなってしまった。まるであのラストライブの日と同じように。