第4話
それから数日間、私はスゥレイからレクイエムの操縦方法を学んだ。
もっとも実際に起動させると命を落とすため、操縦席に座って最低限の動かし方を確認しただけである。
スゥレイの指導は要領が良く、彼の説明を聞くと疑問点はすぐに解消できた。
やる気がないように見えるのだが、端的な表現と指示はすんなりと頭に入ってくる。
手慣れた雰囲気から察するに、セカンドライフに配属される前から似たような仕事をしていたのだろう。
それとなく尋ねたところ、露骨にはぐらかされたので真相は不明である。
これだけ特殊な部隊の責任者をやっているのだ。
言いたくない過去の一つや二つはあるに違いない。
私が練習する間、追加で何人もの負傷兵が入隊してきた。
彼らも同様にレクイエムの操作を学び始める。
確実に死ぬ兵器に乗ると知り、困惑する者は多かったが、それを拒絶する人間は一人もいなかった。
彼らは戦い抜く覚悟を認められてセカンドライフに推薦されたのだろう。
他ならぬ私もそうだった。
そうしてついに軍の上層部から任務が下った。
いつもと変わらない覇気のない顔で、スゥレイは簡潔に説明する。
「ここから東へ向かったところに帝国軍の連中がいるらしい。そいつらが悪さをする前に叩き潰すのが今回の仕事だ」
「どの程度まで攻撃しますか」
私が挙手しながら質問すると、スゥレイは考えることなく答えた。
「とにかく戦力を削げ。可能なら殲滅しろ。温存とか撤退は考えるなよ。レクイエムに乗った時点で死が確定するからな。ただ全力でぶつかってくれ」
出撃準備が始まった。
およそ五十人の負傷兵が続々とレクイエムに乗り込んでいく。
動けない者は周りの力を借りて搭乗していた。
そんな中、私はスゥレイに改めて確認する。
「私は魔力がありません。どうすればいいですか」
「んー、どうなるか知らんが、動けそうなら戦ってこい」
なんともいい加減な返事だが真理をついている。
スゥレイは続けて言った。
「俺は説明係だから出撃しない。まあ、代わりに頑張ってくれ」
「了解しました」
私はそばにあったレクイエムに乗った。
椅子に座り、起動ボタンを押した瞬間、蠢く無数の管が全身に刺さる。
鋭い痛みの後、管が赤黒く染まっていく。
魔獣の血が全身に巡り、全身が熱くなってきた。
魔力だ。
久しく感じなかった魔力が、肉体の中にある。
それは魔獣の血から抽出されたものだった。
私は思わず笑う。
「――いける」
その確信と共にレクイエムが動き出した。
何歩か歩くうちに独特の感覚にも慣れてくる。
周りも同じような調子だった。
倉庫の大扉が開いた。
私達は一斉に出撃した。
肉体に漲る力のままに猛然と突き進む。
先頭を走っていたレクイエムが転倒した。
起き上がらず、ぴくりとも動かない。
機体の隙間から多量の血が溢れ出していた。
敵襲か。
しかし銃声も魔力の気配もない。
ほどなくして無線機からスゥレイの声がした。
『仲間が倒れても気にするな。反動が早く来ただけだ。急げよ。のんびり散歩してたら、戦場に着く前に全滅しちまうぞ』
私達は大慌てで走り出した。
指定された地点を目指してひたすら進む。
途中、周囲のレクイエムが次々と倒れて動かなくなった。
魔獣の血の副作用は想像以上に強いらしい。
本来、レクイエムは人間が乗れる構造ではないのだ。
少なくとも正式採用できるような兵器ではない。
私達は、文字通りの使い捨ての実験台なのだろう。
結局、目的地に辿り着いたのは私を含めて三人だけだった。
少し離れた場所に帝国軍がいる。
今は岩場に隠れているが、姿を晒せばすぐに見つかってしまう。
どう攻めるか考えていたその時、生き残りの一人が勝手に動き出した。
そのまま雄叫びを上げて帝国軍に突っ込んでいく。
「おおあああああああああっ!」
帝国軍から攻撃が始まった。
レクイエムは弾きながら疾走する。
溢れる魔力が天然の鎧になっているのだ。
一気に距離を詰めたレクイエムが帝国兵を薙ぎ払う。
振り回した腕が彼らを肉片に変える。
そこまでが限界だった。
レクイエムは魔獣の血を垂れ流して動かなくなった。
魔力を使い果たしたか、或いは肉体の限界に達したようだ。
私ともう一人は沈黙し、ほぼ同時に突撃を敢行した。
どうせ考え続けても意味がない。
時間を浪費して無駄に死ぬより、少しでも多くの兵士を道連れにすることを選択したのだ。
私達は帝国兵の殺戮を開始した。
飛んでくる銃弾や魔術を無視してひたすら拳を振るう。
戦略も技術もなかった。
頭を空っぽにしてひたすら殺すことしかできなかった。
気が付くと、もう一人のレクイエムが魔獣の血を噴き出していた。
帝国兵に囲まれ、滅多打ちにされながら行動を停止する。
(あとは私だけか)
機体はまだ動かせる。
損傷も微々たるものだ。
しかし肉体はいつまで持つか分からない。
だから夢中で殺しまくった。
悪臭だ。
管から血が漏れている。
塞ぐ暇もない。
構わず殺し続ける。
私が手を止めたのは、視界内の帝国兵が残らず屍になった時だった。
いつの間にか殲滅したらしい。
機内は血塗れだが、私の心臓はまだ鼓動を鳴らしている。
スゥレイから通信が来た。
『おいおい、こいつはすげえな。お前さんは血の反動を受けないらしい。魔力を生み出せない体質が噛み合ったようだな』
「……嬉しそうですね」
『そりゃな。毎回全員の死体を回収しに行ってるんだ。雑用は一人でも多い方がいいだろ。手伝ってくれよ』
「分かりました」
私は苦笑しながら通信を切った。