後編
卒業パーティーを終え、数日が経過した。
一悶着あったこの学院も今は元通りとなって、穏やかな日常を送っている。
「アリサ君、御足労をかけてすまなかったね」
「ちょうど良かったです。私としても学院長にはお尋ねしたいことがありましたので」
あの後、母は衛兵に連れて行かれた。
私も自身の能力で捜査に協力し、そこに父も乗っかり次々と事実が判明。
堰を切ったように次々と溢れ出す金銭絡みの汚職。
婚約の話はお金を得るための序の口に過ぎなかった。
自身の贅沢のために母方の人間たちは、かなりのお金を使い込んでいた。
当然、湯水のように無限に湧き出るものでもなく、父方の財産も全て食い荒らす。
次の標的がドルッティ家だった。
突如として婚約の話が降って湧いた時には大層喜んだだろう。
だが全てが全て、母の思惑通りには行かなかった。
婚約の話がティアネルではなく、私の元に舞い降りたのだから。
権力闘争——曲がり形にも私は父方の人間だった。
このまま私がビルケスと結ばれれば、父方の人間の力が強まりこれまで以上の贅沢三昧の生活が失われてしまう。
ドルッティ家からの金銭も自由に引き出せないかもしれない。
父との家庭内での争いに勝利し、有無を言わせないために何としてでもティアネルと——
そう考えた母は進んでいた縁談をビルケスに破棄させる計画を画策。
一方のビルケスにもこの婚約には不満があった。
誰だってそうだろう。傷を負った女よりも容姿の綺麗な女の方に心惹かれる。
結果、彼もここにいる学院長である父に相当なお灸を据えられたようだが。
ビルケスは廃嫡となり、母方の人間たちは汚職の究明のため、しばらく地下牢暮らしとなるだろう。
「以前学院長は私に“とある確かな筋の情報”と仰いましたが、あれはどなたからのものだったのですか?」
「君のお父さんからの話だ」
「やっぱり……」
パーティーの後、あのタイミングで都合の良く出てきた父を追求したのだが、知らぬ存ぜぬの一点張り。
やはり狙っていたのか。
「君のお父さんとは古い友人でね。知っての通り君の母君に対しては相当な不信感を抱いていた。異常なまでのお金への執着に父方の姓であるイリーシュ家も元は被害者だったんだ」
学院長は紅茶のカップを手に取り口に含んだ。
音も立てずに一つ一つの所作からも気品が溢れている、さすがは魔導学院の長といったところか。
「次の被害を生まないように、ならばとばかりにイリーシュ家当主として君のお父さんは先手を打った。アリサ君とドルッティ家の婚約を利用しようとしてるってね」
「お父様も隅に置けない人。普段から何考えているのか分からないのに……」
「——ははは! アリサ君はお父さんを嫌っているのかもしれないが、彼は存外に君たち姉妹を大切に想っている。それだけは彼の威厳のために伝えておくよ」
学院長は嬉しそうに父の話をしていた。
私には受け入れ切れない部分だけど、ひしひしと父に対しての感情が伝わって来る。
お互いの信頼なくしてこうはならない。
少しばかり二人の関係を羨ましくも思えていた。
「では、学院長。私はこれにて失礼致します」
話も一段落したので、私は椅子から立ち上がる。
軽く一礼した後、閉ざされた扉の前へと歩みを進める。
ドアノブに手を掛けようとした時、後方から「ちょっと待った」と声を掛けられた。
「ビルケスとの婚約は頓挫してしまったわけだが——アリサ君、是非グレイスとの婚約を考えてはくれないだろうか」
「——えっ……」
「知っての通り彼はあの火災によって養子として迎え入れた子だ。だが本当の息子のように思っている。今はあの時アリサ君に救われた恩義を果たすべく、君の身体に残された火傷を治すため人一倍に魔導に励んでいる——だから」
学院長は神妙な面持ちで、私に訴えかける。
基本的に学院長は両家のためを思って、これまでも婚約そのものを推し進めていた。
今回の一件で複雑な部分もあったのだろう、断られるのも覚悟の上で。
正直この提案は私にとって思いもよらなかった。
にも関わらず、学院長はまたお話を振ってくださった。
他の何にも変え難いくらい嬉しい——けれど。
「ありがとうございます。時期がやって来次第、必ずお返事致します。ですが今は——」
今回の一件は私だけではなく、ティアネルにも相当な精神的負担を強いられていた。
彼女からどう思われているのかは分からないけれど。
どんなに嫌われようとも私はたった一人の妹のそばにいてあげたい。
「今はティアネルとの時間を大切にしたい——ですから、その……申し訳ありません」
頭を下げて、私は申し出を断った。
学院長は「そうか」と一言だけ呟くと。
「ではそういうことにしておこう。良い返事を待っているよ」
お断りをして心底残念がっていたように見えたが、最後は納得した表情で部屋を出る私を見送ってくれた。
失礼致します、そう言って私は学院長の部屋を後にした。
さてと、一通りの用事もこれで終わり。
学院長に挨拶も済ませたことだし、もう少ししたら時期に日も暮れ始める。
夕飯の支度をしなければ。
今までだったら使用人に全てを任せていたけれど、今の私たちの家計にそんな余裕はない。
お腹を空かせて待たせている父やティアネルがいつ暴発するか分からない現状、早急に用意する必要がある。
「今晩はティアネルの大好物なローストビーフでも作ってあげようかしらね。でも材料がない……ちょっと買い出しもしてから帰ろうかな」
「——じゃあ私もご一緒して良いですか?」
献立について思案していると、正門を抜けた辺りで声を掛けられた。
私はすぐに直感する。
彼女は律儀にもずっと待ってくれていたようだ。
しかしただ私を待っていたわけでもないらしく。
献立のローストビーフに、マッシュポテトとスープの追加要求を目で訴えていた。
私を見くびるなよ妹よ、元から考慮済みであるということを。
だからご一緒しても、これ以上の予算は注ぎ込まないからな。
学院長との話がいつ終わるか分からないから、先に帰っておくよう伝えたのに。
姉様ぁ! ——と、共に歩みを進めている最中でも、ティアネルからそう呼ばれる度に私は思わず笑みを溢していた。
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