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中編

「お父様も…………これはどういうことでしょうか? お、お父様?」


 私は母の手を振り解いて前へと出る、私の父に詳細を尋ねようとしたが返事がなかった。

 その様子を怪訝に思って見ていると——しかしアリサ様と。

 セバスチャン殿が静止を促して口を挟む。


「先ほどの話にはまだ続きがございます。旦那様は私にこう言いつけました。アリサ様と結婚した者にドルッティ家の当主の座を譲ると——ビルケス様が権利を放棄された以上、グレイス様次第にはなりますが……」


「はぁ? ふざけるなよ! 順当ならば次期当主は私だ! 誰がドルッティの血を引いていない養子の弟に家督を継がせるものか!」


「ですが、ビルケス様は婚約を破棄なされた。次期当主の座を自ら放棄成されたのと同義です」


「ならば婚約破棄を撤回すればいいだけのこと。アリサお前と婚姻を結んでやる。さぞ喜ぶが良い」


 横柄な態度は変わらず、ビルケスは傍若無人っぷりを遺憾なく発揮する。

 彼もまた私たち家族と全く同じだった。

 己が保身を優先し、乗り換えた(ティアネル)を捨て地位や権力に依存する。

 私の感情はすでに冷え切っていた。


「ビルケスよ。グレイスが養子かどうかは関係ない。お前は一度アリサとの婚約を拒否し、恩人である彼女に酷い難癖をつけていた。もうお前に心を開くことはないだろう」


「恩人だと? こいつがかぁ〜?」


「我が息子であり同じドルッティ家の血を引く者として恥ずかしい限り——お前は自分が受けた恩義すらも忘れたとはッ!」


「ひぃぃいいっ!!」


 ビルケスのぞんざいな態度に、学院長は怒りを露わにする。

 凍りついた空気の中、威厳のかけらもない怯え切ったビルケスの悲鳴が場内へと響いた。

 懐疑的な目を私に向けるビルケスを、学院の長としてではなく実父として一喝。

 彼の情けない姿を目の当たりにさせられ、何とも言えない虚しい感情に皆が支配された。

 しばらく沈黙の時間が続いた後、学院長が徐に口を開き始めた。


「八年前だ。今日と同じくたくさんの参加者がいる祝いの席で、突如会場は灼熱の業火に包まれた。

 会場にいた大多数が逃げ遅れ、中には手負いの者も多く自力での脱出は不可能。皆が皆助かる道を諦め命を捨てようとしていた。

 そこにいる年端も行かない一人の少女を除いてはな」


「………………」


「幼い身でありながら我々家族を身を挺して救ってくれた。自身の痛みを顧みず全身に火傷を負ってでも、彼女の回復魔法が私たちを癒やし続けてくれていた! 私は今でも感謝している」


 私は思わず口を(つぐ)んだ。

 そして同時にある記憶が思い起こされる。

 怒り、失望、落胆——そして嘆きに叱責。

 私の果てた姿に、母から浴びせられる無慈悲な罵倒。

 あの時の火災は肉体的にも精神的にも、私自身にかなりの損傷を与えていた。

 他者の傷は完治させられても、自身に生じた全身の火傷はどうにもならなかった。


「ち、違う…………」


 学院長が思うほど、私は英雄染みた存在じゃない。

 過大評価に他ならない——私は脆くて弱い存在なのだから。

 言い表せない感情に身を震わせ、恐怖に打ちひしがれると。


 ポンと私の肩に手が置かれる。

 条件反射的に身体がピクッと驚いたが、私はすぐさま振り向く。

 思わず目を見開いた。


「——お、お父様………」


 柔和な笑みを浮かべる私の父の姿がそこにはあった。


「君たちも——彼女と共に学び一緒に過ごした君たちなら分かっていることではないか? 私は見ていたぞ? ビルケスの言い分に声を上げようとしていた者たちが大勢いたことを」


 しばらくの間、場内は静寂に包まれる。

 鼓動の高鳴りが治らない。

 自身の心音の跳ね上がる音ですら聞こえそうなくらい静かで、時間が経つのがとても長く感じられる。

 私に対しての審判の刻を迎えようとしていた。

 すると。


「「「「「うおぉぉおおおお!!!」」」」」


 突如として巻き起こった大歓声。

 私は驚き様に皆の方へと振り向いた。

 そして一つ一つの歓声の中には、「アリサがそんなことするはずねぇ〜よ!」と、ぶっきらぼうに言い放たれた言葉を皮切りに。


「私がケガをした時も親身になって寄り添ってくれた。この御恩は一生忘れない! 私はアリサさんを信じたい!」


「面倒見が良く、誰であろうと分け隔てなく接する。そんなアリサさんがティアネルさんを…………決してそうは思えません!」


「そもそもアリサとティアネルは学院内でも仲の良い姉妹として有名だったはず! 貶めるなんて考えられないし、二人して対立している今の構図が信じられない!」


 私の無実を信じて疑わない、数多くの温かい言葉で溢れかえっていた。

 嬉しさで内から感情が込み上がってくる。

 私は私が思っている以上、周囲の仲間たちに恵まれていたのだと胸を打たれる思いだった。


 熱くなった目頭を指先で押さえていると。

 アリサ君と、壇上から学院長が呼び止めた。

 まだ話には続きがあるようで、私が落ち着く頃合いを見計らって壇上から再び皆へと語らい始める。


「とある確かな筋の情報では、今回のビルケスの婚約破棄は背後に企てていた者がいたという話を耳にしてね。君には心当たりがあるのではないかと思ってね」


「——心当たり……ですか? そうですね……私の中では一人しかいませんけど…………」


 私は歩み始めた、スタスタと足早に。

 人の垣根を越えて、ある人の元へと向かう。

 皆の視線が注がれる中、私は母の前へと立った。


「お母様——申し訳ありませんが、私はもうビルケス殿と婚姻を結ぶつもりはありません」


「な、何を言っているのアリサ!」


 婚約の拒絶を宣言し、同時に母は声を荒げた。

 しかしもう私も止まらない。

 家族内の権力闘争に振り回されて気が滅入っていた私は限界を迎えていた。


「お母様も! 私やティアネルのことよりもドルッティ家の一員となって安泰した生活を送りたいだけでしょ!」


「な、何を…………! そ、そんなわけないでしょ!」


 周囲の目を気にしながらも、あからさまに母は挙動不審になっていた。

 計算外(イレギュラー)が続き、その上さらに手のひらを返し、乗り換えた娘からも図星を突かれる。

 いくら上流階級の人間であれ動揺は隠せない。


「そうですか。ならば今一度問いますが——その前に」


 私は自分の左腕を母に突き出すようにして差し出した。


「もしお母様が嘘を吐くとどうなるか。私自身で試して差し上げます。私の腕を賭けて」


「あ、アリサ……? 止めなさい! 何をしようと言うの!?」


「私、アリサ・イリーシュは妹であるティアネル・イリーシュがキライだ」


 会場にいる全員が言葉を失った。

 突如として起こった光景に皆の注目が集まる。

 私が口にし終えた途端、差し出していた左腕から勢い良く火の手が上り、燃え盛っていたのだった。


「——えっ……お姉、さま…………」


 遠目から状況を見守っているティアネルも例外ではなかった。

 私が発した言葉よりも今現在起こっている事態に驚きを禁じ得ないといった様相だ。


「大丈夫です。子供の時に比べて今の私には炎の耐性がありますし、ある程度は回復魔法で完治出来ます。ですが火に炙られる痛みが全く無いわけではありません。

 尋常ではない耐え難い激痛、体内の水分が持って行かれ細胞が壊死する痛みというのは——」


「な、な、何を言ってるのアリサ! こんな事をしなくとも私は事実を——」


「ならばそう仰られれば宜しいではありませんか? 吉と出るか凶と出るか、ハッキリとさせましょうよ」


 おどおどと母は狼狽えていた。

 実の娘からこのような仕打ちを受けるなどと想像もしていなかったのだろう。

 だが私は悠然と言い放つ。


「私の前では嘘は許されない。腕の一本など、ティアネルへの愛と比べれば安いものです。お母様——貴女はこの痛みに耐えられましょうか?」


「そ、それは…………」


 左腕に(たぎ)る炎を振り払うようにして鎮火。

 黒くこんがりと焼けた腕が露わとなって、母の顔色は真っ青に染まり、さらなる恐怖へと駆り立てて行く。


「先ほどの私の指摘をそのまま質問として繰り出します。“はい”または“いいえ”で答えてください。沈黙は肯定と見做しますので悪しからず」


「——あ、あっ、ああぁぁあああ!!!」


 狂ったような悲鳴を上げ、私から逃げ入るように後退る。

 だが恐怖により身体の制御が上手くいかないようで。

 身体の力が抜けて、ぺたんと座り込んでしまった母を私は見下ろす。


 私は許せなかった。

 親同士の権力闘争に私自身が利用されるのはまだ許せる——だけど。

 ティアネルを巻き込むだけ巻き込んで、使えないと判断した途端すぐに捨てようとした。


 私の大切な妹を——この人は私たち姉妹を婚約のための道具としか思っていなかった。


「此度の婚約。お母様は己の私腹を肥やすためにティアネルを傀儡にして、邪魔な存在であったお父様との対立を煽った——違いますか?」


 追い詰められた母は自身の精神を保てず、私を前にして怯え続けるしか出来なかった。

 私たち姉妹にとってあんなにも大きな存在であった母が、この時だけはとても小さく惨めなものに思えた。


 しばらくの間、母は青ざめたまま震えていた。

 だが猶予は長くない。それは母も理解している。

 言葉を口にしようとすると、喉まで出掛かっては飲み込んでしまう。

 真実を話すのを躊躇っていた。


 しかし嘘を話せば——私の身に起こった火の手が脳裏から離れない。

 頭の中でのせめぎ合いに、母は葛藤していたが。

 やがて私の問いに消え入るような小さな声で——はい、と返答するのだった。

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