世界と、竜の神さまの誕生
この世界は最初、世界のすべての始祖であり、竜族の始祖である「世界の《祖》」――《原始》によって、創世されました。
――姿は、まだ子ども。
――竜族といっても、まだ存在は彼ひとり。
創世された世界もまだ空間さえ定まらず、何もかもが形容なき混沌。
《原始》が瞬きをくり返すたびに、世界は創世と終焉だけをくり返し、落ち着くことがありませんでした。
――でも、どうしても「形」にしたい……ッ。
そう強く願った《原始》は、定まりを欲してすべてを揺るがす咆哮をします。
けれども、《原始》がふたたび瞬いてしまい、世界が終焉しようとした瞬間です。
――すべての「死気」を抱き止めて、かならず「生気」に転じよう。
そう誓って生まれたのが、「冥界の《護》」――《冥君》。
《冥君》は空間そのものの巨大な竜の姿で、《原始》を支えようとします。
一方で、力の置き所が定まっても、《原始》が放つ咆哮はあまりにも巨大な自然エネルギーで、上手くコントロールすることができません。
つぎからつぎへと、創世という意欲の殻を破って現実にしようと、もがくように咆哮します。
その姿はまるで、苦しみのあまりに絶叫しているようにも見えます。
――どうしたら、終焉を迎えない世界を創世できるのだろうかッ!
創世、という想いを強く願ったときでした。
はっ、とした《原始》はあまりにも強大な自身の自然エネルギーを五つの元素に分けて、個々に司るものを創成しました。
そうして、まずは世界に天上天下が生まれます。
――刹那に天上を制したのは、《空》。
巨大な翼竜が羽ばたきました。
全身が鳥のような羽毛で覆われて、あらゆる空の色で飾られたように美しい姿をしています。
――つぎに《水》が生まれました。
こちらは翼のない胴長。
けれども、こちらもあまりにも巨大であらゆる水を煌めかせたような鱗に覆われた姿が美しいのですが、空を飛ぶことができず、あっという間に天下に落下していきます。
《空》は反射的に助けようと手を伸ばし、先に天下にただただ広がる空間の冥界を築いていた《冥君》もまた、落ちてくる《水》を受け止めて助けようと、両手を広げて構えます。
――残念なことに、この瞬間。
――誤解が生じて、永遠の亀裂が生じてしまいます。
天井からそれを見た《空》にとって、闇から伸びた手はまるで《水》を呑みこもうとしている邪悪にも感じられ、《水》を助けようと咆哮します。
一方で。
定まりのない天下……冥界へと落ちていく《水》にとっては、見上げる天上から自分をめがけて《空》が咆哮するものだから、本能的に攻撃を仕掛けられたと思い、《水》もまた天井に向かって威嚇のように咆哮します。
このとき、天上からの咆哮と天下からの咆哮がぶつかって、空間だけの世界に恐ろしいほどの衝撃波が広がっていきます。
――その衝撃波から生まれたのが、《風》。
黒曜に輝く鱗に、蝙蝠の羽のような形状の被膜に近い、大きな翼。
《風》はひたすら翼を仰いで風を生み、天上と天下の衝撃波がこれ以上衝突しないよう緩衝していきます。
同時に《水》は、落下していく自分自身を受け止めようとして天下に向かって咆哮し、《水》は天下に天上に匹敵する空間を水で満たして天下を制します。
まずはこうして、天上と天下の空間が明確に分かれていきました。
――これが天地の……いえ、天水の始まりです。
――そして、冥界の《護》が有する冥界は。
天上天下の確立と、《水》が築いた天下いっぱいに広がる水の圧に圧し潰されそうになり、冥界の《護》……《冥君》は消滅を覚悟します。
悲しいことにそれは、《原始》が終焉を迎えない世界を築こうとした創世が、まさに終焉を迎えるという意味につながります。
世界はまた、終焉という消滅の危機を迎えますが、
――そうはさせるものか、と。
天上から消滅しかけている冥界を見ていた《空》が手を伸ばして、冥界を「異空」として切り離し、《原始》が創世する世界の表裏――裏として弾き飛ばしました。
冥界は間一髪で消滅を免れましたが、以降、冥界は「生気」はけっして行けぬ場所となりました。「死気」だけがたどり着くことができる世界として定まります。
こうして世界は、「世界の《祖》」である《原始》と、「冥界の《護》」である《冥君》が表裏一体となって、互いに異空として分かれ、《原始》の世界はさらに天上と天下に分かれて、《原始》がひとりで持つにはあまりにも強大な自然エネルギーも五つの元素に分かれます。
そして《原始》は、その元素を司る最初に生まれた竜を「神」として定めました。
――《空》、《水》、《風》、《火》、《地》。
と。
世界はしばらく天上の《空》、天下の《水》が自身の領域を分けて、その間に《風》だけが流れていましたが、やがて《水》が創り上げた海洋の奥底から《火》が生まれて、溶岩を激しく噴出させながら咆哮し、《地》が生まれます。
――《火》と《地》は、互いの存在で成し合う一体型の竜。
灼熱の火炎で身体を覆う翼竜の《火》と、獣脚類の恐竜にその姿が近い《地》。
二匹の竜は海洋から噴出する溶岩を大地に変えて、大陸を形成しようとしますが、すでに自身の領域である海洋を侵された《水》がこれに激怒し、永く《火》と《地》に対して戦争を仕掛けます。
――《地》はこれに打ち勝ち、大陸を無事に形成できるのでしょうか?
こうして《原始》の自然エネルギーから誕生した、《空》、《水》、《風》、《火》、《地》。
この五匹の竜は「竜の五神」と呼ばれる神となり、分かれた元素を部族として定めて、竜族はいよいよ本格的に世界を創世し、一族を繁栄させていきます。
□ □
それは、ハイエルフ族たちにとっては遥か彼方の太古の時代。
ハイエルフ族が誕生したときには、竜族はもう姿ある一族としては終焉を迎えていましたが、本来の姿である自然に返り、この世界に恵みをお与えくださり、慈しみくださっています。
――ですから、竜族はたしかに存在し、いまも自然として我々をお守りくださっています。
彼らの末裔とされているハイエルフ族はそのすべてを継承し、永久久遠、自然をあるがままに護っていくと誓いました。
そのハイエルフ族の頂点に立ち、この世界を正しく統治するのが、
――白の皇帝。
「……」
子守歌を歌い終わった爺やは、傍らで寄りかかるようにして眠ってしまった少年……白の皇帝を優しいまなざしで見やる。
「あなたが世界のすべてだよ、それをちゃんと学びなさい」
言って、爺やはまだ深い夜の最中である世界に新たなハープの調べを奏でて、その音を風に乗せていく――。