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存在していた竜族

 ――竜の神さま。

 ――(りゅう)五神(ごしん)


 それが彼らへの正しい名称なのかは定かではないが、いまの白の皇帝の時代ではそうだとして呼ばれ、「宗教」ではなく「尊崇」の念で敬意をあらわしている。


 ――世界を最初に創世したと言われる、竜族。


 それを詳細に知る者はなく、代々、白の皇帝に近しい者が歌として語り継ぎ、それが竜族を知る唯一の手がかりであった。

 ただし、手がかりという面で厳密にいうと、この城がある湖を有する大陸からすこし離れた大陸に、けっして登攀(とうはん)することが適わぬ切り立った岩稜(がんりょう)山塊(さんかい)がある。

 どれも何千という高さを有し、背に翼を持つ神獣たちが守人のように住まい、ハイエルフ族たちはその一帯を聖域のひとつと考えている。聖域になる由来はただひとつで、その岩稜にはあまりにも巨大な生物の……まるで紋章を記したようなものがあるからだ。

 骨格のように見受けられるのは、何やら不思議な形容の爬虫類のようにも見えて、その背には爬虫類にはない、どちらかというと鳥の翼の様相をした骨格が雄々しく付いている、――遠目から見るとそんなふうに感じられる。

 骨格は、生命が尽き果てて自然へと回帰するときに彼らがたしかに存在した証を伝えるために、姿を残したのか。

 それとも、あまりにも好条件のなかで死後、化石として残ったものなのか。

 ハイエルフ族は肉や魚を食事として口にしない種族であるが、さすがに生命を全うした動物たちのそれは見たことがある。

 なので、骨格からさまざまなことを連想し、かつて世界にはこのように破格の大きな生物が存在して、それはきっと竜……竜族なのだろうと推測しているため、その竜族を語る歌は作り話ではなく、継がれる記憶としてハイエルフ族たちは悠久の時代、歌いつづけてきた。


 ――白の皇帝は、その語りの歌を聞くのが好きだった。


 竜族はすでに、この時代には存在していない。

 それは何となく分かってはいるのだが、誰も世界の隅から隅まで歩いたわけではなし、ましてや竜族は存在したのだという証が、かの大陸の山塊に化石として現存している。


「俺ね、あの岩稜に眠る竜の神さまは、ぜったいに《風》の神さまだと思うの」

「ほう? どうしてそう思うのかな?」


 自信ありげに嬉々として話す白の皇帝に、爺やが問うと、


「だって、あの竜の神さまには翼があるもの。とても素敵な、紋章のようなの。あの骨格に鳥のような羽根とかが生えていたのかなぁ……って思うと、空が飛べるってことだよね」

「そうだねぇ」

「だったら、やっぱり《風》の神さまだよ。《風》の神さまは、きっと鳥みたいに空を飛ぶことができるんだ」


 そう思えてしまうのは、自分では爺やのように、上手く跳躍することもできないからだろうか。

 白の皇帝は夜空を仰ぎながら、いいなぁ、と心底憧れの心を抱く。

 あの翼を大きく広げて、空を自由に飛ぶことができるのなら、ひょっとしたらいま頭上に輝く月を触ることができるのだろうか。


「ねぇ、竜の神さまにお願いしたら、俺を背に乗せて飛んでくださるかな?」

「おやおや、竜の背に乗るとは。何とも畏れ多い」

「そうなの?」

「どうだろうね。あなたは白の皇帝だから、ひょっとしたら特別に乗せてくださるかもしれない」

「ほんとうっ?」


 白の皇帝は、まるでその化石から生身の竜が変じて現れ、自分を背に乗せてくれるかもしれない、そんなふうに意識が逸れてしまって、それが現実になるかのようにきゃらきゃらと笑いながら憧れを募らせる。


 ――まったく、困った子だ。


 爺やは内心、はぁ、とため息をついて、白の皇帝に子守歌を聞かせて、あとは夢の世界でご自由に……と思いながら、手にしていたハープの絃を鳴らしはじめる。

 白の皇帝は待っていましたと言わんばかりに瞳を輝かせ、腰を下ろしている枝の上で何となく足をぶらぶらさせはじめた。

 これは歌を最後の最後まで聞かせたところで、かえって憧れに興奮して寝所に連れて行くのが大変になるだろうな、と爺やは正確に予想する。

 けれどもそれがまた、白の皇帝に対する父性として思う愛しさだった。


「――さて、今夜はどのように歌おうか」


 深く、響きのある声だが、爺やのそれはけっして低くもない。

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