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爺やを見つけたけど……

「――爺や、どこにいるの?」


 庭に出て、白の皇帝は高い木々が集まっているところへと足を運ぶ。

 彼の姿が城内で見当たらないときは、大抵、庭の木々の高いほうの枝に腰を下ろし、ハープを奏でながら歌っている。誰かが「そうだ」と教えてくれたのではなく、こうやって白の皇帝自身が彼を探しながら、見つかる率が高い場所を当てるようになったのだ。

 事実、木々のほうへ近づいていくと、頭上から美しいハープの調べと彼の歌声が聞こえてきた。見上げると、彼の歌声に共鳴しているのか、木々の精霊たちが淡い光を発しながら舞ったり、歌声に聞き惚れてそばに寄っているのが目につく。

 わずかに風も吹いているせいか、木々の葉がそっと揺れて、彼のハープの音や歌声に同調してさわさわと音を出しているのが合奏のようにも聞こえた。


 ――彼は、ハイエルフ族のなかでもハープの名手だった。


 暇さえあればこうして木の上に腰を下ろし、もしくは対岸に広がる森のなかに入って演奏しながら歌い、その楽師ぶりで精霊たちを虜にしている。

 空はすでに夜の色をしていた。先ほどまで幻想的に広がっていた紫のそれはもうどこにもなく、藍色のなかに浮かぶ月と星が美しい白銀を輝かせ、大地をその光で照らしている。

 ハープと歌声の調べは、静寂な夜にふさわしい。


「爺や……」


 声を幾分か張り上げて呼ぼうとしたが、白の皇帝はあわてて口元を両の手で塞ぐ。

 爺やを呼ぶのは簡単なことだが、いまは演奏に夢中になっているようすなので、その手は止めたくはないし、彼を慕う精霊たちが集まって聞き入っている。精霊たちの邪魔をすると、彼らはすぐに白の皇帝にちょっかいをかけてくる。

 からかうように髪の毛を、くい、と引っぱったり、露わになっている足をくすぐってきたり。もうッ、と頬を膨らませると、精霊たちはまるでくすくすと笑うように周囲を舞い、そうして爺やに叱られる前にいずこへ消えてしまうのだ。

 もちろんそれは、嫌なからかいではなかったし、こうやって見上げている白の皇帝自身もその楽師ぶりにうっとりと聞き惚れて、まだまだ聞いていたいなぁと思い、目を閉じてしまう。


 ――爺やの属性は、「森と音の守り人」。


 大地に根付く木々……森と相性がよく、楽師の才覚をあらわす音に優れているので、こちらがうっかり油断していると爺やはすぐにハープを奏でて歌いにどこかへ行ってしまう。

 ハイエルフ族は白の皇帝にこそ甘いが、その本性は、じつは自分事以外にはさほど興味を持たない。個人主義、という言葉に極めて近しい。

 そうやっていろいろなことを思いながらも、白の皇帝は彼の興味を自分に向けさせようと呼ぶことにした。

 彼の楽師ぶりは何を演奏しても歌っても心地のよい子守歌となるが、今夜はどうしても聞きたい歌があって、それを子守歌にして眠りにつこうと、ずっと思っていたのだ。


「――爺や、爺や」


 白の皇帝は声を上げて彼を呼び、腕を大きく伸ばしてどうにか届く枝に手をかけて、「よいしょ!」と言って辛うじてぶら下がった自分の身体を腕の力で持ち上げて、最初の枝に足をかける。

 腿のほとんどがあらわになる衣装を着ているので、そのしぐさで白の皇帝の細い脚はほぼ付け根まで見えてしまう。そばを飛んでいた光の妖精たちがくすくすと笑い、捲れた裾を直してくれた。


「むむむッ」


 優美優雅に富んだハイエルフ族だが、ひとつ難点があるとすれば、それはあまり体力ごとには向かないことだろうか。軽やかに走ることはあっても持久には難しく、白の皇帝がいま木登りをしている事柄も、どうにかこうにかが精いっぱい。腕の力で自分を支えるなど、かなりの困難なのだ。

 気力を振りしぼるように声を出し、ようやくのことで最初の枝に身体を乗せることができて、白の皇帝は腰を下ろす。はぁ、はぁ、とすでに息は切れかかっている。

 体力ごとには不向きに加え、ハイエルフ族は何事も生まれに関わる属性が力の作用に影響するので、光と水の属性が強い白の皇帝は軽やかに走り回ることはできても、高さのあるそこまで、ふわり、と舞うように跳躍することができない。うまく飛んだり跳ねたりができないのだ。


 ――いつかはあんな高いところまで、登れるようになるだろうか。


 できるようになりたいと思い、練習――と言っても跳躍ではなく、手足を使って自力で登ろうという、それ――をしたのだが、あるていどの高さまでどうにか登れたのはよかったが、今度はどうやったら降りられるのだろうと分からなくなってしまい、下を見ればそこそこの高さがあって怖くなってしまって、わぁわぁ、と泣いてしまったこともある。

 半面。森の属性が強い爺やは、それこそ森のなか、木々の間を軽やかな身のこなしで跳躍することができて、彼はすぐに高いところまで登ることができてしまうのだ。白の皇帝にそれは叶わない。

 爺やを見て思うのは、まるで空を飛んでいるようにも見えていいなぁ、という羨望だった。


「爺や、お願い、降りてきて」


 もう一度上を仰いで声をかけると、ぴたり、とハープの音と歌声が止んだ。

 頭上にいる爺やがあたりを見まわし、下の枝に辛うじてすわることができた白の皇帝を見つけたようすがうかがえた。おや、と彼の声がする。


「――白の皇帝。爺やがそこに行く。あなたはそこにいなさい」


 以前のように変な高さまで登られて、降りることができなくて泣かれてはたまったものではない。

 爺やは言うなり身体を起こして、そして白の皇帝のもとまで下りてくる。

 それは跳躍を利用してではなく、木々の枝をまるで階段のように伝いながら軽やかに降りてくるものだから、白の皇帝は羨ましくてならない。


「爺やはいいなぁ」

「ん?」

「俺も爺やみたいに、ぴょんぴょんと飛べたらいいのに……」


 羨望を口にすると、爺やはすでに白の皇帝のとなりに腰を下ろしていた。

 手には使い込んだハープを抱えている。

 白の皇帝が何となく手を伸ばして、その絃のひとつを指で鳴らす。以前はそれだけではうまいとは言えない音しか鳴らなかったが、爺やには及ばないが、ハープはたくさん練習したら、白の皇帝も好きなときに好きなだけ奏でられるよう技量は名手に近づいてきた。

 爺やはそのしぐさを見て微笑み、愛しい育て子の好きなようにさせる。

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